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朝になって、昨日買っておいたパン等で軽い朝食を摂り、また共に編む。辻だって上達が早く、編むスピードが上がってきた。
「すごく早くなりましたね」
「楽しくて仕方ないんです! 早く完成させたいなあ、早く着たいなあって」
嬉しくて仕方がないのが顔に出ている。目をキラキラと輝かせて辻が言うもので、樋口の声も知らず弾んだ。
「そうですね! このペースなら、今年の冬には余裕で間に合いますね」
「僕ね、このセーターが編み上がったら、絶対やろうと思っていることがあるんです」
「え、なんですかなんですか」
「編み上がってから言います」
そんなやり取りをしながらも、視線は毛糸から外さなければ、編む手が止まることもない。そのうちふたりは黙り込み、ひたすら編み続けた。
「長い時間お邪魔しました」
「楽しかったです、ぜひまたいつでも」
夕方になり、さすがに樋口は辻宅を発つことに。土日の間ほぼ居座ってしまった。休息だってしたかっただろうに、と申し訳ない気持ちになった。
「いやいや、こんなにいついたらご迷惑でしょ」
「ほんとですよ、今だって、今夜だって、帰したくない」
俯いて懸命に靴を履いていた樋口がはっとして顔を上げる。辻もこちらを見ている。どんな顔をしてあんなセリフを言ったかといえば、頬を紅潮させて、刺さりそうな強い眼差しで。冗談なんかではないことが容易に見て取れた。
「……え……」
樋口が絶句していると、
「本気です」
さらにたたみかけられた。
「ま、また来ますね」
射貫かれそうな視線から逃れるように、樋口は部屋から飛び出した。
どうやって帰ったかも覚えていないが、終始頭の中では何かから制止を呼びかけられていた。これ以上一緒にいると、危険だと。それは狙われているからとかそういう意味ではなくて、深みにはまると辛いだけだという意味の警鐘。辻ももしかしたら、樋口のことを、同じような目で見ているのかも知れないと思ってしまった今、樋口が取るべき行動はただ一つだと思った。
次の日からは休憩所にも食堂にも行かないようにした。朝早く到着して飲み干すビタミン飲料も、昼食も、自分のデスクで済ませるようにした。
もちろん辻からしばしば連絡は入るが、三度に一度無味乾燥で簡潔な返信をするのみとなった。入る連絡はほぼセーターの進捗だった。
一ヶ月ほど後、「セーターが編み上がりました」という旨の連絡が来て、「おめでとう」と返したのが最後となった。樋口のセーターは、辻の部屋で一緒に編んだあの日、以来まったく進んでいなかった。時の隔たりを感じ、一つの共通の目標のようなものが完結した今、いよいよ心も離れてゆくのだと自分を納得させようとしていた。
「すごく早くなりましたね」
「楽しくて仕方ないんです! 早く完成させたいなあ、早く着たいなあって」
嬉しくて仕方がないのが顔に出ている。目をキラキラと輝かせて辻が言うもので、樋口の声も知らず弾んだ。
「そうですね! このペースなら、今年の冬には余裕で間に合いますね」
「僕ね、このセーターが編み上がったら、絶対やろうと思っていることがあるんです」
「え、なんですかなんですか」
「編み上がってから言います」
そんなやり取りをしながらも、視線は毛糸から外さなければ、編む手が止まることもない。そのうちふたりは黙り込み、ひたすら編み続けた。
「長い時間お邪魔しました」
「楽しかったです、ぜひまたいつでも」
夕方になり、さすがに樋口は辻宅を発つことに。土日の間ほぼ居座ってしまった。休息だってしたかっただろうに、と申し訳ない気持ちになった。
「いやいや、こんなにいついたらご迷惑でしょ」
「ほんとですよ、今だって、今夜だって、帰したくない」
俯いて懸命に靴を履いていた樋口がはっとして顔を上げる。辻もこちらを見ている。どんな顔をしてあんなセリフを言ったかといえば、頬を紅潮させて、刺さりそうな強い眼差しで。冗談なんかではないことが容易に見て取れた。
「……え……」
樋口が絶句していると、
「本気です」
さらにたたみかけられた。
「ま、また来ますね」
射貫かれそうな視線から逃れるように、樋口は部屋から飛び出した。
どうやって帰ったかも覚えていないが、終始頭の中では何かから制止を呼びかけられていた。これ以上一緒にいると、危険だと。それは狙われているからとかそういう意味ではなくて、深みにはまると辛いだけだという意味の警鐘。辻ももしかしたら、樋口のことを、同じような目で見ているのかも知れないと思ってしまった今、樋口が取るべき行動はただ一つだと思った。
次の日からは休憩所にも食堂にも行かないようにした。朝早く到着して飲み干すビタミン飲料も、昼食も、自分のデスクで済ませるようにした。
もちろん辻からしばしば連絡は入るが、三度に一度無味乾燥で簡潔な返信をするのみとなった。入る連絡はほぼセーターの進捗だった。
一ヶ月ほど後、「セーターが編み上がりました」という旨の連絡が来て、「おめでとう」と返したのが最後となった。樋口のセーターは、辻の部屋で一緒に編んだあの日、以来まったく進んでいなかった。時の隔たりを感じ、一つの共通の目標のようなものが完結した今、いよいよ心も離れてゆくのだと自分を納得させようとしていた。
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