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第二章
17
しおりを挟む「そっちだ!」
「はい!」
「やぁぁぁぁ!!」
あれからホテルに向かって歩きつつ、魔物を掃討してるが、数が多い。
陸上でも活動できる海の魔物はそれほど多くないし、一定以上の大きさをしているのが救いだが、これではキリがない。
「大量発生の原因でも分かれば、ブッ潰すんだが……」
「はい、原因はダンジョンザマス」
「……。はい?」
「ようやく捕まえたザマス。坊ちゃんはいつもここぞと言う時にいなくなるザマス。心配したザマスよ」
この口調、マッケイン?
のじゃ と共に避難していたと思っていた。
「マッケイン!? お前、どうしてここに?」
「坊ちゃんを探していたザマス。そして、依頼があるザマスよ」
「……まさか?」
今の話の流れからすると、俺にこの原因となっているダンジョンを攻略しろというのだろう。
イヤだと強い視線で返せば、スルーして真剣な表情をされてしまった。
「その通りザマス。本来なら俺たちだけでカタを付けたい所ザマスが……正直もう後がないザマス」
「お前がそこまで言うのなら相当ヤバいんだろうが、どのくらいヤバいんだ?」
「都市部がもってあと二時間ザマス。領軍も奮戦して、領主も最後まで戦うと言っていますが、無理ザマス」
そこまでか。
そして、どうしてそうなるまで気が付かなかったんだ!
「ダンジョンが海底にあると分かったのが一か月前ザマス。潜水調査の用意をしている最中に、スタンピードが起こったザマス」
話を聞くに、どうやらマッケインは元々それの用事でこの都市に来ていたようだ。俺の事はおまけに聞こえる。
しかしおまけの方に比重が強く傾いているのは気のせいではないだろう。
困ったヤツだ。
「しかし、海底のダンジョンが溢れ出たとは、それは珍しいな」
海底ダンジョンは内々で生態系が確立されている性質上、ほとんど魔物が増えない。スタンピードも起こらないというのが一般常識だ。
「どうやら大昔からあったダンジョンが、地殻変動で海の底へと移動したようザマス。長い年月で忘れ去られていたようザマス」
なんだそりゃ。
「坊ちゃんのやる気が出ないのであれば受ける必要はないザマス。その場合、この街は諦めて従業員ともども関係者と避難するザマス。その準備は、終えているザマス。出資した分をいまだに取り戻せていないけれど、従業員の腕と命の方が大事ザマス」
しれっと命より技術者の腕が大事だと言うマッケインに戦慄しつつ、俺の疑問を挟み込む。
「……、俺では攻略できない、とは考えていないのか?」
「? まさかザマス。坊ちゃんに攻略できないダンジョンなどありはしないザマス」
「俺の身が危ないとは思わないのか?」
「? 坊ちゃんが、危険ザマス?」
なんでそこで不思議そうな顔をしているのか。
「はー。分かった。受けてやる。丁度潜水用の装備も作ってあったからな。報酬は、緊急時だがしっかり押さえとけ。で、ダンジョンの位置はどこだ?」
「この先の海岸から海へ向かって五十メートルほど進んだところの浅瀬にあるザマス」
「中の様子は?」
細かに状況を聞いていく。
どうやら水没している上に、元は風のダンジョンだったのに、水棲系の魔物が出てきて戸惑っているのが今回の事態を余計に深刻化させているようだ。
「それは、もしかして融合型かもしれんな」
離れたところに水属性の海底ダンジョンがあったのだろう。その海底ダンジョンが長い年月をかけて水没した風属性ダンジョンを取り込んだ。
そしてその風属性ダンジョンは乗っ取られ、海底ダンジョンの新たな入り口となってしまった。
早足で歩きつつ、目に付く魔物のすべてをせん滅しながら話を続ける。
「融合型ダンジョンザマスか? それは、融合するとどうなるザマス?」
「二つがつながるから単純に広くなる。しかも中は長い迷路になっている危険性が極めて高いぞ。調査なんぞに出なくて正解だったかもな」
「そうザマスね。坊ちゃん、それとあちらにいるのがここの領主ザマス」
「無視して行きたいんだが?」
「それでもいいのですが、後から余計なことになるザマスね。娘を差し出すからここにいてくれ、とか言われたら俺でも断れないザマスよ」
それは、会いに行かざるをえない。
そうだな。依頼主に会うのは冒険者としてアタリマエだ。
そう自分に言い聞かせ、めんどうになる心を支える。
そんな俺の目に飛び込んできたのは……
「……、見覚えのあるシルエットだぞ」
というか、あいつ、プロレーサーの肉ダルマだ。
「お、マッケイン殿。その方がお探しだった例の……、アーーー!!」
「うるせぇ」
急に帰りたくなった。
「お二人はすでにお知り合いだったザマスか。坊ちゃん、こちらがこの街の領主、ドバードント殿ザマス」
「坊ちゃん? いや、まさかこの坊主が……?」
「ええ、失礼のないように頼むザマスよ」
しかも領主よりK=インズ商会の方が立場が上か。
居心地が悪いな。
「ま、いいか! わっはっはっはっは!」
「委縮するかと思ったら、開き直りかよ」
「そうだな、俺様だからな! たとえ会長殿といっても、共にカートを愛する仲であれば垣根など存在せぬわ!」
くっそ。
こういう裏表のない性格してるヤツは苦手だ。
「偽名を使ってレーサーやってたのは、気晴らしか?」
「察しがいいな、坊主! その通りだ! そして頼む、助けてくれ!」
「はぁ? 知るかボケ」
事この期に及んでは、冒険者に言うべき言葉はそれではない。
周りの連中はこの非常時に一体何なのかと、俺に厳しい目線を向けている。
街存亡のこの危機に、俺とやり合おうと言うのだろうか。メンチ切りなら負けねぇぞ?
「……? ああ、そうか。いや、すまなかった。そうだな。皆の者、静まれ」
「ハッ!」
その一声で黙って整列するとは、中々の練度だ。
ここにいるのは隊長クラスの者たちなのだろうが、それでも素晴らしい統率の取れた動きをする。普段からの訓練に手抜きをしていないのだろう。目印もなく、全員が縦横をずらすことなく並んでいる。
「部下がぶしつけな視線を向けてしまったことを謝罪しよう。それと、俺様が迂闊なことを言ったのも謝ろう」
迂闊なこととは、恐らく俺を坊主呼ばわりしたことだろう。それにより俺の立場が分からない者が部下に出てしまった、と。
やはりこの肉ダルマ、頭のめぐりが悪くない。人の機微にも敏感で、さすが領主を勤めているだけのことはある。
その感心に免じて許してやる。
「分かった。めんどうだからそれ以上はいらん。用件を言え」
「ありがとう。では改めて、二等級冒険者、カイ殿。この街をすくうための依頼を受けてはもらえないか?」
最初っからそう言っておけ。
この緊急時に余計な手間をかけさせるな。
ざわり、ざわざわ……。
しかし、いかに高度な訓練を受けた騎士たちと言えども、今の情報は動揺を隠せない様子。
わずかに目線を向けてくる騎士たちを無視して、顎を突き出しながら要求を叩きつける。
「……、報酬は? 言っとくが娘だとか地位だとか、そんなもんはいらんぞ? 俺のタメになるモンよこせ」
やる気のなさを見せれば、しかし肉ダルマはまったく狼狽えずに報酬を口にする。
「俺様が用意できるのは、ある意味で、地位だ。この街で自由に過ごせる権利と言うべきか。それを授ける」
「なんだそりゃ?」
「プライベートビーチ、商業圏、住宅権その他の権利一切合切だ。届け出は必要だが、俺様の許可が不要になる」
それはまた、太っ腹な話だが……
「急ぎ海底のダンジョンを攻略しろ、なんて無茶苦茶な依頼の割には安すぎるな」
「はっはっは! 俺様もそう思う。だが、お前さんが必要としていそうなものだとこれ以上のものがない。あとは俺様の首ぐらいだが」
「そんなものはいらん」
「だろうな! がっはっは! だからこれは、そうだな。足りない分は、貸しだ!」
もっとふんだくってもいいが、この辺りが妥当な落としどころだろう。
値段の付けられない貸しは、ある意味では、首を差し出すよりも価値が高い。
「書面はすでに用意してある。マッケイン殿が言っていたとおりだったな!」
「ええ、坊ちゃんですから、必ずお引き受け下さると思っていたザマス」
マッケイン、やはりお前の差し金だったか。
……、お前、なにを隠している?
「では作戦は三十分後! 準備する時間もなかろうが、頼んだぞ坊主!」
俺のマッケインへの疑惑は、肉ダルマの大声によりかき消されてしまった。
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