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第一話ブラインドデートは生存戦略(サバイバル) ~氷の瞳に研究成果を叩き込め~」
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第一話
「ブラインドデートは生存戦略(サバイバル) ~氷の瞳に研究成果を叩き込め~」
序章:大陸の心臓
大陸の東西南北を囲む四つの強国。
北の軍事大国ノルディア、南の商業連邦、東の儀礼国家、西の騎兵王国。それら四方に囲まれた中心に、真珠のように小さく、けれど誇り高く鎮座する国があった。
永世中立国、セントラル。
肥沃な大地と、神に愛されたような温暖な気候。この国は武力の代わりに「癒やし」を武器としていた。世界中の病を治癒する薬草の宝庫であり、その研究と貿易こそが、大国に牙を剥かせない唯一の防壁だった。
しかし、均衡とは常に脆いものである。
列強のパワーバランスが崩れ始めた今、この平和な小国に求められたのは、古臭い外交の道具――すなわち、王女の「婚姻」だった。
「なぜ、男たちが勝手に始めた力の誇示のために、女が『国のための犠牲』として差し出されなければならないの?」
王女・リーゼは、豪奢な私室でひとり、夜空を睨んでいた。
彼女には兄たちがいる。彼らには王位継承権があるが、彼女にはない。平和な時ならば国内で愛する人と結ばれる道もあっただろう。だが、有事となれば話は別だ。王女はただの「契約の貢物」であり、「高価な人質」として見知らぬ国へ追いやられる。
(黙って運命を待つなんて、私の辞書にはないわ)
リーゼは決意した。
各国から「婿候補」を招いた晩餐会。世間はそれを華やかな社交の場と呼ぶが、彼女にとっては「生存戦略を懸けた商談(ブラインドデート)」だった。
晩餐会:氷の王との邂逅
煌びやかなシャンデリア、溢れる人混み。
喧騒の中、リーゼは一人の男と並んで歩いていた。
北の極寒地、ノルディアを統べる王・エイルヴィルケン。氷色の瞳を持つ彼は、リーゼと視線を合わそうともせず、ただ淡々と、軍隊のような正確さで歩調を合わせている。
「……人が多いですね。音も、光も」
エイルヴィルケンが低く呟く。その声は冷たい風のようだった。
「薬学が専門と聞きました。極寒地では医療効率が生存率に直結する。ゆえに、興味があった」
リーゼは、ここが勝機だと確信した。
彼女が目を輝かせ、薬草の配合や実験の成果について熱弁を振るい始めると、鉄面皮だった彼の表情にわずかな綻びが生じる。
「……楽しそう、ですね。それ……」
ふと見れば、彼の耳が赤くなっている。本人は気づいていないようだが、リーゼの情熱に毒気を抜かれたらしい。
「不具合ではありません。たぶん……」
彼は狼狽を隠すように視線を彷徨わせる。リーゼは畳み掛けた。
「陛下、薬草の効能はまだ未知数です。私一人で抱えられるものではありません。だからこそ、各国に薬草畑と学校を作り、知識を共有したいのです。それが、真の安定に繋がると信じています」
その言葉に、エイルヴィルケンの氷色の瞳に鋭い光が宿った。
「……合理的だ。知識と資源があれば生存率は飛躍的に向上する」
彼は少し顔を俯かせ、声を和らげた。
「あなたの考え方は、我々の国にも必要だ」
契約:理想を現実にする力
「独占ではなく、流通。それが平和への鍵です」
リーゼの言葉に、エイルヴィルケンは真剣に耳を傾けていた。彼は単なる武人ではない。極寒の地を生き抜くための冷徹なまでの「合理主義者」だった。
「ノルディアの技術力があれば、成分分析の装置も作れるはずです。極寒の地は、薬品の保存にも適していますし……」
「……なるほど、保存条件まで。あなたの思考はそこまで届いているのか」
エイルヴィルケンの姿勢がわずかに前のめりになる。彼はもう、彼女を「飾り物の王女」としては見ていなかった。
「これは単なる政略結婚の場ではない。研究者として、真剣に対話すべき相手だ」
「エイルヴィルケン陛下、あなたの国から『氷』を運んでいただくことは可能ですか? 氷は医療において、何にも代えがたい宝となります」
「氷の輸送か……。確かにノルディアの技術なら可能だ。純度の高い氷は、生命維持装置の冷却にも有用。……私も、あなたの考えに賛同したい」
リーゼは高揚した面持ちで、ドレスの裾を持ち上げ、完璧なカテーシーを捧げた。
「ありがとうございます、陛下!」
エイルヴィルケンは一瞬戸惑い、右手を胸元に当てた。
「礼は不要だ。……あなたとの協力は、私にとっても有益だと判断しただけだ」
そう言いながらも、彼の頬は微かに紅潮していた。
「あなたが単なる結婚相手以上の存在になりつつあることは認めざるを得ない。この感情の変化は……私にとっては異例だ」
終章:王女の勝利
翌日。法務局の一室。
リーゼは差し出された契約書に、エイルヴィルケンが流麗な筆跡でサインするのを見届けた。
「契約は成立した」
差し出された彼の手を、リーゼはしっかりと握り返す。その手の温もりに、氷の王の瞳が柔らかく揺れた。
「……あなたと共に歩む道が、最良であることを願っている」
彼の背中を見送った後、
リーゼはドサリと椅子に座り込んだ。
「はぁ~~~……緊張した~~!」
控えていた侍女が、クスクスと笑いながら歩み寄る。
「姫様、お疲れ様でございました。いかがでしたか、ノルディアの王は?」
「見た? あの目。目からビームが出て氷漬けにされるかと思ったわよ! でも、外交相手としては最高。清廉潔白で公正。それに……」
リーゼは侍女に向かって、茶目っ気たっぷりにウインクした。
「契約書には、私が主任として全ての権限を持つって、それとなく盛り込んでおいたから。これで私は無理に結婚しなくていいし、国は豊かになるし、戦争も回避できる。一石三鳥ね!」
同じ頃、自室に戻ったエイルヴィルケンは、窓の外を眺めながら独りごちていた。
「あの王女は予測不能だ。だが、それがいい」
彼は、契約書の隅々にまで張り巡らされた「彼女の意図」に気づいていた。それでも、彼は唇の端をわずかに上げた。
「……私の負けだな。これほど心地よい敗北は、初めてだ」
大陸の中心で、一人の王女が手にしたのは、誰にも縛られない自由と、氷の王との不思議な信頼関係だった。
「ブラインドデートは生存戦略(サバイバル) ~氷の瞳に研究成果を叩き込め~」
序章:大陸の心臓
大陸の東西南北を囲む四つの強国。
北の軍事大国ノルディア、南の商業連邦、東の儀礼国家、西の騎兵王国。それら四方に囲まれた中心に、真珠のように小さく、けれど誇り高く鎮座する国があった。
永世中立国、セントラル。
肥沃な大地と、神に愛されたような温暖な気候。この国は武力の代わりに「癒やし」を武器としていた。世界中の病を治癒する薬草の宝庫であり、その研究と貿易こそが、大国に牙を剥かせない唯一の防壁だった。
しかし、均衡とは常に脆いものである。
列強のパワーバランスが崩れ始めた今、この平和な小国に求められたのは、古臭い外交の道具――すなわち、王女の「婚姻」だった。
「なぜ、男たちが勝手に始めた力の誇示のために、女が『国のための犠牲』として差し出されなければならないの?」
王女・リーゼは、豪奢な私室でひとり、夜空を睨んでいた。
彼女には兄たちがいる。彼らには王位継承権があるが、彼女にはない。平和な時ならば国内で愛する人と結ばれる道もあっただろう。だが、有事となれば話は別だ。王女はただの「契約の貢物」であり、「高価な人質」として見知らぬ国へ追いやられる。
(黙って運命を待つなんて、私の辞書にはないわ)
リーゼは決意した。
各国から「婿候補」を招いた晩餐会。世間はそれを華やかな社交の場と呼ぶが、彼女にとっては「生存戦略を懸けた商談(ブラインドデート)」だった。
晩餐会:氷の王との邂逅
煌びやかなシャンデリア、溢れる人混み。
喧騒の中、リーゼは一人の男と並んで歩いていた。
北の極寒地、ノルディアを統べる王・エイルヴィルケン。氷色の瞳を持つ彼は、リーゼと視線を合わそうともせず、ただ淡々と、軍隊のような正確さで歩調を合わせている。
「……人が多いですね。音も、光も」
エイルヴィルケンが低く呟く。その声は冷たい風のようだった。
「薬学が専門と聞きました。極寒地では医療効率が生存率に直結する。ゆえに、興味があった」
リーゼは、ここが勝機だと確信した。
彼女が目を輝かせ、薬草の配合や実験の成果について熱弁を振るい始めると、鉄面皮だった彼の表情にわずかな綻びが生じる。
「……楽しそう、ですね。それ……」
ふと見れば、彼の耳が赤くなっている。本人は気づいていないようだが、リーゼの情熱に毒気を抜かれたらしい。
「不具合ではありません。たぶん……」
彼は狼狽を隠すように視線を彷徨わせる。リーゼは畳み掛けた。
「陛下、薬草の効能はまだ未知数です。私一人で抱えられるものではありません。だからこそ、各国に薬草畑と学校を作り、知識を共有したいのです。それが、真の安定に繋がると信じています」
その言葉に、エイルヴィルケンの氷色の瞳に鋭い光が宿った。
「……合理的だ。知識と資源があれば生存率は飛躍的に向上する」
彼は少し顔を俯かせ、声を和らげた。
「あなたの考え方は、我々の国にも必要だ」
契約:理想を現実にする力
「独占ではなく、流通。それが平和への鍵です」
リーゼの言葉に、エイルヴィルケンは真剣に耳を傾けていた。彼は単なる武人ではない。極寒の地を生き抜くための冷徹なまでの「合理主義者」だった。
「ノルディアの技術力があれば、成分分析の装置も作れるはずです。極寒の地は、薬品の保存にも適していますし……」
「……なるほど、保存条件まで。あなたの思考はそこまで届いているのか」
エイルヴィルケンの姿勢がわずかに前のめりになる。彼はもう、彼女を「飾り物の王女」としては見ていなかった。
「これは単なる政略結婚の場ではない。研究者として、真剣に対話すべき相手だ」
「エイルヴィルケン陛下、あなたの国から『氷』を運んでいただくことは可能ですか? 氷は医療において、何にも代えがたい宝となります」
「氷の輸送か……。確かにノルディアの技術なら可能だ。純度の高い氷は、生命維持装置の冷却にも有用。……私も、あなたの考えに賛同したい」
リーゼは高揚した面持ちで、ドレスの裾を持ち上げ、完璧なカテーシーを捧げた。
「ありがとうございます、陛下!」
エイルヴィルケンは一瞬戸惑い、右手を胸元に当てた。
「礼は不要だ。……あなたとの協力は、私にとっても有益だと判断しただけだ」
そう言いながらも、彼の頬は微かに紅潮していた。
「あなたが単なる結婚相手以上の存在になりつつあることは認めざるを得ない。この感情の変化は……私にとっては異例だ」
終章:王女の勝利
翌日。法務局の一室。
リーゼは差し出された契約書に、エイルヴィルケンが流麗な筆跡でサインするのを見届けた。
「契約は成立した」
差し出された彼の手を、リーゼはしっかりと握り返す。その手の温もりに、氷の王の瞳が柔らかく揺れた。
「……あなたと共に歩む道が、最良であることを願っている」
彼の背中を見送った後、
リーゼはドサリと椅子に座り込んだ。
「はぁ~~~……緊張した~~!」
控えていた侍女が、クスクスと笑いながら歩み寄る。
「姫様、お疲れ様でございました。いかがでしたか、ノルディアの王は?」
「見た? あの目。目からビームが出て氷漬けにされるかと思ったわよ! でも、外交相手としては最高。清廉潔白で公正。それに……」
リーゼは侍女に向かって、茶目っ気たっぷりにウインクした。
「契約書には、私が主任として全ての権限を持つって、それとなく盛り込んでおいたから。これで私は無理に結婚しなくていいし、国は豊かになるし、戦争も回避できる。一石三鳥ね!」
同じ頃、自室に戻ったエイルヴィルケンは、窓の外を眺めながら独りごちていた。
「あの王女は予測不能だ。だが、それがいい」
彼は、契約書の隅々にまで張り巡らされた「彼女の意図」に気づいていた。それでも、彼は唇の端をわずかに上げた。
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