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第六章

6-10 鵺化の条件

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「お嬢様をお連れしました」
 
「!!」
 
 秘書の佐藤が軽く会釈をした後、移動式ベッドを押しながら部屋に入ってくる。そこには星弥せいやが寝かされていた。
 
 はるか蕾生らいおも突然のことに驚いて一瞬動けなかった。鈴心すずねは佐藤の澄ました顔に嫌悪感を表している。
 
「佐藤さん!あなた、家に行ったんですか!?いくらあなたでもこれは過干渉だ!」
 
 皓矢こうやは我を忘れて怒鳴った。
 だが、佐藤は無表情を崩さずに一礼して、感情のない声で謝った。
 
「申し訳ありません。博士のお時間の無駄を省くために出過ぎた真似をいたしました」
 
「ああ、いい。手間が省けた。皓矢も落ち着きなさい」
 
 詮充郎せんじゅうろうと佐藤の間では普通のことなのか、逆に皓矢を嗜めながら詮充郎は立ち上がる。
 
「……」
 
 皓矢は何も言えなかったが、顔を顰め続けていた。
 ふとすると佐藤はその場から離れて部屋のドア付近で待機している。足音も聞こえず、一瞬の出来事だった。
 
「なるほど。とうに諦めていたこの子に発現するとはな……。やはり奥が深い」
 
 昏睡を続ける星弥の側まで来て、その顔をしげしげと見つめながら詮充郎は笑った。
 
「お祖父様、星弥は──」
 
周防すおうよ、そちらの相棒がぬえ化する条件はなんだったかな?」
 
 皓矢を無視して永に向き直った詮充郎は、半ば試すように話しかける。
 
「それは、ライが精神的に、あるいは肉体的に大きな衝撃を受けた時に……」
 
「そうだな、まあ、間違ってはいない。星弥にも同じことが起こったのだろうよ」
 
 永の答えに満足げに頷いた後、込み上げる喜びに肩を震わせながら詮充郎は続けた。
 
「星弥はお前達をお友達と言った。「お友達」を欺いて私に会わせた精神的ストレス、ここで鵺の遺骸を目の当たりにし、唯の運命を知った衝撃……」
 
「まさか……」
 蕾生から信じられない気持ちが口をついて出る。
 そんな蕾生に詮充郎はニヤリと笑いかけた。
 
「条件が揃っているだろう?」
 
「銀騎さんは、やっぱり……」
 その結論に先に辿り着いていた永は絶望感のままに呟く。
 
「お祖父様、それ以上は──」
 
 皓矢が大声で阻止しようとするも叶わず、詮充郎は高らかに謳うように恍惚な笑みとともに言い上げた。
 
「そう、星弥は鵺化しようとしている!素晴らしい!ついに私は鵺を作り出すことに王手をかけたのだ!」
 
「こ、の──」
 
 蕾生は言い知れない怒りを感じていた。
 孫として育ててきたものに対する仕打ちにしても、その孫が人でなくなろうとしていることを喜ぶのも。
 目の前の老人の全てが不快だった。
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