歌を忘れたオートマタ

海棠 楓

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 こうしてロイとシャンテの同居生活が始まったが、シャンテの学習スピードはロイが恐れていたとおり、簡単にロイを追い抜いた。今では完全にシャンテはロイの兄、時には母のようでもあり、頼もしい反面
「また靴下片一方ずつ脱ぎっぱなしにして。ちゃんとかごに入れてって言ってるのに!」
 とうるさく小言を言ってくることもある。家事全般をシャンテに頼んでいるので、言われても仕方がないのだが。
 シャンテの取り戻した記憶によれば、シャンテはもう五十年ほど前に造られた初代ヴォカノイドだという。製造メーカーは今はもう廃業してしまっており、当時造られた『同期』の多くは廃棄処分されているとのことだ。
「修理しようにも部品がないですからね。最新型の方が軽量小型化されてメンテも楽ですし、買い換える方が賢いですよ」
「うーん、そんなもんなのか」
「電化製品はどんどん小型化されて、安くて高性能な物があとからあとから出てきますから」
「電化製品……」
 ルーカスとは違って、シャンテのことを冷蔵庫や洗濯機のように思ったことは一度もないぞ、とロイは思った。
「でも俺は、シャンテのこと、すげーいいなと思ってるよ。最新のほうが性能はいいのかもしんないけど、俺はシャンテが好きだな」
「! ……ありがとう、ございます……」
 ふいと視線を逸らすシャンテは、まるで照れている、恥ずかしがっているかのよう。相手が感情を持たないアンドロイドだと思うからこそ、ロイだって「好き」だなんて言葉を口にできたのだが、こんなリアクションをされては言った方も恥ずかしくなってしまう。
 そもそもシャンテに感情はあるのか? ぼんやりと疑問に思っていたが、これまで特に訊いてみたことはなかった。
「なあ、シャンテってさ」
「はい?」
「感情ってあるの?」
「感情」
「うん」
「あるのとないのと、どっちがいいですか?」
「だから質問に質問で返すなって!」
 いーっと歯噛みしてロイが怒ると、シャンテは愉快そうに笑い声を上げた。
「もう。じゃあ質問を変えるぞ」
「はい」
「お前はもう、歌わないの?」
 以前この質問で随分と混乱させてしまってから、なるべく触れないようにしてきた。だがここまで信頼関係が築けた今なら、もう一度訊いてみても大丈夫という気がしたのだ。
「……僕はヴォカノイドですもんね。そう期待されるのは自然なことです」
「期待とかそんなのいいから、シャンテはどう思ってる? また歌いたい? もう歌いたくない? 質問で返すなよ?」
「僕、は」
「うん。シャンテの気持ちを聞かせてくれ」
「僕は、歌を――」
 そこまで言いかけた時、シャンテの表情は歪み、その場にかがみ込んでしまった。ロイは即座に賭け寄り、シャンテの傍らに寄り添う。
「シャンテ!」
「僕は、歌わなければいけない、歌うために生まれてきた」
「そうじゃねぇ、お前は歌いたいのかどうか訊いてんだ」
「歌は大好き、歌いたい、でも、でもっ」
 がくがくと全身が震えたかと思うと、瞳の輝きが消えた。強制的にシャットダウンされてしまったようだ。よほど根深い事情があるのかと沈鬱な気持ちになると同時に、またもシャンテの心をかき乱してしまったことを申し訳なく思うロイだった。
 ――『心』をかき乱す?
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