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第994回。松山座「田上百花繚乱」第四試合

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小仲=ペールワン選手
VS
江利川祐(えりかわ・ひろし)選手

騒乱の第三試合と休憩時間を挟んで試合再開。
第四試合は好対照の二人によるシングルマッチ。
江利川選手は闘龍門の第6期生。大先輩だけど実はデビューしてまだ数年。練習生のころに大けがを負い、その後10年以上かけてリハビリをし各団体に入門するも、紆余曲折あってシアタープロレス花鳥風月でデビューするまで15年ものあいだ諦めずにリングに上がった不屈の男。この鋼鉄の意思。
わずか数か月で挫折し今日までこうして未練を文章にぶつけている私だって入門して13年。それより長い間ずっと
あきらめなかった男
それが江利川祐選手なのだ。私はこの人の、そのあきらめの悪さが大好きで、いつも試合が楽しみです。
リング上でも真っすぐに突貫してぶつかってゆく熱い男。
気迫のこもったよく通る声、思い切りのいいファイト、見ててこちらも熱くなり、勝っても負けてもスカっとする。

さてそんな直線的な江利川祐選手に対するは、体中をぐにゃぐにゃと曲げる
小仲=ペールワン選手
である。暗黒プロレス組織666所属。
全身を白く、舌はグリーン、衣服にはべったりと血糊という怪奇派。
リング上でも奇声を発したり、ヨガのポーズを取り入れたり、座禅を組んだり、コーナーポストで倒立したりと独自のワールドを展開する。
実は松山座以外でも各団体で試合を見たことがあって、どこにいってもあのまんま。

松山勘十郎座長と同じで、小仲=ペールワン選手も出てくるとその人の世界、その人の舞台になってしまうタイプの選手だ。お客さんも対戦相手も否応なしに自分の世界に引きずり込む。プロレスラーとしてこれだけで一つ有利になるのだ。
宇宙刑事ギャバンのマクー空間みたいなもんですな。
試合はそんな小仲選手のお馴染みコーナーポスト倒立から始まる。
田上町民体育館始まって以来の光景ではなかろうか。全身真っ白の怪人が空中で逆様になっている、しかも脚は座戦を組んでる。
写真を撮ってても全然現実味がわいてこない。
江利川選手は構わずぶつかっていくが、手首とをれば
アァ~~~
とか細い悲鳴を上げ、逆に攻めに転じると
オラアアアア!
と怒鳴る小仲選手もペースを掴ませない。
様々なサブミッションを仕掛ける際には自らもヨガのポーズをとる小仲選手。しかし、リバース・インディアンデスロックを仕掛けながら自らの足も立ったまま肩に引っ掛けるというポーズまでは良かったものの…そのまま後ろにバッターン!と倒れこんだ結果、自らの足に大ダメージを負ってしまう。お約束ではあるものの、いつ見ても痛そうだ。自分が…。
また寝技に持ち込んでも凄かったのは、相手の右腕を自分の組んだ座禅に巻き込みロックしてのグラウンドフェイスロック。これは普通の選手なら右腕を掴むか引っ張るかして固定するところを、座禅を組んだ両足でしっかり固めてしまう。これだけでも前腕の骨と両足の骨がぶつかって相当痛いはずだ。
小仲選手の両腕と上半身はフリーなので、それで江利川選手の顔面をねじって締め上げるという拷問技。これは凄かった。
が、粘りに粘った不屈の男・江利川選手がどうにかロープブレイク。
プロレスは四方のロープに体が触れるか、ロープを掴む、ロープの外に体の一部が出るとブレイクと言っていったん技を解除し中央に戻って試合を再開しなくちゃいけないルールなのだ。座禅を組むことで体重も安定し、これが中々動かせない。下手な寝技よりもこっちのが厄介なのは確かだが、しかしこんな技を使える選手が今のところ小仲選手しか思い当たらない。
柔軟な精神は柔軟な肉体に宿る、ツイッターでいつも見ているコントーショニストのAshさんもそうだけど、体が柔らかい人は頭も柔らかいし、心も柔らかい人が多い。
小仲選手の人となりを試合から推し量るのは難しいし、そんな真似はするべきじゃないと思うけど、この柔軟さを長年キープすることはものすごいことだと思う。
この試合がプロレスラーとしての己をあきらめず、常に己との戦いを続ける男ふたりのぶつかり合いだったのかもしれない。
この座禅してのフェイスロックをどうにか逃れた江利川選手は得意のランニング・ネックブリーカーなどで反撃するものの再び捕獲され、座禅クラッチで小仲選手の勝利となった。
しかし、ひたむきで一本気、真面目な男が必死の形相で戦う姿はきっと会場の子供さんにも、親御さんにも届いたと思う。
俺もこうしちゃいられない!
そう思わせるパワーが、江利川選手の試合から放出されている。
それは、江利川祐というプロレスラーの生き様が
あきらめないこと
だからだと思う。
そしてそれは小仲選手も、他のどのレスラーもみんな同じで、自分だけの戦いを日々続けている。プロレスラーとして試合をするだけじゃなく、その試合が組まれて人々に認知され、ある選手は伝説になり、ある選手はスターになり、またある選手はカリスマになる。
それぞれの生き様を背負った戦いがリングの上でぶつかってスパークするから、プロレスリングは面白い。
天然の、人生という異種格闘技戦。それがプロレスなんだ、と改めて思う第四試合でした。
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