顔のない死神は薄幸少女の死の間際に

朝霧 陽月

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終幕 死の運命ときっと分かっていた結末に

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 容態が落ち着き意識を取り戻したアリシアがパチリと目を開いた。身体を起こさないまま辺りを見回した彼女は、アーサーがいることに気づくと嬉しそうにほほめた。

「よかった、アーサーまだ居てくれたのね」
「死ぬまで友達だという約束だからな……当然ずっとそばにもいる」
「へぇ……アナタから友達って言ってくれるなんて意外だわ」
「友達だから友達と言ったまでだ」

 あまりに自然にそうい言い切ったアーサーに一瞬目を瞬かせたアリシアだったが、すぐに満面の笑みを浮かべて頷いたのだった。

「……うん、そうよね。分かってるじゃないの!」

 その喜びが有り余ったままに、アリシアはベッドから体を起こした。

「多少は察しが良くなってきたアーサーに今日は新たなミッションよ!!」
「ミッション……?」
「そうよ、私ったらせっかくアーサーが居てくれるのにちょっと寝込んじゃったでしょ?」
「ああ……」
「だから今日は夜更かしをすることにしたの!!」
「夜更かし……」
「今まで一度もしたことがなかったんだけど、夜遅くまで……できれば一晩中起きてようと思うの」
「一晩中……」
「当然、付き合ってくれるわよね?」
「だが、そんなことをしたら体に良くないんじゃないか……?」

 すぐ頷いてくれると思っていたアーサーが急にそんなことを言い出したため、アリシアは驚いてるようだった。

「……良くないって言われれば、そりゃそうだけど……どうせ、もうすぐ死ぬのに我慢なんてしたくないわ。仮に今我慢したとして私の寿命は延びたりするの?」
「いや、それはない……」
「ならやっぱり我慢する必要なんてないじゃない」
「そうだな……」
「……でもアーサーが、そんな風に私を心配してくれたこと自体は素直に嬉しいわ」
「心配……この不思議と感情に似たものは心配だったのか……」
「感情に似たものって何よ……もし自分の中で何か感じるものがあれば、それは感情以外の何物でもないでしょう?」
「感じるものとは具体的にはなんだ?」
「んー具体的ね……例えば、人間の感情は大きくわけて喜び、怒り、悲しみ、楽しいと言われてるんだけど。例えば喜びは胸が温かくなったり、思わず飛び回りたくなる感じがしたりするわね」
「温かくて飛び回りたくなる……」
「……私の場合はだけど」
「ならば、そなたが笑っている時に感じていた胸の温かさは喜びだったんだな……?」
「私が笑ってる時に?! ……そ、そう思うならそうなんじゃないの?」
「では、我にもっと感情というものを教えてくれないか? 名前は知っていても、自分の中に起こっているそれがどういう感情なのか自分ではとても判断できない」
「アーサーからお願いをしてくるなんてね……。でもいいわよ、今日はずっと起きてるって決めたんだもの、私ができる限りいくらでも教えてあげるわ!!」

 力強くそう頷いたアリシアの顔には輝くような笑顔が浮かんでいた。


 ―――――――――――――――――――――――――――……

 アリシアは自ら言った通りアーサーと夜明けまで語り明かしたが、日の出を見たあたりで青白い顔をしたアリシアは「疲れたから少しだけ休む」と言って横になってしまったのだ。
 一見穏やかに寝ているように見えるアリシアだったが、死神であるアーサーにはハッキリ分かった。

 ――――アリシアの死がもう近い……

 彼女の死期がもう目の前まで迫っているということが。

 ――――自分はアリシアに好意を持っているのだろう

 アリシアに感情というものを教えてもらい、少しだけ自分の感情を言語化できるようになったアーサーは心の中で思う。

 ――――アリシアを失うのが怖い

 もしアリシアがいなくなったらと思うと息をしていないハズなのに息苦しく、痛みなど感じたこともないのに心が砕けてバラバラになるような痛みを感じた。
 しかしいくら苦しくても感情を言語化できるようになったとしても、アーサーには結局どうすればいいかが分からなかった。

 そんな中でアーサーの願いだけがただただ渦巻いた。

 ――――アリシアともっと話がしたい

 ――――アリシアの笑う姿をもっと見たい

 ――――アリシアともっと……傍に居たい

 アーサーにとって何かを願ったり望んだりすること自体が初めてのことだった。
 しかし皮肉なことにそのどれもが到底かなわないもの……もし奇跡が起きてアリシアの寿命が延びたとして、死期から遠ざかった彼女にはもう死神は見えない。そして死神は死期が近い者以外の傍らに立つことは出来ない。
 それがこの世界で定められた摂理せつりであるため、彼が死神である限り絶対に願いは叶うことはない。

「ねぇ、アーサー……」

 アーサーが物思いにふけっていたところ、以前と比べるとずいぶんとか細いアリシアの声が聞こえてきた。

「どうした」

「私まだアナタに言い忘れてたお願いがあるの……」
「なんだ……?」

 アリシアはベッドに身体を横たえたまま、目もとろんとした夢うつつのような状態で話す。

「私の名前呼んでよ……よく考えると一回も呼んでくれてないじゃない」
「そうだったか……」
「そうよ」
「分かった…………アリシア」

 その言葉を聞くと満足げにコクコクと頷き再びアリシアは目を閉じた。

「アリシア……」

 もう一度名前を呼んでも、もう寝てしまったらしいアリシアの反応はない。
 そんなアリシアに対してアーサーはいつかどこかで見た人間の仕草を思い出し、優しく頭を撫でた。それはサラサラとした髪だったが、その感覚がアーサーの手に伝わることはなかった。何故なら死神の手に感覚など必要ないと創造主が考えたからだ。

 ―――――――――――――――――――――――――――……

 ついにアリシアが息を引き取った。
 それを見届けたのは結局アーサーだけだった。

 アリシアのいる建物には、定刻に食事を運んで来るついでにアリシアの生死を確認する人間がいるだけで、それ以上の人も治療設備もなかった。
 当然、アリシアが死んでも誰もすぐには気付くことはない。

 最初こそなんとも思っていなかったアーサーだったが、アリシアに入れ込むようになった今となっては待遇の酷さに怒りを感じるようになった。
 だからといって彼には報復はおろか文句を言うことも出来ないわけだが。

 ――――せめて最後までしっかりアリシアに付き合い……あの世に送り届けよう

 それだけが唯一アーサーに出来ることであり、存在意義でもあった。

「アリシア行こう……」

 アーサーがすっとアリシアに手を差し出した。

「アーサーは相変わらずね」

 しかし死んで霊体になったアリシアは、その手が見えてないかのようにアーサーの方を見て話しかけてきた。

「アリシア……?」
「大丈夫よ、私アーサーがいるから怖くないわ」
「…………」

 アーサーの差し出したままの手が微かに震えた。
 だがそれも気づかないかのように、アリシアはまるで誰かと会話を続けているような態度で話し続けていた。

 その光景はアーサーも幾度となく見てきた、よく知っているものだった。
 今までのアリシアが例外だったたけで、本来死神の姿は死者や死期が近い者にとって最も大切で会いたいと思う者の姿に見える。

 ――――我がアリシアの最も大切で会いたい存在になったのか……?

 そう考えるとアーサーの視界はぐにゃりと歪んだような気がした。彼にしてみればアリシアの大切な存在になった喜び以上に、彼女へ二度と声が届かない痛みの方が勝っていた。
 アーサーが言いようのない悲しみにくれる中、アリシアは目の前にいるアーサーではない別のアーサーと話し続けている。

「アリシア……」

 名前を呼んでみても当然彼女は答えない。
 アーサーは身の内を焼かれるような感覚に苛まれたが、それが絶望だとは分かることも知ることもなかった。
 何故ならそんな感情は教えてもらわなかったし、つい先ほど彼の声を聞いて答えてくれる人間はいなくなってしまったのだから。
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