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「完成おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
ビールをなみなみ注がれたジョッキがカチンと鳴る。もちろん辻の部屋ではなく、少し洒落た雰囲気の個室居酒屋だ。
「早速なんですけど、これ」
辻が待ちきれないというふうに、紙袋からセーターを取り出した。あの、紺鼠色の。
広げてみると、どこから見ても既製品のような完成度のセーターがお目見えした。辻サイズの、大きなセーターが。
「すごい……初めてとは思えない完成度ですよ……」
「あの日樋口さんに教えていただいたおかげで、スムーズに編み上げることが出来ました」
あの日、と聞いて、樋口はどきりとする。顔に出てしまったかもしれない。辻が慌てた口調で続けた。
「あの日、のこと、謝らなきゃってずっと」
「謝る……?」
「……別れ際、変なこと言ってしまって……」
「……」
祝杯ムードが突然どんよりと重苦しいムードに変わったが、その直後、お通しを運んでくる威勢の良い店員の声で、幸いにも重苦しさは一掃された。
「本当にごめんなさい。あの時はどうかしていました。だから、」
懸命に思いを伝えようとする、辻のこういう時の真剣な眼差しを、樋口は眩しく思う。半ば見蕩れている部分もありながら、じっと次の言葉を待つ。
「だから……避けないでください」
それまでのはつらつとした語気が急に弱まり、表情がぐにゃりと歪んだ。
「樋口さんのこと、好きだから……避けられると、辛いです」
樋口は目玉がこぼれ落ちそうな程に大きく目を見開き、同じく口もぽかんと開いたまま。まさか、辻の方も――
「こんなこと言ったら余計に避けられても仕方がないんですが、どうしてもきちんと伝えようって、決めてたんです。このセーターが編み上がったら」
『僕ね、このセーターが編み上がったら、絶対やろうと思っていることがあるんです』
あの日少し照れたように話していた辻の言葉を、樋口は思い出した。
「だからどうこうして欲しい、という訳ではないんです。この先も、編み友として仲良くしてくれたら、充分なので……でも、無理はしないでください。そんな目で見てたのか、って、今思ってますよね……?」
「……」
複雑な心境だった。「そんな目で見てたのか」という気持ちはある。だけれど樋口だって辻のことを「そんな目」で見ていたのだし、これは俗に言う両思いというやつなんだろうが、不思議と心は舞い上がらない。理由はたった一つ、あれしかないのだが、今ここで問うべきことなのかどうかと尋ねあぐねる。
「樋口さん……」
考え込んでしまい、沈黙が長引いてしまった。辻の表情は不安そのものである。
「すみません。いろいろ考えてしまって。少なくとも、マイナスな感情ではないです。僕からも、これからも仲良くしてもらいたいと思ってます」
「仲良く」
「今までみたいに一緒に飲んだり、編んだり」
「今までみたいに」
「……」
辻の表情が次第に曇ってゆく。一緒に編んでいた時はあんなにキラキラしていたというのに。
まっすぐに思いを伝えてくれた辻に、樋口もきちんと向き合わなければ。
「辻さん。急で申し訳ないんですが、今からお宅にお邪魔してもかまいませんか」
「ありがとうございます!」
ビールをなみなみ注がれたジョッキがカチンと鳴る。もちろん辻の部屋ではなく、少し洒落た雰囲気の個室居酒屋だ。
「早速なんですけど、これ」
辻が待ちきれないというふうに、紙袋からセーターを取り出した。あの、紺鼠色の。
広げてみると、どこから見ても既製品のような完成度のセーターがお目見えした。辻サイズの、大きなセーターが。
「すごい……初めてとは思えない完成度ですよ……」
「あの日樋口さんに教えていただいたおかげで、スムーズに編み上げることが出来ました」
あの日、と聞いて、樋口はどきりとする。顔に出てしまったかもしれない。辻が慌てた口調で続けた。
「あの日、のこと、謝らなきゃってずっと」
「謝る……?」
「……別れ際、変なこと言ってしまって……」
「……」
祝杯ムードが突然どんよりと重苦しいムードに変わったが、その直後、お通しを運んでくる威勢の良い店員の声で、幸いにも重苦しさは一掃された。
「本当にごめんなさい。あの時はどうかしていました。だから、」
懸命に思いを伝えようとする、辻のこういう時の真剣な眼差しを、樋口は眩しく思う。半ば見蕩れている部分もありながら、じっと次の言葉を待つ。
「だから……避けないでください」
それまでのはつらつとした語気が急に弱まり、表情がぐにゃりと歪んだ。
「樋口さんのこと、好きだから……避けられると、辛いです」
樋口は目玉がこぼれ落ちそうな程に大きく目を見開き、同じく口もぽかんと開いたまま。まさか、辻の方も――
「こんなこと言ったら余計に避けられても仕方がないんですが、どうしてもきちんと伝えようって、決めてたんです。このセーターが編み上がったら」
『僕ね、このセーターが編み上がったら、絶対やろうと思っていることがあるんです』
あの日少し照れたように話していた辻の言葉を、樋口は思い出した。
「だからどうこうして欲しい、という訳ではないんです。この先も、編み友として仲良くしてくれたら、充分なので……でも、無理はしないでください。そんな目で見てたのか、って、今思ってますよね……?」
「……」
複雑な心境だった。「そんな目で見てたのか」という気持ちはある。だけれど樋口だって辻のことを「そんな目」で見ていたのだし、これは俗に言う両思いというやつなんだろうが、不思議と心は舞い上がらない。理由はたった一つ、あれしかないのだが、今ここで問うべきことなのかどうかと尋ねあぐねる。
「樋口さん……」
考え込んでしまい、沈黙が長引いてしまった。辻の表情は不安そのものである。
「すみません。いろいろ考えてしまって。少なくとも、マイナスな感情ではないです。僕からも、これからも仲良くしてもらいたいと思ってます」
「仲良く」
「今までみたいに一緒に飲んだり、編んだり」
「今までみたいに」
「……」
辻の表情が次第に曇ってゆく。一緒に編んでいた時はあんなにキラキラしていたというのに。
まっすぐに思いを伝えてくれた辻に、樋口もきちんと向き合わなければ。
「辻さん。急で申し訳ないんですが、今からお宅にお邪魔してもかまいませんか」
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