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第三話:氷の庭に咲く、一輪の願い
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「……い、いけなかったでしょうか?」
エセルは緊張に身を固くしながらも、素直に問い返した。
カイルはその答えを聞いて、わずかに眉を寄せた。あまりにも真っ直ぐな瞳に、毒気を抜かれたような、拍子抜けしたような奇妙な感覚に陥る。
「……別に構わん。好きにしろ。ただし、俺の訓練の邪魔はするな」
ぶっきらぼうに言いながらも、カイルは自分でも気づかないうちにエセルの顔をじっと見つめていた。
彼女は他の貴族令嬢のように華美な装飾品で着飾ることもなく、質素だが品のある、慎ましい装いをしている。その控えめな佇まいが、暴力的なまでに美しい庭園の花々の中で、かえって彼の目に鮮明に留まってしまった。
カイルは慌てて視線を逸らすと、愛剣を鞘に収めた。
「……お前、夕食はちゃんと食べているのか? 使用人から聞いたが、量が随分と少ないそうだな」
(――何を聞いているんだ、俺は)
興味などないはずなのに、勝手に口が動く。無表情を保とうと必死に努めたが、その声のトーンは、先ほどまでの刺々しさが嘘のように和らいでいた。
「……殿下のおかげで、滞りなく過ごせております。食事の量も、私にはちょうどようございますわ」
エセルは、彼の質問の意図を必死に探りながら答えた。
震えそうになる指先をドレスの襞(ひだ)で抑え込み、一分一厘の隙もない完璧な淑女として振る舞う。
(不信感を抱かせてはいけない。今はただ、この方の信頼を少しずつ得なければ……私にも、家族にも、先はないのだから)
カイルはその礼儀正しすぎる返答を聞いて、なぜか胸の奥にチリリとした苛立ちを覚えた。彼女は完璧だ。まるで契約書の内容をそのまま体現したような、非の打ち所がない「書類上の妻」として振る舞っている。それが、なぜか胸を突く。
「……そうか」
短く答えると、カイルはタオルで汗を拭い始めた。混乱していた。なぜこの女の食事が気になるのか。なぜ、彼女が健やかに過ごせているかどうかが、これほどまでに落ち着かないのか。
彼はエセルを横目で見ながら、突き放すように言った。
「……明後日、俺は隣国との会談に行く。三日ほど城を空ける。その間、お前は好きにしていろ。ただし、城の外に出る時は必ず護衛を連れていけ。……これは命令だ」
無意識のうちに口をついた「護衛」という言葉。彼女が危険な目に遭うことを想像した瞬間、心臓が握りつぶされるような不快な感覚に襲われたのだ。
「……では、俺は戻る。邪魔をしたな」
逃げるようにその場を去ろうとするカイルの背中に、エセルは声を向けた。
「お気遣い、痛み入ります。……どうぞ、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
【好感度:3】
流れるような優雅な動作で、エセルは再びカーテシーをとった。
その所作があまりに美しく、完成されていた。長年の教育が骨の髄まで染み込んだ、高潔な令嬢の誇り。カイルは思わず足を止め、振り返って彼女を見つめた。
「……ふん」
何か言おうとして、言葉が喉に詰まる。
この女は本当に俺に興味がないのか。それとも、ただ完璧に役割を演じているだけなのか。なぜ自分は、それを確かめたいと思っているのか。
結局、カイルは何も言えずに背を向けた。しかし、数歩歩いたところで再び立ち止まり、顔だけを振り向かせてこう付け加えた。
「……お前も、体調には気をつけろ。城は広いが、迷子になるなよ」
言い終えるなり、カイルは自分の言葉に顔を赤らめた。何を子供のようなことを、と。
彼は早足で立ち去っていったが、その耳たぶは夕陽よりも赤く染まっていた。
その夜。
自室で執務机に向かうカイルの筆は、何度も止まった。
書類の文字を追っているはずなのに、脳裏を掠めるのは、薄暗い部屋で一人静かに食事を摂るエセルの横顔ばかりだった
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