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グラント侯爵という男
しおりを挟む俺とアーネスト様は、グラント侯爵様の部屋の中にいる。
「叔父さん、ご体調はいかがですか?調子がよろしいようでしたら、新しく働く者をご紹介しようと思いますが」
アーネスト様がベッドに伏せたご老人に声をかけた。
ご老人は70代くらいか。かなり痩せているが、きれいな顔立ちで、眼光だけはするどい。さすが高位貴族の貫禄がある。
ご老人は俺をジロリと見た。
「お前か。マリアが気に入っている男は」
先程のアーネスト様もそうだが、この侯爵様も、まるで俺を知っているかのように言う。
アーネスト様が俺を紹介した。
「叔父さん、この者はレンと言うそうです。マリアンヌが奴隷商館から買い取り、市民権を付与しました」
侯爵様は「レン……か」と呟いた後、ジロジロと俺を上から下まで眺め、俺の瞳を覗き込むように見すえた。
マリアーヌ様の夫に凝視されて、悪いことなどしていないのに冷や汗が出る。あの時、もしも彼女を乱暴に抱いてしまっていたらと思うと背筋が凍る。
「レンとやら。私は車椅子に移りたい。手伝いなさい」
侯爵様はそう言って掛け布団を払った。
俺は焦ったが、「失礼いたします」
と声をかけてから、そっと侯爵様の後ろ首から背中に腕を差し込むようにして身体を起こした。そして、足を反対の腕で抱えるようにしてベッドの端に垂らす。アーネスト様が車椅子を近くまで移動してくれたので、侯爵様を立たせ、回すようにして車椅子に乗せた。
「いかがでございますか?もう少し、背もたれへ寄せますか?」
「頼む」
「では後ろから失礼いたします」
侯爵様の背後から脇に両手を差し込み、胸のところで手を組んでそっと引っ張りあげるように背もたれに寄せる。
その後足台を下ろして足を乗せた。
「上手だな。やった事があるのか?」
「はい。奴隷ですから、いろいろな仕事をしました」
「他にはどんな事を?」
「主に、重労働と呼ばれる力仕事ですが、他には危険な場所を通過する商人の護衛などもやりました」
「ほう。剣を使えるのか?」
「人並み程度には。騎士ほどの腕はありませんが」
「誰かに教えてもらったのか?」
「いいえ、自己流です。空いた時間に仲間の奴隷と訓練しました。死にたくなければ、強くならなければなりませんし、俺は性奴隷としても使われていましたから、体や顔に傷をつけられると商品価値が下がりますので必死に訓練しました」
「奴隷の暮らしなど、死んだ方がいいとは思わなかったのか?」
「……ある人が、どんなに辛くても死ぬなと言ってくれたんです。だから、俺は、死んではいけないと思って」
金の髪の少女の願いだから、俺は死なない。
侯爵様は「そうか……」と噛みしめるように呟いた後、こう言った。
「お前、私の妻を抱いたか?」
ドキッとした。けれど。
「いいえ、そのような事はしていません」
「隠さなくていい。あれは、お前に抱いてくれと頼んだろう?」
俺は話して良いのか迷ったが、全て見通しているようなこのご老人に嘘は通用しないと感じた。
「マリアーヌ様はご経験がないようでしたので、お断りさせていただきました」
「ほう?マリアは良い女だろ?なぜ断った?」
「俺のような、汚れた奴隷が純潔を散らしてはいけない人だと思いましたから」
グラント侯爵様はしばらく黙って考えるそぶりを見せた。
そしてアーネスト様の方を向いた。
「君の判断はどうだね?」
アーネスト様は言った。
「合格ですね。ただし、今のままではまだですかね」
グラント侯爵様はニヤリと笑った。
「レン。まだお前にマリアはやらんよ」
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