騎士不適合の魔法譚

gagaga

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第一章

19

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 ――ギルドに併設されている病院の一室。

「おらぁ!」

 話を聞いた俺は、ギルマスをぶん殴った。

「いいパンチじゃないか! 俺もウカウカしてはいられんなぁ!」

 ベッドで上半身を起こし、踏ん張りもきかない姿勢で、左手一本で俺の全力を受けとめていて何をほざくか。

「まだまだ現役じゃねぇか。今なら仕留めきれると思ったんだが、ガセネタ流しやがって」
「そんなこと言うのは君だけだと思うよ、カイ。それにケガ人を襲うのも」

 利き手をうしなって弱気になってるのかと思っていたら、むしろリベンジに燃えていた。こんなアホに付ける薬はあいにくと持っていない。

 ベッドの上のギルマスの眼光は鋭く、タカを思わせる。気落ちするどころか再戦の意欲に燃えたその瞳が俺を射抜く。
 負けじと睨み返す俺は、そのままサブマスに声をかける。

「血をたくさん失ってるだろうし、これでまったく本調子でないってんだから、二等級ッてのは化け物かよ!」
「君ももうすぐその仲間入りするからね」

 そんなの、冒険者ギルドの本部がかってに押し付けてくるだけのものだ。
 実力とは、実績が伴ってこそ。
 もうすぐ仲間入りと、すでに二等級で満足のいく活動をしていた者とは、言うなれば厚みが違う。

「そうだぞ、カイ! オレもお前も、似た者同士だ!」
「似るかよハゲ! 俺は先祖代々年老いてもフッサフサの家系だ!」
「え、家系って頭髪と関係あるのか?」

 あるに決まっている。

「そう言えば、オレの親父も爺さんも頭が……まさか……」

 やっとそれらしいダメージを与えられたようだ。
 カクリとうな垂れるギルマスを放置して、俺の肩に手を置いたサブマスをみやる。

「カイは博識ですね。その知識と力で、少しばかりこのギルドを助けてはもらませんか?」
「断る、と言いたいが今は気分がいい。話だけなら聞いてやる」

 だが、その前に。
 モシャモシャと何かをほうばっている姉妹にが気になって仕方がない。

「おい、キャス、シス、何を食べている?」
「今いただいたものです。おいしいですよ。あ、あの、あーん?」
「はぁ? うお!?」

 朝の仕返しか。
 キャスが串にさしていた果物のようなものを俺の口に強引に放り込んできた。ねじ込んだと言うほうが正しいだろうか。

 仕方なしにそしゃくする。

 これは。

「モモか」
「ペーシェという品種だそうです。ギルマスの見舞いにと、ある商会が持ってきてくれたのですが」
「オレは甘いモンが苦手だからな! お嬢ちゃんたちにあげたんだよ。そいつはほっといたらすぐ腐るしな!」

 前世の記憶にあるモモよりも少し酸味が強いが、それでもモモだ。
 この世界では流通の一部に魔法使いの亜空間が使われているから、こういう特殊な果物も高級品ではあるがそこそこ出回っている。

「モモといやぁ、滋養強壮にいい薬みたいな果物だぞ。食っとけ」
「あ、ああ、カイがそう言うなら食うが……丸ごとを顔に押し付けるな! 皮をむけよ! ちょっとチクチクするんだが!?」
「毛じといって、モモ本体の日焼けやキズを防止するために生えているものだ」
「その解説、オレの頭を見ながらいう必要あった?」

 精神に追撃する必要があったのだから、当然だ。

「まぁいいさ。オレはまだ諦めていないからな!」

 それはダンジョンへのリベンジか?
 それとも毛髪の話か?

 どっちも諦めろとしか言えない。


「ギルマス、話が進まないので少しばかりだまってそのモモ、食べていてもらえますか?」
「お、おう……、分かった。頼むぞ」
「言われずとも。カイはボクの親友ですから」

 確かに二年もの付き合いではあるが、そのような親密な間柄では決してない。
 気安く述べるサブマスに心の中で悪態をつく。

 誰が親友だ、ボケ。


「そうだったのですか。敵ではなかったのですね」
「お姉さま、わたしは敵に近いと思うよ」

 潜在的に敵だと感じていたキャスに、今も敵だと思っているシス。
 いいぞ、もっと言ってやるといい。

「ご主人様の男色趣味を責めたりはしませんが、望まれないのであればやはりその方がいいのです」

 何のはなしぃ!?

「わたしたちだけで、ご主人様を満足させてみせるから!」

 だから、何のはなしぃぃぃ!?

「はっはっは。それでも満足できなくなるのがこの道の深い所なのですよ?」

 お前も何言ってるんだよ!?

「でも今はそれよりも、です。ダンジョンで起こっていることを説明させてください」

 今さらそんな真剣な空気作ってもむりだろ!
 話す順番をもっと考えろ!!




 仕切り直して話を聞く。

「スタンピードがまた起きた?」

 つい先日あったアント系のスタンピードに続き、今度は草系のスタンピードが起こった。
 その際に救援と討伐に出向いたギルマスが、フロアマスターらしき魔物と交戦し、撃破。腕はその際に失った。

 それを聞き、俺は

「ふーん」
「その反応、冷たくないか!? オレ、がんばったんだぞ? もうちょっと、こう、褒めたり慰めたり、あるだろ!?」
「特には」
「ひどいっ」

 ヒゲの生えたハゲたオッサンがそのツラでハンカチをかむな!

「単独撃破とは言え、元二等級のギルマスの腕をうばうなど並大抵の状況ではありません」
「そうかぁ? ……、ああ、そうだな。それは並大抵じゃないな」

 ヒゲハゲが乙女みたいに目をうるませたから、思わずはき気で自分の言葉を撤回してしまった。
 あれは破壊力が高い。高すぎる。
 思わず全力の魔法で木っ端みじんに打ち砕くなってしまった。

「ギルマス、その顔、今度おやりになったら、奥様に言いつけます」
「ワカッタ」

 即答! そしてカタコト!
 どれだけ奥さんが怖いのか。

「話が進みませんね。もういっそギルマスを排除しましょうか」
「生命的に排除ならやらんでもない」
「やらんでくれ! 本当に悪かったから!!」

 緊急事態のはずなのにどうしてここまで気が抜けているのか。
 いや、違うか。
 百戦錬磨のこいつらだからこそ、平静を装っている。ギルド全体の雰囲気を考えれば焦っていないはずがない。

「話を続けます。ギルマスの腕をうばった魔物は、イビルマーダーブッシュ」

 イビル、つまり闇属性。
 マーダーは殺人。きわめて狂暴性、攻撃性の高いやっかいな相手。
 ブッシュは、草むらだっただろうか。

「見た目は普通の雑草です。サイズも一抱えありません。しかしその隠密性の高さは異様でした」
「オレが気配を察知しても、居場所が突き止められなかったんだからな」

 それでうかつにもイビルマーダーブッシュの上を踏んで、とっさによけたが腕をもっていかれたか。

「見つけちまえば大したことはなかった。左手一本で退治できたからな。だが、あれが上層のフロアマスターだったのが問題だ」
「アント系のスタンピードといい、上層中層は魔境と化しているな。ダンジョンの一時閉鎖措置でもしといた方がいいんじゃないのか?」
「すでに六等級以下の冒険者は立ち入り禁止です」

 その判断の手の早さに感心する。
 それだけ頭が回っているなら、俺の知識とやらも必要ないように思うな。

「中層に引き続き、上層でのスタンピード。新たなフロアマスターの出現。これの意味するところは、分かるか?」
「知らん」

 が、なんとなく予想はつく。

「知りはしないが、予想はついたって顔だな」
「この顔は生まれつきだ」
「そうか。ならその生まれつきの顔から出てくる発想でいい、意見を聞かせてくれ。正直、ギルドでは手詰まりだ」
「ボクもギルマスも危険があるのは感じ取れるのだけれども、それが何なのか分からない。だからみんなに説明ができなくて、ちょっと困ったことになってるんだ」

 実力者のギルマスが大ケガをしてるのだから、とんでもない危険がありそうなんて分かっているだろうに、不可思議な行動をとる連中だ。

「そのギルマスの仇討ちをしようって暴走しかかっているんだ」
「ほーん。ずいぶんとしたわれてるんだなー」
「すっごい他人事だな!? お前もオレをしたってくれていいんだぞ? パパって呼んでくれてもいい」
「呼ぶか! 殺すぞ。俺の親は健在だ」

 遠い隣国で、もうすっかり俺のことなど忘れているだろうがな。
 それでも幼少期に手間をかけ教育し、育ててくれた恩を忘れたわけではない。

 いつかノシつけて返すつもりだ。

「生みの親と育ての親。どっちも親だ、遠慮するな」
「シネ!!」

 こいつは俺の逆鱗に触れた。
 木っ端みじんに打ち砕く。
 だからそこをどけ、アベル!

「いやいやいや! 殺されてはいけません! せめて事態が解決してからでお願いします!」
「うおい、アベル! そこは全力で止めてくれるところじゃないのか!?」
「今のはギルマスが悪いでしょう。かばう気などゼロです。ギルドのみんなの為に、今は動いたにすぎません」
「実の息子がオレに厳しいんだが!?」

 ……、は?
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