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第二章
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しおりを挟む――大会三日前。
「タイムが伸びねぇ」
俺は行き詰っていた。
スコアを眺めつつ、何が悪かったのか、周回中の自分を思い出す。
「理論的には正しいはずなのにタイムが伸びない。おかしいだろ? どうなってんだ?」
コースマップとにらめっこしながら唸っていると、肉ダルマが接近してきたのをペルセウスくん越しに察知した。
街中なので気配が多すぎるから、武術の方は期待できないので魔道具に頼っているが、ペルセウスくんの新機能『識別マーカー』はうまく作用したようだ。
黄色マーカー、要注意人物の肉ダルマが食って掛かってくる。
「探したぞ! おい!」
探さんでいい。
ただでさえ暑いここの気候と相まって、「ハイッ」の掛け声と共にポージングするのが最高に暑苦しい。
「お前、伸び悩んでんだろ?」
「チッ。イヤミでも言いに来たのか」
思わず舌打ちをしてしまったが、そうだ、何度か繰り返せば立ち去るかもしれない。
「チッ! チッ! チッ! チィッ!! チィィィィッ!」
「はっはっは! ストレス溜まってんのか? なんだい水くせぇじゃねぇか! どれ、俺様に悩みを打ち明けてみろ! ほれ!」
ガッハッハと豪快に笑いながら俺の肩を掴む肉ダルマ。
舌打ち作戦は効かなかった。
逆に「なんだ? 鳥の真似か? おもしろいことしてんな!」と言われてしまった。
うっぜーーーーーーー!
どうしたって?
話したさ。根負けしたさ。
「ほほう、そいつぁ初心者が落ち入るところだな」
「そうかよ」
「そうふてくされんなって。そりゃなんせカートそのものの特性だかんな」
「なに?」
「カートだって無限に力が出せるんじゃねぇんだ。余計なとこでパワー使ってりゃ、肝心なトコで真価を発揮できねぇ」
それは盲点だ。
コース図を指で追い、ある一点で止める。
「ならここはどう攻略する?」
「あー、そこは事前に速度を落として、アクセル抜いたまま突っ込むんだよ。で、カーブの中ごろからアクセルをブッ込む! そうすりゃその後の直線で巻き返せる!」
「こっちは?」
「そこは一見するとヘアピンだが、見てみろ、道幅がひれぇんだ。こう、アウトインアウトで曲がりゃ減速は最低限ですむ。エンジンへの負担も減って万々歳だ!」
マジか。
脳みそまで筋肉で出来ていそうな肉ダルマが、やけに理性的に見える。
「レース中ってよ、いろんな情報が入ってくんだ。前のヤツ、隣のヤツ、後ろのヤツの動き。気温、風向き、エンジンの調子。それらを考えながら行き当たりばったりでコース攻略なんざ、頭のわりぃ俺様にゃ無理だ」
頭が悪い?
これでか?
「だから俺様は最初にコースの攻略を全部頭にたたっこむんだ。そうすりゃ後は周りの動きだけに対応すりゃいい」
なるほどな。それは確かに合理的な考え方だ。俺もそういう考え方はきらいではない。
「二十人が同時に走るのがレースってヤツだ。不慮の事態なんざ山ほどある。だからこそ、そうでない部分は徹底的に事前にツブす。それがプロってヤツだ、坊主」
俺への扱いはともかく、プロ意識が高い。
マッケインが支持するだけのことはある、か。
手本にするのもシャクだが、悪くない心構えだ。
「なら俺も徹底的に叩き込んでくるか」
俺の場合、頭ではなく体に叩き込む。
理想の動きを、ポジションを、すべてを想定して。
何度もレースを繰り返すプロではない。今回限りのアマチュアだ。
だからこそ、この一点にのみ集中し、素人である俺がプロ連中を打ち砕く。
ジャイアントキリング。楽しそうじゃねぇか。
「肉ダルマ! テメェも大会に参加するんだな?」
「肉ダルマァ!? 俺様はそんな名前じゃねぇぞ!」
「俺も坊主って名前じゃねーんだよ! それよりいいから答えろ!」
「俺様はバードンだ! 大会で会ったら叩きのめすぞゴルァ!」
「ハッ! やれるモンならやってみろ! お前こそ首を洗っとけよ?」
「上等だコノヤロウ!」
突き出した俺の拳に、肉ダルマの拳が当たる。
ハッ! 敵に塩を送る甘ちゃんなんざ、徹底的にブッ潰してやらぁ!
――大会当日。
「やれるだけはやった」
「はい、ご主人様! ご主人様であれば優勝は間違いありません!」
そうでもない。そもそも今日は予選だ。
はやるキャスのデコを指ではじく。
キャスは当たった場所を両手で押さえ、困ったように笑う。
他の女がやればあざといだ媚びているだと思うこの仕草も、天然の入っているキャスがすると、まぁ、なんだ、あれだよ、あれ。
「どうかなさいましたか?」
「……、キャスは上級に上がれなくて残念だったな」
「やはり難しかったです。それを思うとご主人様は数日で上がられたのですごいです」
よく考えたらチートもなく上がった。あるいは俺が認識してないだけで、そういう才能もあったのか。
考えても答えは出ない。この世界では自分の才能を確認するステータス魔法なんて便利なものはない。
意識を逸らす意味で、しょぼくれているシスの頭を撫でる。
サラサラで、撫でていると自然と落ち着く。
「ううう、旦那様ぁ」
「お前も上がれなくて残念だったな」
「はいぃぃ。なんでこう、真っすぐ進んでくれないんだろ」
俺が下級で付きっ切りで師事していれば二人も上級に上がれただろう。
だが、めんどかった。
上級は楽しかった。
だから仕方がないのだ。
「亭主殿、優勝! 優勝なのじゃ! 後生じゃから優勝してほしいのじゃ!」
俺の優勝とこいつの目的の何が合致してるのかは知らない。このところずっと大人しくしているから放っておいた。
しかし、こいつが優勝に拘っている理由、聞いておいたほうがよかったか?
「いやいや、お前の都合など知らん。俺が勝ちたいから、勝つだけだ」
「かっこいいのじゃ~~~」
そんな目をうるませるほど格好いいことは言ってないんだが?
やはり姫だけあって、世間的にスれてない。どうにもこういう相手は扱いにくくて困る。
「選手の皆様にお知らせします――」
選手召集のアナウンスが響く。
「ご主人様、ご武運を」
「旦那様、ファイトー!」
「のじゃー!」
さぁて、いっちょ楽しんでくるか!
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