二番目の彼女

花野はる

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動揺、そして執拗なキス

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 小夜が俺に告って来たのは高校1年の夏休み前。俺が高校に入って、周りに良い顔をして疲れたと思っていた時のことだった。

「真咲くん、好きです。私と付き合ってください」

 小夜は眼鏡でひっつめ髪の地味女で、全然俺の好みじゃない。だからどう思われても平気だと思い、俺はあることを提案した。

「二番目で良かったら、付き合ってやってもいいぜ?」

 そんな俺の身勝手な提案を、小夜は微笑んで受け入れた。

「何番目でも構いません。ありがとう、真咲くん」

 俺は小夜に、俺の命令は絶対拒否するな、俺が他の女と遊んでも文句を言うなと約束をさせた。それからこうして週に一度、弁当を作って持って来るよう命令したのだ。

 いつも本音を隠して良い男を演じている俺にとって、何を言っても受け入れる女がいるのはとても便利だった。





 俺たちは弁当を食べ終わると、理科室を共に出た。1、2年の時は同じクラスだったから、付き合ってるのを隠すのに骨が折れた。だが3年になってクラスが離れたので、時間差で教室に戻る、なんてこともしなくて良いのだ。

 自分の教室に向かって歩き、入り口手前まで来たところで、俺の噂が耳に入った。

「ねえねえ、長田くんてきっとすごくキスが上手でしょうね?」

 一人の女がそう言うと、別の女が笑って答えた。

「すごいイケメンなのに、キスが下手だったらおかしいものね」

「ねえ、真咲なら、余裕でできるに決まってるわ。みんなでキスして欲しいって頼んでみない?」

「良いわね、そうしましょう! 毎日一人ずつ、交代で校舎裏でキスしてもらおうよ!」


 俺はそれを聞いて青ざめた。

 誰も彼もがイケメンだと言うだけで、女の扱いに慣れていて当たり前だとレッテルを貼る。だがイケメンだって初めてはあるし、最初から上手くできるわけじゃないんだ!

 俺は戻りかけた体を反転させ、非常階段の踊り場でスマホを開いた。

(明日の昼休憩も理科室に来い)

(お弁当ですか?)

(弁当は水曜日だけでいい。明日は、キスの練習をさせろ)

 俺が用件を送ると、ちょっと間を置いてから小夜の返事が来た。

(はい。わかりました)






 いつものように理科室から小夜にメールする。

 昨日は七分で着いたのに、今日は十五分もかかってやって来た。

「遅いぞ、小夜」

「ごめんなさい。歯磨きをしていたから遅くなってしまって」

 小夜は頬を赤らめてそう言ったが、俺はそんなことはどうでも良かった。昨日スマホで調べまくった上手いキスのやり方を脳内で反芻していたからだ。

「じゃあ、こっち来い。今からするから、上手かったかどうか感想を聞かせろ」

 俺がそう言うのに、小夜はもじもじして近寄って来ない。

「なんだ?」

「ど、どうして急にキスなんて......?」

 小夜はキスの理由を知りたいらしい。

「クラスの女たちが、俺にキスをしてくれと頼みにくるんだ。たまたま聞いて知ったんだが、急でなくて良かったよ」

 俺がそう言うと、小夜は少し寂しげに微笑んだ。

「そうだったんですか」

「だから俺のキスが下手だと言われないように、これから毎日お前で練習するから。昼休みは絶対開けておけよ」

「......はい。わかりました」





「んっ、......んんっ.....」


 俺が小夜から離れると、小夜ははあと息を吐いた。瞳が少し潤んでいる。

「どうだ? 気持ち良かったか?」

「はい」

「......本当かよ? 並みの出来じゃダメなんだ。並みの男より上手くないとーー」

 そこまで言って気づいた。

「あ~、他の男よりって言っても、お前も初めてだろうからわからないよな」

 こんなウブそのものな小夜に、他の男より上手いか聞いたってわかるわけないとため息をついたのだが。

「......いいえ、私、初めてじゃないですよ。初恋の人と一度だけですけど......」

 小夜は愛しい人間を思い浮かべるような表情で、懐かしむようにそう言った。

 俺はそんな小夜の言葉に激しく動揺してしまった。

 イケメンの俺が初めてだってのに、喪女のような小夜が初めてじゃなかった。しかも俺が初恋ってわけじゃなかったんだ......。

「じゃあ、どうなんだよ!そいつと俺と、どっちが上手くキスできたんだ?」

 俺はなぜかイラついて、問い詰めるように尋ねた。

 小夜は頬に両手を当てて、恥ずかしそうに答えた。

「わかりません。ファースト・キスは、私の方からしたので」

「えっ」

 俺は信じられなかった。この小夜が自分からキスするなんて。

「すごく好きだったから......。いい思い出です」

「......その話はもう終わりだ。練習を続けるぞ」

 幸せそうに話す小夜が憎らしくて、俺はまた、小夜に執拗なキスをしてやった。




 
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