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第一章
2.変貌した婚約者
しおりを挟むデイジーの目が覚めたと連絡を受け、俺は仕事を中断して急ぎ医務室へと向かった。
本来であれば落ち着いた頃に見舞うのが礼儀だろうが、しかしそんな余裕はないと報告を受けて判断した。
デイジーの目が覚めたのはいい。
しかし意識が混濁しているようで、よく分からない事を言っているらしい。
何と言うことだろうか。
デイジーは頭を強く打ち付けて、少しばかりアレがドウかしてしまったのかもしれない。
医務室前。
慌てていた為に乱れていた呼吸を整え、身だしなみも点検する。
よし、愛しい婚約者に会うのに相応しい装いだな。
念のために表情も……、うん、これだ。
彼女を不安にさせないように柔らかな笑顔を心がけよう。
トントントンとドアを叩く。
するとすぐさま返事がある。この声は、呼びつけた医者の声だろう。
その短な返事の声色から察するにデイジーの頭の容態はあまり思わしくないのかもしれない。
覚悟を決めて、入室する。
「デイジー!!」
落ち着いて、と何度も繰り返し考えていたのに、頭に包帯をグルグルと巻いた彼女を見たら冷静ではいられなくなった。
慌て駆け寄り、痛くはないか? 大丈夫なのかとついすがるように聞いてしまう。
俺はこんなにも弱かったのか。
自己嫌悪に陥りつつも、どうしても彼女が気になってしまう。
情けない事だが、これも惚れた弱みなのだろう。彼女が好きな恋愛小説の内容もバカにできたものではない。
しかし一方、デイジーはと言えば、なんだろうか、とてもいい笑顔だった。
「はい、えーと……、ボナンティス=フォン=カルディアン様ですね!」
「……、はい、そうです?」
彼女は突然何を言っているのだろうか。
俺が分からなくなってしまったのか?
医者を見るが、沈痛な面持ちで顔を逸らされた。
側に控えているメイドにも目配せをするが、口に手を当てて目を逸らされてしまった。
どういう事かと問えば、デイジーはきちんと答えてくれた。
いや、きちんと、と言うのは正しいのだろうか。
ただ淡々と彼女は自分の知識を披露し始めた。
「ボナンティス=フォン=カルディアン様。15歳で、カルディアン伯爵家次期当主。緑髪に碧眼、そして柔らかな印象を与える温和な顔立ちをしているのが特徴ですね。体力は高いものの、剣の腕は二流止まりで主に知力で戦うタイプ。魔法の方がまだ得意だけど、そもそも争いごとがお好きではない。愛称は『ボン』。どうです? 合っていますか?」
合っている、のだろうか。
まるで小説にあるような自分のプロフィールなど意識して考えた事がないので、それが正しいか判断が付かない。
仕方なくこの場にいる第三者、医者とメイドに目で問えば、概ねその通りとの返事をもらった。
どうやらデイジーの分析は正確で正解だったようだ。
しかし、それが正解だったからと言ってどうすればいいのだろうか。
デイジーの口から発せられてはいるし、雰囲気もデイジーのまま。
でもその分析した俺のプロフィールは、どこか他人行儀さを感じさせる。まるで見知らぬ吟遊詩人が勝手に俺を観察してプロフィールを書き上げたかのような歯がゆさがある。
つまり、身近にいた彼女の言葉ではなく、まるで誰かに教え込まれたかのような表面的な俺の評価だけを、彼女は語ったのだ。
どういう事か。
彼女は本当にデイジーなのか?
頭を打って、新たな人格でも芽生えてしまったのだろうか。それにしては先の言動以外はいつものデイジーだ。
活発で、朗らかで、庶民でも分け隔てなく接する事が出来るいつものデイジー。
そのデイジーの人格に、まるで違う記憶や記録が埋め込まれてしまったかのような違和感。
一見すると完全にデイジーだが、俺に対して妙に余所余所しい。
ガサツ、とまでは言わないが、デイジーは遠慮が少ない方だ。言いたいことは可能な限り言うし、そう言うはっきりした性格だから俺も安心して学園を休めたんだ。放っておいても誰かに横から奪われるなんてないだろうから。
今のデイジーはどうだろうか。
俺に対して心の距離を取ろうとしているようにも思える。以前は逆に俺のことをもっと知ろうと躍起になっていたが、それが完全に逆転してしまっている。
怖い。
このデイジーを学園に解き放つのが怖い。
どうしてか、俺の手元から離れるイメージが拭えない。こんなのは初めてだ。
不安が頂点に達したので、意を決して聞いてみる。
「デイジー、君は、何者なんだ?」
真剣にそう問えば、空気が冷え込んだような気がした。
本当に気のせいだったようで、デイジーは笑顔で俺にこう告げた。
「私、転生者なの!!」
はい?
「ここはゲームの世界なの!」
はいいい?
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