顔のない死神は薄幸少女の死の間際に

朝霧 陽月

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第2幕 芽生えてしまえば後戻りはできない

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「あら、いけない色々話した割にまだ名前を教えていなかったわね。 私の名前はアリシア、アナタはなんていうの?」
「我は死神だ」
「それは知ってるわよ、個人の名前は?」
「ない」
「それは困ったわね じゃあ私が名前を付けてあげましょうか?」
「好きにしてくれ……」

 死神がそう答えるとアリシアは顔に手を当てて悩み出した。んーっと唸りながら悩むアリシアだったが突然、良い考えが浮かんだのかパッと明るい表情になり口を開いた。

「それじゃあ、アーサーなんてどうかしら 私が好きな本に出てくる騎士様の名前よ」
「分かった」
「それって気に入ったの?」
「別に……」
「もうっ嫌じゃないなら、嘘でも気に入ったって言いなさいよ」
「分かった……気に入った」

 死神の返事にすこしむくれるアリシアだったが、気持ちを切り替えるように頭をふって「まぁいいわ」と言った。

「それじゃあ、アーサー何か面白い話をしてよ!!」
「面白いという意味は理解できるが、人間が指す面白いの概念が分からないのだが……」
「もうっじゃあ死神の仕事のこととかを話して頂戴ちょうだい
「承知した……」
「死神の話を聞けるなんて楽しみだわ!」

 そう言って目を輝かせるアリシアは嬉しそうに笑う。
 死神は長年人間を見てきた。基本的には死期の近い人間に寄り添ってはいるが、それ以外の人間のことを見る機会も少なくはなかった。そのはずなのにアリシアが今、浮かべてる表情は死神にとって初めて見るものだった。そして何より死神が不思議だったのは、その表情を見ていると微かにではあるが温かく心地よいものを感じたからだった。
 だけど死神は深く考えなかった、そもそも考えようという考えが存在しなかった。

「我にはじきに死にそうな人間が分かる、だからそれを迎えに行くのが役割に当たる」
「そういえば、私がもうすぐ死ぬのは確かだけどなんで三日も前に来たの?」
「早めに行くことで、自らの死を悟らせ本人の意思であの世に行こうと思わせるためだ」
「ふーん、そうなんだ」
「そうだ」
「でもそれなら私にそんなこと話して大丈夫なの、何か困らない?」
「……何か困るだろうか」

 死神の言葉にアリシアはニヤリとした。

「だって私がアーサーを困らせるために、あの世に行きたくないって言いだすかもしれないじゃないの」
「行きたくないのか……?」
「別に行きたくないわけじゃないわよ。でもひたすらに無感情なアーサーの困った顔が見たくて、あえてそういうことをするかも知れないってこと!!」
「だが、そもそも我には顔がないのだが……」
「そうだけど!! 顔がなくても困った反応が見たくて、そうするかもしれないじゃない」
「それは確かに困るな……」
「でしょ!?」
「まず困ったときに、どうすればいいか分からずに困る」
「えっ何よ、それ!? そりゃ困ったときは……えーっと、困るから困るのよ!!」
「もしかして、今のそなた反応が困ったというやつなのか?」
「えっ……そ、そうよ!! 分からないみたいだから見本を見せてあげたってわけよ」

 普通の人間であれば、とても通らない苦しいセリフだったが非人間である死神は苦しさに気づかずすんなりと納得してくれた。

「なるほどな……」
「というわけで、あとで絶対困らせてやるから覚悟しなさいよ!!」
「努力する」
「根本的に違うわ、困ることに努力は必要ないの!!」
「うむ? 困るというのは奥が深いな……」
「もうっ……いいわ。いくら姿が親しい人間に見えるからと言っても、そんな頓珍漢なことばっかり言ってよくどうにかなってきたわね?」
「まず、喋ることがないからな」
「そういえば、最初にも会話したことがないとか言ってた気がするけど……喋らないと不自然じゃないの?」
「別に我が喋らなくても、そこにいるだけで向こうが勝手に喋ってくれる。相手にとっては会話も成立しているのだろう……むしろ、我から何か話しかけたとしても声なんて届かないだろう」

 そんな死神の言葉に思う部分があったのだろう、アリシアは悲しげに目線を落として震えをこらえるような声でいった。

「……そう、そうだったの……それってとってもツラいわね」
「我にとっては当然のことだったが、ツラいことなのか?」
「誰にも自分の存在を気づかれないでそこに居続けるって、私だったらとっても悲しくてツラいわ」
「……なぜ、ツラいんだ?」
「……言葉にすると難しいから上手く言えないかも知れないけど、人って誰かと接することで自分を確立することが出来ると思うの……だけど誰にも気付いて貰えなかったら私は私でいられない」
「だが我は人ではなく死神だ」
「……そうね、でも意思を持って存在しているアーサーが誰とも話しをせず、認識されず、ただ役割を果たしてきただけだということは、とても孤独よ……こんな広い世界で他人がいるのに一人きりなんて悲しいことだと思うわ」
「……我にはとても理解できない」
「…………ごめんなさい、少し押しつけがましかったかも知れないわね」
「別にただ我が理解できなかっただけで謝ることではない」
「いいのよ、私が謝りたいから謝ってるのだから!」
「人間とはよく分からないものだ」
「そうよね、分からないわよね……私だって分からないのだから」
「だがそなたは人間であろう?」
「たとえ人間でも他人のことなんて、大抵理解できないものなのよ」
「そうなのか」
「そうなのよ……だってきっと分かっていたら、私自身こんなにツラい思いをすることもなかったのだから」
「そなたはツラかったのか?」
「……ツラかったのかもしれないわね」
「自分の気持ちなのに分からないのか?」
「人間ってね、案外自分の気持ちもよく分からないものなのよ」
「人間というのは難儀なんぎなものだな」
「そうね……難儀よね……」

 そう口にするアリシアはどこか遠くを見るような目をして、物憂ものうげにため息をついた。

「ねぇ、少し私の話をしてもいい?」
「構わない」
「よかった、ありがとう」
「元々それが我の仕事みたいなものだからな」
「仕事なにそれ……今までの人たちと私を同じにしないで頂戴ちょうだい……!」

 表情を一転させてキッと死神を睨みつけるアリシア。その表情は怒っているのに泣き出しそうで何かを耐えているようにも見えた。

「少なくとも私は他の誰でもない友達であるアーサーに向けて話をするのだから!!」

 アリシアのその言葉は今までで一番大きな衝撃を死神に与えた。
 そしてそれは初めて死神が自分の心の動きを自覚する程のものであった。

「……他の誰でもない我に?」
「そうよ、だからアーサー自身もそれを意識してしっかり受けって欲しいわ」

 真剣な眼差しに真剣な言葉。その両方が確かに自分、彼女がアーサーと名付けてくれた死神に向けられている。自分を通して見る他の誰かではなく、自分自身に。
 その時から彼の中でも、自身の認識も《ただの死神》ではなく《死神のアーサー》になった。

 それと同時に心が震えるような感覚がしてアーサー自身戸惑ったが、悪い感覚ではなかったのでどうにかしようとは思わなかった。
 はじめて感情を自覚したばかりのアーサーは、その感覚が喜びであると理解するには経験が不足していた。

「……承知した」
「それならいいわ、じゃあしっかりと聞いてね!」
「……ああ」
「私がさっき、他人の心なんて分からないって言ったじゃない? それってね、ずっと両親の気持ちを知りたかったのに結局分からなかったからそう思ったの……」
「…………」
「どうしたら喜んでくれるだろう、どうしたら笑いかけてくれるだろう、どうしたら私を愛してくれるだろう……それを延々と悩み続けた日々だった。悩んで、悩んで、悩んで……それでもずっと正解が見つからなかった」
「…………」
「でもきっとそういうものだったんでしょうね。ここに来て一人っきりになって、また色々考えてようやく出た答えがそれだったわ」

 アリシアの何もかも悟ったような悲しげな微笑み。先程までも同じような表情を見たが、何故だか今度はアーサーの胸がチクチク痛みと居心地の悪さを感じた。
 しかしそれが何なのかも、ましてやそれを取り除く方法などアーサーには分からなかった。


 ―――――――――――――――――――――――――――……


 アリシアの容態が急変し寝込むことになった。
 何かにつけて話しかけてきていたアリシアが、寝込むことになって部屋はすっかり静まり返っていた。
 人間の死期が分かるアーサーには、アリシアがまだ死ぬことがないとは分かっていた。しかしアリシアが苦しそうに浅い呼吸を繰り返すのを見ていると、胸がざわつくのと同時に締め付けられるような感覚にもなった。
 今までにもこんな人間ならいくらでも見てきたのに、そんなことを感じるのは初めてだった。
 その感情がアリシアを失うことへの不安や心配であることなどアーサーには到底分からなかったし、もちろん誰かが教えてくれることもなかった。何故なら、アリシア以外の人間には彼を認識することすら出来ないのだから。


 ―――――――――――――――――――――――――――……
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