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第二章
24
しおりを挟む「うまかったぞ。ご馳走様」
「デザートもおいしかったのです。さすがはマッケインです」
「この濃縮還元のミックスジュース、おいしいね! お姉さま!」
「そうね、シス。まるで搾りたての果汁のようです。この辺りは塩害があって果物が育ちにくいと聞いていたのですが、それを思うとこれはすごい贅沢です」
「マッケインはこのジュースにいくらお金を積んだのでしょうね? お兄さまはご存知ですか?」
そんなのは知らん。
というか、濃縮還元ジュースだからそこまでの費用は掛かっていない。
「あいつはデカい商会の副会長なんだから、この程度お小遣い感覚だろ」
正直に答えるのもシャクなので適当にごまかす。それに対して、顎に手を当てて悩むナトリ。
ナトリは一体何を気にしているんだ?
まさか俺がマッケインにセビってるなんて思ってんのか!?
むしろ押し付けられて困っているんだが?
「あ、そ、そうなのですね……」
んー?
「おい、ナトリ。俺はお前の兄だ。何か、悩みがあるなら聞いてやらんでもないぞ?」
「お兄さま……」
俺のその意外な言葉に感動したのか、目をうるませたナトリの顔面が近づいてくる。
お、おう。
ちょっと近い、近いからね。
もう鼻と鼻がくっ付きそうな距離だからね。離れてもらえますぅ?
「ナトゥーリア様、近すぎます」
「うんうん、駄目だよー。わたしたちの旦那様なんだからー」
「……」
なんだ、妹よ。そのような冷たい視線は。実は今の、メンチ切ってただけだったのか?
お兄さま、そう言うの得意なんだから返してやればよかったか?
「ずっと疑問に思っていたのですが、この方たちは何なのですか? お兄さまとの関係は?」
「関係?」
関係って、そりゃ
「げぼくだ」
「げぼくです」
「げぼくだよー?」
「げぼく!?」
そんなイス蹴飛ばして立ち上がらなくてもいいだろう。
別にお前だって貴族だったんだから、メイドや執事や「げぼく」くらいいただろうに。
「メイドや執事は使用人ですが、げぼくは違います! げぼくって、奴隷や召使ですよね!? それも男の!?」
そうだったな。
実際に、ぞんざいに扱う意味でそう呼んでいたのを、妹の指摘で思い出す。
どう説明したものかとあごに手を当て考える。
「話せば長くなるんだがな……」
「まさか、この方たち、男の娘ですの!?」
ちげーよ!
「まぁ、なんだ。アレだよ。最初は女扱いしたくなくてな、げぼくにしたんだよ」
すでに過去形であると天狐姉妹に目配せすれば、分かっていますとお辞儀を返された。
「もしやと思っておりましたが、お兄さまは女嫌いになってしまたのですね。それもこれも全部、あの悪魔の所為ですの」
俺の過去を知ってるから、ナトリの顔が怖い。
笑顔なのがすごくこわい。
こわすぎて直視できず、口元まで引き寄せたカップを傾けて視界を遮る。
「あの悪魔、絶対に今度こそ討伐してみせます!」
「ゴクン。悪魔のようなヤツではあったが、討伐って……。そもそも打ち首になったと聞いたが?」
「ええ、ですから首だけで空を飛んで逃げたのです」
はい?
何それ。
首だけで空を飛んで逃げた?
日本で有名なのは平将門か。
中国の妖怪に飛頭蛮なんてのもいたな。
実はオーレリアはその類だった?
「いやいや、何それ!?」
「なにそれも何も、先ほど申した通り悪魔ですわ」
悪魔!?
実在したのか?
「ええ、本当に恐ろしい話です。まさか本物の伯爵令嬢とすり替わっていたなんて……」
ガチで恐ろしい話だ、ソレ!
「私が旅に出た理由の一つがその首を今度こそ消滅させるためです。でも一番はお兄さまを探す為です!」
「あ、うん、そう……」
ごめん。ちょっと頭がパニックだわ。
首を回して伸びをする。ポキポキと音が鳴り、それなりにこっていたのが実感できた。
さぁ、覚悟はできた。説明求む。
「生まれた直後から入れ替わっていたようで、本物はすでに食われた後だったそうです。元公爵は事実を知って精神を病んでしまいました。結局斬首されたので意味のない逃避だったのです」
「辛らつな言葉が妹の口から出てきたのが一番の驚きだが、そうか。だが、それでも俺には関係ないな」
悪魔だろうが何だろうが、結局あいつはきっかけにすぎない。そのきっかけ一つで色々なものが壊れていっただけだ。
壊したのはあいつだけじゃない。
あいつの妄言を信じた国王や王子、その他の取り巻きも同罪だ。
そもそも魔法使いにあれほどまでに圧力をかけ、虐げてきたのは他ならぬあの国であり、国民だ。
オーレリアがいなくとも、俺の人生は似たような歩みとなっていただろう。
「脳みそまで筋肉で出来ているあの国らしい無様さだ」
今の俺であれば見破れるだろう。
キャスやシスでも判別できると思われる。
つまりかの国の内情が不安定なのは、魔法使いを迫害し、育てなかったツケが回ってきただけのことだ。
「コホン。話が逸れたな。それで、ナトリは何を悩んでいるんだ?」
「あ、えーと。お兄さま、そのですね……」
何だ?
兄になんでも言ってみろ。
叶えてやるかは別だがな!!
場合によっては徹底的にバカにしてやるぞ?
「実は、家を飛び出してきたので、お金がないのです」
……。
はい?
「最初は手持ちでやり繰りしていたのですが、その、勇者だからって各所で歓迎されまして、食事や寝床には困っていなかったのです」
「そうだよな。勇者だもんな。で、それがどうした?」
「はい、その、それで、宴会を開いてくださったりでご飯の心配がなかったから、その、報酬を受け取らずに旅を続けていたのです」
ある意味その宴会や食事が報酬だったのだが、それにすら気付いていないのか?
「ふーん。お前、バカだったんだな」
「酷いです!?」
ひどくもない、事実だ。
人の善意に付け込んで適当にお茶濁されて、勇者ともてはやされて、結果が貧乏とはバカにされても仕方のない来歴だ。
「あの三バカは金持ってなかったのか?」
「旅費でもう全部使い切ってしまったのです」
もう一度言うか?
「バカだったんだな。それでよく人にタカろうとしてるとか言えたもんだ。バカ勇者一行だったんだな」
「とってもひどいです!?」
三バカじゃなくてバカ四天王だった。
とは言え、脳筋の騎士連中なんてそんなものだろう。特に、自分の腕に自信があるなら余計に。腕力で全てが解決できると勘違いしているからこそ、脳筋と呼ばれるのだから。
「はぁ、しょうがない。これ使え」
「お兄さま……?」
「行くにせよ戻るにせよ金は必要だろう?」
と言うかこれ、手切れ金な?
血のつながった妹とは言え、ここまでバカだとかばう気も守る気も失せる。
「お兄さま……おにいさまぁぁぁぁぁぁ!! ムギュッ!?」
「近いです」
「ブロックだよ!!」
NINJAが俺の危機を察知して間に割って入ってくれた。
「負けないです! 負けないです!」
「この力……さすがは勇者ですか……くぬぬぬぬ」
「勇者なんて危険人物、例え妹でも近づいたら駄目だよ!」
「危険じゃないです! この娘たちは何を言ってるのですか!?」
勇者に対する偏見なのか、妹への対応がかなり雑だ。今も力で勝てないからとキャスは顔を直接掴んでいるし、シスはなんでか俺に抱き着いている。
「ウゼェ! 大人しく座ってろ!」
問題が片付いたからバカンスを楽しもうと思ったのに、とんだイベント発生だ。
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