騎士不適合の魔法譚

gagaga

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第二章

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 ――宿。
 オーシャンビューが一望できるホテルの最上階の一室。
 否、最上階フロアのすべてがワンセットの超高級スウィートルームでソファーに腰掛けながら、天井を見上げて息を吐く。

 話を聞いたはいいが、心底聞かなければよかったと後悔している。

 頭を振る俺に、キャスがよく冷えたジュースを差し出しながら顔をしかめる。

「K=インズ商会主催のカーレースですか」

 キンキンに冷えたグラスを受け取り、一口ふくむ。
 程よい甘味と後味をさっぱりとする酸味が絶妙だ。少しばかり口内がしあわせになり、気分が落ち着く。

「ふぅ。しかしこれって、俺主催ってことでもあるよな?」
「そ、そうですね……。どうしてこのようなことになったのでしょうか?」
「マッケインも明らかにからんでるよね? うーん? ズズズ…………」

 シスも同じジュースを飲みながら腕を組み、頭を悩ませている。
 いや、人のコップにストローを差して勝手に飲むな。

 シスの横暴を避けつつも、指摘された部分を考える。
 ギルマスのヒゲハゲが黙っていた理由はまだ想像が付くが、マッケインはどうして黙っていたのか。

 わずかに考え、すぐに頭を切り替える。

「考えるだけ無駄か。あの二人が絡んでいるのでは、なるようにしかならない」

 頭の痛い話だが、権力と行動力がある二人だ。この流れはヘタに逆らわない方がめんどうは少ない。

 俺たちが諦めという結論に達した時、のじゃ が不思議そうな声を上げた。

「亭主殿は、どうにも一介の冒険者ではないようなのじゃ」
「お前……」

 これだけの状況を見てその程度の認識とは、どれだけ常識がないのか。
 それとも、姫だから箱入りで世間知らずなのか。

 疑問はあるが、今はソファーの座り心地がいい。こちらに意識をゆだねたい。

「あーー、どうすっかねぇ」
「そもそも亭主殿はどうしてこの都市へまいったのじゃ?」

 ……、おおう。
 そうか、俺、今、めっちゃ暇だわ。
 つまりこれは、俺の暇つぶしのために向こうが用意したイベントか。

「人をダメにしそうなこのソファーで日がな一日くつろぐのもいいが、それでは三日と経たずに飽きる」

 そうなると、暇つぶしのためにと用意されていたレースにがぜん興味が湧いてくる。

 どれ、パンフは何が書かれているか。

 丁寧に三つ折りされているその紙面を勢いに任せて一気に開く。
 目に飛び込んでいたのは、荒々しく筆で描かれた文字。



『暑い夏! 白い雲! 白熱魅惑の大レース! 勝利の栄光は一体誰の手に!』



 この世界でこんなにもキャッチーなフレーズを聞くとは思わなかった。
 内容は、ゴーカートによる競走。

「ゴーカートかよ」

 でもあのサイズなら前衛も魔法使いも関係ないだろう。そういう意味では考えられたイベントだ。
 いや、そうか。
 ここで魔法使いが優勝でもすれば

「魔法使いもやるもんだ」

 となるのかもしれん。一種のイメージ戦略だ。

「そうなると、俺はその様子見がてら暇つぶしをしてりゃいいのか」

 折角の休暇、あいつらのおぜん立てなのが気に食わないが、楽しめなければ大損だ。
 明日から早速ゴーカートの練習をしよう。



 ――翌日。

「マジかい……」

 ゴーカートをなめていた。
 たかだか時速三十キロしか出ないと聞いてたから楽勝だと思ってた。

「低い視線、むき出しの体。これは恐怖感が思いのほか、ヤバい」

 大会予選まで二週間あるのが救いだが、完熟訓練は難航しそうだ。


 いやしかし、久しぶりの体を動かし苦戦するという感覚は、タマラン。
 初夏のような陽気な日差しと、涼しい海風がマッチして最高の気分だ。

「モナコのエフワンレースみたいだ!!」

 しかも美人双子姉妹のレースクイーン付き。
 レースなどテレビでしか見た事はないが、これは燃えるわ。おとこのこだもの。

 興奮する俺の視界にチラリと見えるは、ちんちくりん。

「がんばるのじゃー! がんばるのじゃー!」

 何をしれっと天狐姉妹に混ざっているのか。
 あいつは俺を不快にさせるために生きているのだろうか。もう、視界に入れない方が俺の精神の為にいいな。


 あれから何度も周回し、他の練習者も混ざりながら走ったが、気付いた。

「これは、魔法使いの方が有利だな」

 前衛は馬とは違うその感覚にとまどい、カーブを早めに曲がりすぎたり、逆にギリギリでハンドルを切ってスピンしている。
 魔法使いは、ヘアピンカーブのような急激に体を動かす場所は苦手だが、全体的には安定している。

「それにしても、どうして皆が皆、ここまで熱心に練習している?」

 ピットレーンで徐行をしている最中に、ふとそんな疑問がわいた。
 彼らを奮い立たせるだけの鼻先の人参があるのだろうか。
 興味がなかったから調べていないが、優勝賞品がそれほど魅力的なのだろうか。

「いや、どの道うちの商会で提供しているから、マッケインに言えばタダでもらえるか」

 停車と共に、あっさりと賞品への興味が消えた。

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