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前編
しおりを挟む「......ん......いい匂い......」
大輪の薔薇に、美しい顔かんばせを寄せたすみれさんが、瞳を閉じて、そう言った。
......すみれさん......絵になるなぁ......。
僕は、薔薇とすみれさんのツーショットに見惚れながら、思う。
(その薔薇よりも、すみれさんの方から良い匂いがするし、どの花よりも、すみれさんの方がきれいだよ)
僕がどうして、こんなふわっふわなことを考えているのかというと——。
かねてより僕が憧れ、恋焦がれてやまなかったすみれさんと、初デートだからだ。
僕はあまり女性慣れしていない。
だからすみれさんが、こんな僕を好きだって言ってくれてもまだ、信じ切れていないっていうか、自信がないんだけどさ。それでも今日は、僕は大切なすみれさんのナイトだから、ちゃんとリードして、守ってあげなきゃって決意してきたんだ。
すみれさんが初めてのデートコースに、植物園を望んだ時、正直言って僕は、植物園なんて退屈で興味ないな、って思ったんだよ。だけどすみれさんが行きたいところなら、僕はどこへだって連れて行くんだ。
そう思って来てみれば、やっぱり来て良かった。
美しい花々と、花の妖精のようなすみれさん。ずっとそばで、眺めていられるなんて、ここは天国なんじゃないかって、僕の足は宙に浮いてる心持ちで、ふわっふわなんだよ。
鼻の下を伸ばしながら、独り言を心の中で呟いていると、薔薇のコーナーを見終えたらしいすみれさんが、別のところへ行こうとしているのに気づいた。
「す、すみれさん。はぐれてしまってはいけないので、お手をどうぞ」
方向音痴が著しいすみれさんが、僕からはぐれて迷子になったら大変だ。
僕は勇気を出して、自らの手をすみれさんに差し出した。
「あ、ありがとう......あきらクン......」
すみれさんは、うっすらと頬をピンクに染めながら、おずおずと自分の手を、僕の手に重ねた。
真っ白で、細い指。ああ......強く握りしめたい......。
僕は強烈な欲求をなんとか制御し、やんわりと、優しく彼女の手を握る。
すると彼女は、花よりも美しく破顔した。
「私が方向音痴なのは、あきらクンにこうして、手を握ってもらうためだったのね。嬉しい」
なっ......なんて可愛らしいことを言うんだ!
すみれさんは、少し天然で、ふわっふわで可愛いすぎるから、僕に何か言うたびに、僕はとろっとろに蕩けてしまう——。
「痛っ!」
すみれさんが、小さな悲鳴を上げた。
僕が蕩けている間に、油断してしまった。すみれさんは、サボテンの刺で、指を傷つけてしまったらしい。
思わず僕は、すみれさんの手を掴み、傷ついたらしいその指を、咥えていた。
「きゃ」
またしても、すみれさんの小さな悲鳴が聞こえた。
そして我に返る。
ぼ、僕は......いきなり、なんてことを......!
「ごっ、ごめん......! 傷を舐めたら良いかと思って、つい......!」
僕はすみれさんの指を離し、深々と頭を下げた。
恥ずかしい......。
きっと、自分の顔は真っ赤になっていることだろう......。
「あ、謝らないで、あきらクン......。ありがとう......心配してくれて」
同じく真っ赤になっているすみれさんが、恥ずかしそうに微笑みながら、僕の破廉恥な行為を許してくれた。
あぁ、すみれさんは、やっぱり僕の天使だ......。
「あ、そ、それじゃ、指を洗って、消毒しなきゃ。えっと、救護室は......」
僕が当たりをキョロキョロ見回していると、すみれさんはころころと笑った。
「あきらクン、そんなに大袈裟なことじゃないよ。血も出てないんだし、何もしなくて大丈夫」
そうして、今度は刺に気をつけながら、他の多肉植物を見て回る。
「すみれさん、多肉植物が好きなんですか?」
「ええ。ぷくっとしていて、なんだか可愛らしいでしょ? あまり手間もかからないから、お部屋に置いてあるの。ハオルチアっていう種類でね......」
ちょっと意外だ。
すみれさんは、もっと、スイートピーとか、コスモスとか、儚く揺れる、優しい花が似合う気がするんだけどな。薔薇みたいな華やかなものにも負けない魅力はあるけど、とても優しいから。
すみれさんは、家にある、一般的なハオルチアとは違う、ハオルチア皇帝という種類の多肉植物に興味深々のようだ。
「なんだか、ラスボスみたい」
うふふと笑いながら、楽しそうにしているすみれさん。
今、君の頭の中で、どんな物語が展開されているの?
きっとその物語は、春のように居心地が良い世界なんだろうね。
そう思うだけで、僕の心はぽかぽかと暖かくなった。
すみれさんといると、ふわっふわで、あったかい。だからいつまでも一緒にいたくなるんだ......。
それから僕とすみれさんは、やっぱり手を繋いで、いろんな植物を見て回った。
果樹や樹木の花、食虫植物などがすみれさんの興味を引いたようだ。
「植物なのに、虫さんを食べるなんて、ワイルドだよねっ。なんだか、男らしくない? この子」
う~ん。
僕には、この食虫植物は、男女の性別があるとは思えないんだけど。
だけど君がそう言うのなら、きっとこの食虫植物は男に違いない。
「すみれさん。この男に、ときめいているのですか......?」
僕はすみれさんが見つめる食虫植物を睨みながら、そう聞いた。
「え? ええ......ちょっとだけ......」
すみれさんは、この植物に対して、なぜか頬を赤らめている。
僕はこんな植物に、嫉妬しなきゃならないようだ......。
「でも......やっぱり、あきらクンの魅力には届かないけれど......」
ズキュン!
小さく呟いたすみれさんの言葉が、僕のハートを射抜いた。
やっぱりすみれさんは、僕をとろっとろにしてしまう......。
僕はどうしたらいいですか? どう返事を返せば良いですか......?
僕を翻弄していたすみれさんだけど、そんなすみれさんはやっぱり天然で。
きゅるると可愛くお腹の音を鳴らしてしまい、慌ててる。
思わずクスッと笑ってしまい、僕はすみれさんに睨まれた。
あぁ、涙目で睨む君も、なんて愛らしいんだ......。
僕はまた、ふわっふわな気持ちで、君の手を優しく握るんだ。
「お腹空きましたね。昼食にしましょうか」
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