騎士不適合の魔法譚

gagaga

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第二章

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 ――三日後。

「ヒャッハー!」

 な れ た。

 もうすっかり慣れたわ、これ。

「楽勝楽勝っと」

 魔道具掲示板のタイムを確認。歴代最速のラップタイムを更新して大満足。腕を振り上げてピットレーンへと侵入する。

 いやー、楽しいな。

 思わず童心に帰る。

「ご主人様の動き、こうでしょうか? ええと……」
「うわーん! 旦那様に追い付けないよー!」

 天狐姉妹も一緒に走るようになったが、まだまだ俺には遠く及ばない。
 今日の他の参加者と似たり寄ったりな成績だ。
 それが悔しいのか、マシンを走らせずに今はもっぱらマシンの上で体を動かしつつコースで走る様をイメトレしている。

 体を傾けて頭が移動する度にヘルメットを気にしている様子から、狐耳が押し込められているのも悪影響がありそうだ。いまいち集中できていないように見える。
 しかし亜人なのを隠している以上、専用のヘルメットなど用意はできない。

「のじゃ~~~」

 ギリギリの身長すぎてアクセルすらうまく踏めない のじゃ が初心者用の練習コースで鳴く。今のは踏み込みすぎて、あー、壁にぶち当たったな。

「う、うぬ……、こうなっては亭主殿にすべてを託すのじゃ! ワシはそこで応援してるのじゃ!」

 ああ、そうしとけそうしとけ。
 視界に入らない所にいてもらえるのが一番の応援だ。


「さて、飯にするか」

 今日は何をくおうかな。

 ここのところ海鮮を堪能していたから、次は肉か? 想像の食卓を思い浮かべ、唇を舐める。

 K=インズ商会の息がかかった街だから流通がしっかりしていて、実に様々な店がある。とはいえ、ここまで多いのはリゾートで生計の半分を立てているこの都市ならではだろう。
 右の店を見ても

「K=インズ商会直卸し店」

 左の店を見ても

「K=インズ商会から直送」

 と、ある。
 あちらもこちらも、ホテルもそうである。お土産ですら、大半はK=インズ商会から卸している。
 もはや街の乗っ取りを疑うレベルである。

「それはともかく、何を喰おうかな。肉と言っても、鳥、牛、豚、魔物とさまざまだ」

 昼飯に思いの翼を広げていると、その翼をへし折りにくる声がかかった。

「失礼ですが、カイ様でいらっしゃいますでしょうか?」
「……、あん?」

 なんだテメェ。俺の昼飯タイム、邪魔しようってのか?

 思わずメンチを切った。

「ウヒィ!? あ、あのですね、カカカ、カイ様のタイムが規定値以上に達したので上級カートへご案内するように申し付けられておりまして……」
「はぁ?」

 威圧の声も漏れた。

「アヒィ!? 急ぎの方がいいだろうと上から指示を受けていたのですが、ご都合が悪ければ後日でももももも」

 上級カート?
 急ぎの方がいい?

 よく見れば、声をかけてきたのはスーツを着た、いかにも正規の職員ですといった様相の男だった。
 こういった者は重要な案件で動く場合が多い。無視をすると損失が大きくなる。

「上級カートについて、簡潔に説明しろ」
「ハヒィ!! 時速百キロまで出るカートです! 大会で使用されるのもこのタイプでぇす!」

 なにそれ。
 聞いてない。

「大会出るの、やめるか」

 時速百キロとか恐ろしすぎるわ。





 ――数日後。

「ヒャッハー!! ちょう、きんもちいいいい!!」

 よくよく考えたら、車高の低いバイクみたいなものだ。バイクでさえ時速百キロで走れるのだから、四輪だって大丈夫。
 そんな訳分からん理屈で乗ってみたが、これはおもしろい。ドはまりというヤツである。

 ……事故って体投げ出されても無傷だったから、とか、そんな理由ではあんまりない。

 この世界の人間、頑丈過ぎるだろ。

「ま、最初から全力で走る必要もねーからな。ゆっくり体を慣らしていきゃぁこんなもんよ!」

 しかもこちらはレギュレーション的に魔法の使用がオッケーときた。回数と時間に制限があるが、これはいよいよもって、優勝が間近に迫ってきた感がある。

「キャノピー代わりに風魔法を使えば空気抵抗を無視して走れるし、やべぇな」

 カーブで曲がる時の遠心力を、体を極限まで倒して抵抗する。マシンとの一体感が気持ちいい。

「体、鍛えておいてよかったわ」

 ギュインギュイン行くぞ、ギュインギュイン。


 ギュインギュインが終わり、待合室で軽く水を飲む。
 何の気もなしにサーキットの様子を眺める。小さな駒のようなゴーカートが進んではスピン。あるいはカーブで減速しすぎて亀のよう。
 とても時速百キロを出せる上級カートには見えない。ともすれば下級カートよりも見ごたえがない。
 あ、あいつは逆に度胸があるな。一気に加速して……、曲がり切れず吹っ飛んだ。しかし平気なようすでカートから降りてコースに手で押し戻している。やはりこの世界の人間は頑丈だ。

「他の連中は随分となさけねーのな」

 上級カートに登ってこれるのが魔法使い多めだからか、大半が速度に振り回されてロクに走れていない。数少ない前衛にしても苦戦している。
 これならいっそ下級の方が、と思ったところで二つの足音が聞こえた。
 誰か来たのかと独り言をやめれば、どうにもその人物たちは俺に用があるみたいだ。背後で立ち止まった。

「それはな、今走ってる連中が新人ばっかだからだ、坊主。俺たちベテランとは練習している時間帯が違うんだよ」
「ア? なんだテメー?」
「おいおいおい、先輩にたいして口の利き方ってモンがなっちゃいねぇな!」

 そう言うや、「ハイッ!」の掛け声と共に筋肉を盛り上がらせるムサい男がいた。

 ウゼェ。なんだよこの肉ダルマは。

 そんな意味で睨みつけたが、まったく意に介していない様子で自己紹介をされてしまった。

「俺様はバードン! あのK=インズ商会をスポンサーに持つ英雄的レーサーだ! おそれ入ったか!」

 ほーん、K=インズ商会がスポンサーね。

 それ、俺がスポンサーってことだよな?
 お前、いまイキってる相手、だれか分かってんのか? アアン?

 メンチを切るも、またもスルーされる。

「バードンさん、生きのいいルーキーって彼のことですか?」
「ああ、ロンディア。この坊主が中々いいハシリをしてたんだよ」
「へぇ、なるほど。バードンさんの目に留まるとはかなりの腕のようですね」

 肉ダルマは仲間を引き連れていた。
 ノッポが増えた。

「私の名はロンディア。五等級冒険者でもありますが、今はレーサーです」
「こいつも俺様と同じK=インズ商会がスポンサーなんだよ! どうだ、うらやましいか!」

 いえ、まったく。

 思わず真顔になる。

「あなたもそこを目指しているのでしょうが、ハシリがまだ荒いですね。表情もかたいですよ?」
「そうなんだよ! あのカーブ、攻めるならもっとこうやって、こうだろ!」
「私たちからすると歯がゆく見えるハシリが多いですからね」

 ハシリハシリとまるで専門用語のように連呼するが、何を気取っているのか。
 こちとら職業レーサーなわけではないのでどうでいい。絡んでくるな。

 好き勝手言ってくる男たちを横目に、次は何を言われても即答すると心に誓う。このような接し方をしてくる連中の続きの言葉など、想像するのが容易すぎる。

「で、だ、坊主」
「ことわる」
「即答! これはますます引き込みたい人材ですね」

 そのりくつはおかしい。

「レーサーはスピード命だ! 即断即決! でなきゃ死ぬ」

 前世なら納得だが、異様に頑丈な人間が多いこの世界でその言葉はどうなんだ。

「そういう訳で、少しばかりレクチャーをしましょう」
「いらん」

 ほんといらん。マジでいらん。
 さっさと下級カートで待っている天狐姉妹と合流したい。

「はっはっは! イキがいいな、坊主! 気に入ったぞ!」

 気に入るな、視界から消えろ。いや、むしろ俺の方から視界を変えるから動くな。
 首を捻り肉ダルマを視界から消すと、丁度そこに苦笑いのノッポがいた。

「この方は前衛だからちょっと配慮が足りないところもあるので、許してあげてください」
「そうかよ」

 ノッポが静かに毒を吐く。
 それなら仕方がないな。

 ……、いや、待て。
 彼は?
 ならお前はなんだ?

「ええ、そうです。私は彼と仲良くさせてもらっていますが、魔法使いです」
「……、ほう」
「ガッハッハ! 速いヤツに前衛も魔法使いもねーよ! 速いってのは、正義だ!」

 胸を張ってそう言い切る肉ダルマを睥睨する。
 ンな訳ない、という意思を乗せて。

 だが、そうか。ふーん。

「人を待たせてるんだ。俺は行くぞ」
「そうですか。それなら仕方がないですね」
「明日もここにいるからな! 絶対声かけろよ!」

 誰が二度と関わるかよ。暑苦しい。

 綺麗なサムズアップをしている肉ダルマと、終始笑顔だったノッポを置いて、俺は姉妹の元へと小走りで向かった。

 俺にとっての正義は、俺自身だ。


 その呟きは、口の中から外へ出る事はなかった。
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