歌を忘れたオートマタ

海棠 楓

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 夜の帳が静かに降りる頃、港町の広場は、熱気に包まれていた。
 ここは野外フェスのメインステージ。煌々と輝く照明の下、銀髪が風になびく。マイクを握る手に、震えはない。
 涙ぐむ女声、手を伸ばす子供、静かに聴き入る老人など、文字通り老若男女がその中性的な唯一無二の伸びやかで澄んだ歌声に耳を傾け、陶酔していた。一音一音が空気を震わせるたび、人々の表情が変わっていく。
 露店のスープを手にしていた男が、湯気の向こうで目を見開く。年季の入った演奏家風の初老の男は、眉を震わせて息を飲む。音の粒ひとつひとつが、まるで直接、胸の奥に触れてくるようだった。
 誰かがぽつりと「綺麗だ」と呟いた。その声に反応するように、隣の少女が涙をこぼす。泣く理由などわからず、ただ、こみ上げてくるのを抑えられないというように。シャンテの歌声には、ヴォカノイドにはないはずの“ぬくもり”があった。

 ロイはステージ脇でそれを見つめていた。色とりどりの照明に照らされ、光を背負って歌うシャンテの背中は、あの廃棄場の片隅で眠っていた機械とは思えないほど輝かしく生き生きとしていた。人間ですら、あんな風に歌える者は多くない。“ただ命令をこなすだけ”の存在──そんな固定観念をあっさりと打ち破って、シャンテの歌は、この街の、いや、世界の“常識”を覆したのだ。

 歌い終えたシャンテはゆっくりとマイクを置いた。その頬はまるで心の高揚を表すかのように、少し紅潮しているように言えた。
 拍手が、歓声が、ざわめきが、怒濤のごとく押し寄せる。シャンテの紡ぐしらべは風に乗って、空から降り注ぐように、聴く人の心にすうっとしみこんでいったのだ。

「お疲れ様」
 袖で待っていたロイが、右手を差し出す。ステージを終えたシャンテが、息を弾ませてロイのもとに駆け寄り、同じく右手でロイの手を握った。
「どうだった?」
「もちろん今日も完璧だった」
 ふたりの目が合い、いたずらっぽく笑い合う。その表情からは達成感とともに、二人の親密な関係性も垣間見えた。

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