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第二章
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しおりを挟む「うーーみーーーーーーーーー!!」
「海ですーーーーーーーーー!」
「海だよーーーーー!」
「海なのじゃー?」
「海ですね」
俺と天狐姉妹は実質初めてのバカンスへと乗り出した。
青い空、白い雲、打ち寄せる波!
磯の香りに混じってほのかに食欲をそそる貝や魚を焼いた匂い。
「プライベートビーチなのに、隣が一般の砂浜ってどうなんだ?」
巨大な岩一つ隔てた向こう側は一般の海水浴場。一方こちらは貸し切りのプライベートビーチ。
向こうは庶民であふれ、ごった返している。
こちらは貸し切り。だから人もいないし、売店露店、何もない。
歴然とした差があるはずだが、妙に向こうの方が羨ましい。
「海の魔物の駆除を効率的に行うためだそうですね」
「しょうがないよね。バラけていたら守るの大変だもんね」
そうね、仕方ないね。
「って、そんなわけあるか! くそっ、あの肉ダルマめ!」
ダマされた! ダマされた!
「折角の貸し切りプライベートビーチだから、一度はヌーディストビーチをしてみたかったのに!!」
お陰で天狐姉妹も偽装を解除できない人間モードのままだ。
「お兄さまがそんなに見たいのであれば、私、脱ぎます!」
脱がんでいい。
と言うか、お前が脱ぎたいだけだろ?
やっぱりうちの妹は露出狂の変態だった。
お兄ちゃん、ちょっと悲しい。
「見てみてー、エモノー!」
「ご主人様! この魚、見て下さい! プリップリでおいしそうです!」
そして天狐姉妹よ。
貧乏生活が長かったからか、いきなり狩りを始めるとは台無しだぞ。
楽しんでいるようだが、それは俺があまり楽しめない。
美女二人で頭と尻尾を支えないといけないほどドデカいテラテラ光る魚のスリーショットで興奮とか、ちょっとハードル高い。
「てか、デカいな!? この浅瀬でそんなデカい魚、生きていられるのか!?」
「この足のようなヒレで砂浜を歩いていましたよ?」
「魚類じゃないの!? まさかの両生類!?」
シーラカンスも真っ青の進化っぷりだぜ!?
驚愕に慄いていると、その巨魚がビチビチと跳ねて二人の手から逃れようとする。
「あぁ!? なんて活きのいい! えいっ!」
キャスが素手で魚を仕留めた。
二度見したが、見間違いではなく、抜き手で一発だった。巨魚を貫通した手の平がこちらに向かって伸びている。
それだけの実力があれば、あんな食うに困ることもなかったのではないだろうか。姉妹の身のこなしを見ていると、狩りで十分に生計を立てれたような気がする。
「お母さまの秘技、ようやく会得できました」
天狐姉妹の謎が増えた。
どんな母親だよ!?
まぁいいか。細かいことは抜きだ。
しかし、隣から漂ってくる良い匂いが気になって仕方がない。
「そうだ! どうせなら、この場でそいつを焼いて食うか?」
色気より食い気な天狐姉妹もいるし、ここでバーベキューも悪くない。
「ならもっと沢山捕まえてくるね!」
「人数分だけにしとけよ!」
「はーい!」
そもそもあいつ、海は初めてだと聞いていたが、魚以外に海産物分かるのだろうか。
どうなることか。
「こいつと、こいつ! レストランで見たよ!」
「ウニと、ホタテ? ホタテなのか、それ?」
先ほど目星をつけていたのだろうか。速攻でシスが戻ってきた。かなり狩人している。
そしてシスが手に入れたブツだが、ウニは俺も見覚えのあるウニだが、ホタテっぽい貝には何故か四つの足が生えていた。
正確には触手の一種なのだろうが、貝の隙間からニョロっと出ていてビジュアルがキモい。
美女と触手。
一部マニアにはソソる光景だが、あいにく俺にそんなシュミはなかった。
むしろ独占欲が刺激され、それ以上触るなと物申したくなる。
そんな剣呑な俺に、妹が冷静に告げる。
「お兄さま。あれ、魔物の一種だよ? 食べるの?」
「魔物かよ! シス、危ないから捨てろ!」
「んー? もう死んだよー?」
両手でガバーと貝の隙間をこじ開けて中身をぶっ殺したらしい。
姉妹が逞しくて安心するわ。
「この隙間から貝柱にむかって魔法でズバーっと、ね?」
腕力ではないアピールをし、小首を傾げるシスだがすでに手遅れだ。
ビジュアルがもう完全にマッスルなソレだと俺の中に植え付けられてしまった。
「しかしそんな難なく倒せるのが魔物の一種とは……。待てよ?」
これだけあっさりと倒せるなら、できるんじゃないのか?
パワーレベリング。
「海だけに、養殖……。マッケイン!」
「お呼びザマスか、坊ちゃん」
「おう、まだいたのか。試しに呼んでみただけだが、都合がいい。実はこいつらなんだが、魔物の一種ってのは間違いないのか?」
「はい、間違いないザマス」
「それって、ギルドカードにも記載されるのか?」
ギルドカードは持ち主が浴びた魔力の断末魔的な波長によって、何をどれだけ討伐したかをカウントしている。
その魔力の断末魔は討伐者に新たな力を与える。
「ごく微小の魔物や、波長の弱い魔物はカウントされないザマス。あの子たちが倒した魔物もカウントされていないザマス」
「なるほど、そうか」
じつにざんねんだ。じつにな。くっくっくっ。
「マッケイン。料理人たちのレベルを調べておけ」
「漁師ではなく料理人ザマスね。了解ザマス」
漁師が強いのは分かり切っている。
ではここいらの料理人はどうだ?
大半は今の魚や貝を魔物だと知らずに捌いている。それも鮮度が命な魚介類。きっと生きている状態から調理をしているはず。
それって、わずかだが魔物を倒していることにならないか?
チリも積もれば山となる。毎日毎日魔物を狩っていると考えれば、料理人のレベルは決してバカにならないだろう。
「くっくっくっ。着々と戦力が整いつつあるな……」
整えて何をするかは未定だ。
永遠に未定であってほしいが、どうにも周りがそれを許さない。
だったら万が一の時に利用できるものは最大限利用できるようにするのが、正しい人の在り方だろう。
備えあれば憂いなし。
「って、俺は何を堅実な思考に走ってんだ!」
ヤバい。
人間、大切な者が出来ると守りに入ると聞いたが、まさにソレだ。
「俺は、そうだ! 真っ当に生きない! 誰の手も借りない! そうだ、それでいいんだ!」
「良くないと思うのです」
「良くないですよ、ご主人様」
「もっと頼っていいよ! 旦那様!」
うるせー!
いい子ちゃんな俺はもう死んだんだよ!
勝ち逃げ上等!
三十六計逃げるしかなかったら、逃げるんだよ!
さしあたっては、先ほどからチョイチョイ色仕掛けをしてくる妹から、脱兎だ!
「お兄さまの、いけずーーーーーー!!」
いけずではない。
ごくごく普通に、妹を性的な対象としては見れない一般人だ。
砂浜を走る。
「旦那様ー、鉄板の用意ができたよー?」
「網も用意しているザマス」
ユーターンをする。
真っ新な砂浜に巨大な鉄板と網が用意されていた。火元は、マッケインが炭で、シスは俺が渡した太陽光調理器だった。
「で、肝心の味付けは?」
ここいらだと塩か魚ショウしかないので、実はあき気味だったりする。
「ハーブに岩塩だねー」
それはまた、少しばかり奮発したような感じだが、それでもっ、それでもっ。
「しょう油、しょう油はまだかマッケイン!」
「申し訳ないザマス。発酵させるまでは分かったのですが、坊ちゃんの伝えてくださったモノとは程遠いザマス」
「くっ、そうか。しょせんはうろ覚えの知識。なら仕方がない」
「なので試作品しかないザマス」
あるのかよ! あるのかよコンチクショー!
「海の、ばかやろーーーーー!!」
最高じゃないか!
「海もとんだとばっちりだねー」
今日だけはいいのだよ。
マッケインが用意したしょう油を小指の先につけてから舐める。
「どれどれ……、なるほど」
俺の知るしょう油と比べて塩分がキツめで旨みと香りが少ない。色も若干うすいか?
これが若いしょう油、というヤツかもしれん。
「煮詰めてもまだ坊ちゃんのいう芳醇な香りとは言いがたいザマス。何が原因か分からないザマス」
「うーん、単純に発酵期間が短いだけかもしれないな。最低が一年よりやや短い程度だが、物によっては五年十年と寝かすものもあるそうだし」
「さすが坊ちゃんザマス!」
よせやい。
全部丸投げだし、しかも聞いただけでここまで再現できるK=インズ商会の連中が異常なだけだい。
……、いや、本当に異常だな。
もしかして社員の中に俺と同じ転生者でもいるのか?
発酵自体はパンや酒で使われているから割とメジャーだが、それでも妙な気分だ。
「ま、そんな細かい事よりメシだメシ! ヒャッハーー!!」
久しぶりのしょう油が、俺を呼んでるぜ!
「うーーまーーいーーぞーーー!」
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