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第一話 親父の名にかけて!
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永禄三年。五月。尾張国、桶狭間。
この日。今川義元は、織田信長討伐のため、尾張に向けて進軍中であった。此度の戦は、戦う前から勝敗は決していた。今川義元25000の兵に対して、織田信長の軍は3000。今川の勝利は必定だった。
――だが!
「なんじゃ、騒がしいのう……」
雨音に紛れて、男衆の雄々しき叫びが聞こえてくる。輿の中から、不愉快そうな顔を見せる今川義元。彼の御前に、配下の兵が慌ただしく現れ、喚くように報告する。
「義元様! 一大事でございます! お、織田ッ――織田軍による奇襲でございます!」
「なん……じゃと……?」
今川軍は混乱を極めていた。義元本隊は、戦とは無縁の位置にいたゆえに、兵の武装も十分ではなかった。
「織田軍の勢いは止まらず、このままでは我が軍は壊滅……! 義元様、どうかお逃げくださりませ!」
「そ、そんな馬鹿な! 兵は何をしておった! そもそも、なぜあの信長が桶狭間におるのじゃ!」
「今は、そのようなことを言っている暇はありませぬ! 一刻も早く脱出を!」
這い出るように輿から飛び出し、慌てふためきながら逃げる今川義元。織田軍の怒号のような雄叫びが、迫ってくる。
「なぜ、なぜ……こんなことに! う、ううッ――。おのれ……尾張のうつけがぁあぁぁぁッ!」
☆
一方その頃、織田信長。
雨の降りしきる中、3000の兵が今川義元本隊へ突撃。奴らの準備は十分でなかった。甲冑もなく武器を振りまわしている者もいる。だが、連中も必死。死に物狂いで、抵抗をしてくる。
織田信長は、すべての部下に『今川義元だけを狙え』と命じてある。奇襲に成功したあとは、武将が各々の判断で一心不乱に今川義元を探す。
「まだ今川義元は見つからんのか!」
雑兵を切り伏せ、戦場を駆ける織田信長。
――ここで取り逃がしたら死ぬ――。
討ち損ねれば、義元は部隊を再編して、再び織田信長を討伐せしめる。奴とて、次は油断すまい。この桶狭間の戦いこそが、織田軍と今川軍の事実上の最終決戦となるのであった。
「雑兵には構うな! 義元を討たねば、我らが死ぞ! ここが死地と思え!」
叫んだその時――配下の足軽が嬉々とした表情を貼り付け、信長のもとへと走ってきた。
「信長様ーッ!」
「なんだッ!?」
「義元を……今川義元を討ち取りましたぁあぁぁぁッ!」
雨音を貫く一報。それは一瞬のうちに兵たち動きを止めた。時が止まったように静かになった。そして、信長は再度問う。
「今、なんと言ったッ?」
静まりかえった空気の中、その足軽は知らしめるかのように大声で答える。
「ははッ! 今川義元を討ち取りました! 信長様の勝利にございます!」
――そこからの兵の動きは凄まじかった。浮き足だった今川軍は、脱兎の如く戦場から逃げ出す。逃がしはしないと、織田の兵も動く。
「ふはははは! 深追いはするなよ!」
――勝った。よくやった。
よくやってくれた織田の兵よ――。
喜びを噛みしめる織田信長。
「して、義元を討ち取ったのは誰だ?」
「そ、それが……」
☆
案内される信長。そこには今川義元の遺体があった。街道一の弓取りと呼ばれた猛将も、こうなってしまっては、ただの肉の塊である。
死後数分といったところか。兵たちの証言によれば、さっきまで元気に逃げ回っていたという。凶器は刀だろう。背中から、まず一撃。しばらくは息があったと思われる。命乞いをするために正面を向いたところを、さらに心臓を一突きといった感じか……。
ちなみに、肝心の凶器は見つかっていない。というか、戦場ゆえに凶器になりそうなものは数多とあった。
吉報。最高の結果。至上の成果。
だが、問題は――。
「……今川義元を討ち取ったのは誰だ?」
現場にいた者たちに問いかける。すると、彼らは口々に言うのであった。
「信長様! 今川義元を討ち取ったのは、このサルめでございます」
容疑者その1。
羽柴秀吉。通称サル。
非常に狡猾で抜け目ない。発想力だけなら織田軍一。元百姓ゆえに剣の腕は未熟。街道一の弓取りを討ち取れるほどの実力はないと思えるが……背後からなら、それも成せるだろう。
「な、なに言ってやがるんだ! 討ち取ったのは俺だ! ――信長様! 今川義元を討ち取ったのは、俺です! この前田利家が殺りました!」
容疑者その2。
前田利家。通称イヌ。
槍の又左と呼ばれるほどの槍の名手である。戦に出れば戦国無双。こやつの腕前なら、義元を討ち取ることは容易いだろう。ちなみに、秀吉とは家が隣同士である。幼名が犬千代ゆえにイヌと呼んでいる。
「……なにを考えているのやら。私こそが犯人。――信長様。義元を討ち取ったのは、この明智光秀にございます」
容疑者その3。
明智光秀。通称ハゲ。
文武両道に優れた、織田家でも珍しい万能型武将。非常に信頼の置ける男。ただしハゲている。仕事熱心で出世欲も薄い。裏切りとはもっとも無縁の家臣。こやつが義元を討ち取ったというのであれば頷ける。ただしハゲている。
「討ち取ったと名乗りを挙げる者が3人……であるか……」
当然、犯人はひとりだ。他の者は、手柄を横取りしたいがゆえに、自らの犯行だと自供しているのだろう。
「信長様ぁ! 信じてください! 義元を殺ったのは、このサルです!」
「俺です! 俺が殺りました!」
「やれやれ、私が殺したというのに……」
織田家の命運を握った大合戦。よもや殺してもいない者に褒美をくれてやるわけにもいくまい。万が一、そのようなことがあらば、織田家の沽券にかかわる。いかなる手段を使っても、織田信長は義元を殺した真犯人を見つけねばならない。
「今川義元を殺した犯人は……この中にいる……であるか……」
「信長様!」「俺です! 俺が殺ったんです!」「信長様ならわかってくださるかと」
「やめい!」
織田信長は一喝する。大気がビリビリと震え、秀吉たちのすがるような声が止まった。
「安心するがいい。この織田信長……決して間違った判断はせぬ」
「おお!」と、秀吉が期待に満ちた声を滑らせる。
「義元を殺した真犯人は、この織田上総介信長が暴いてみせる! 親父の名にかけて――!」
――――――――――――――
※史実では桶狭間の戦いの時、秀吉は参戦していた可能性はありますが足軽程度の身分であった可能性が高いです。明智は参戦していません。黒田官兵衛は、秀吉の部下として描かれますが、この時は仕えてすらいません。それでは、史実と違った織田信長の桶狭間殺人事件をお楽しみください。
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「義元様! 一大事でございます! お、織田ッ――織田軍による奇襲でございます!」
「なん……じゃと……?」
今川軍は混乱を極めていた。義元本隊は、戦とは無縁の位置にいたゆえに、兵の武装も十分ではなかった。
「織田軍の勢いは止まらず、このままでは我が軍は壊滅……! 義元様、どうかお逃げくださりませ!」
「そ、そんな馬鹿な! 兵は何をしておった! そもそも、なぜあの信長が桶狭間におるのじゃ!」
「今は、そのようなことを言っている暇はありませぬ! 一刻も早く脱出を!」
這い出るように輿から飛び出し、慌てふためきながら逃げる今川義元。織田軍の怒号のような雄叫びが、迫ってくる。
「なぜ、なぜ……こんなことに! う、ううッ――。おのれ……尾張のうつけがぁあぁぁぁッ!」
☆
一方その頃、織田信長。
雨の降りしきる中、3000の兵が今川義元本隊へ突撃。奴らの準備は十分でなかった。甲冑もなく武器を振りまわしている者もいる。だが、連中も必死。死に物狂いで、抵抗をしてくる。
織田信長は、すべての部下に『今川義元だけを狙え』と命じてある。奇襲に成功したあとは、武将が各々の判断で一心不乱に今川義元を探す。
「まだ今川義元は見つからんのか!」
雑兵を切り伏せ、戦場を駆ける織田信長。
――ここで取り逃がしたら死ぬ――。
討ち損ねれば、義元は部隊を再編して、再び織田信長を討伐せしめる。奴とて、次は油断すまい。この桶狭間の戦いこそが、織田軍と今川軍の事実上の最終決戦となるのであった。
「雑兵には構うな! 義元を討たねば、我らが死ぞ! ここが死地と思え!」
叫んだその時――配下の足軽が嬉々とした表情を貼り付け、信長のもとへと走ってきた。
「信長様ーッ!」
「なんだッ!?」
「義元を……今川義元を討ち取りましたぁあぁぁぁッ!」
雨音を貫く一報。それは一瞬のうちに兵たち動きを止めた。時が止まったように静かになった。そして、信長は再度問う。
「今、なんと言ったッ?」
静まりかえった空気の中、その足軽は知らしめるかのように大声で答える。
「ははッ! 今川義元を討ち取りました! 信長様の勝利にございます!」
――そこからの兵の動きは凄まじかった。浮き足だった今川軍は、脱兎の如く戦場から逃げ出す。逃がしはしないと、織田の兵も動く。
「ふはははは! 深追いはするなよ!」
――勝った。よくやった。
よくやってくれた織田の兵よ――。
喜びを噛みしめる織田信長。
「して、義元を討ち取ったのは誰だ?」
「そ、それが……」
☆
案内される信長。そこには今川義元の遺体があった。街道一の弓取りと呼ばれた猛将も、こうなってしまっては、ただの肉の塊である。
死後数分といったところか。兵たちの証言によれば、さっきまで元気に逃げ回っていたという。凶器は刀だろう。背中から、まず一撃。しばらくは息があったと思われる。命乞いをするために正面を向いたところを、さらに心臓を一突きといった感じか……。
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吉報。最高の結果。至上の成果。
だが、問題は――。
「……今川義元を討ち取ったのは誰だ?」
現場にいた者たちに問いかける。すると、彼らは口々に言うのであった。
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容疑者その1。
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当然、犯人はひとりだ。他の者は、手柄を横取りしたいがゆえに、自らの犯行だと自供しているのだろう。
「信長様ぁ! 信じてください! 義元を殺ったのは、このサルです!」
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