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3話
しおりを挟む王城勤務の人は土日休みが多い。それが新婚さんなら尚更だ。
シルヴェストル様が勤めているのは財務担当室……すなわち明日明後日、旦那様は休みなのである。
「ねえロラ、旦那様はどう……?」
セザール特製ミネストローネにもスプーンが進まず、私は緊張の面持ちでロラに尋ねた。
セザールのミネストローネが不味いわけでな決してない。ただ緊張で死にそうなだけだ。
昨晩のカフェイン祭りがあってから少し態度が丸くなったロラは、めずらしく微妙な表情で首を振った。
「………今夜は同僚様と飲み会があるので帰らない、と」
「………………そっかぁ」
自分でも声がワントーン下がったのがわかる。……別に期待はしてなかったよ。そんなことだろうと思ったよ。
シルヴェストル様の同僚には、飲み会宴会合コン大好き独り身男性ヘルターさんがいる。彼が休日前の夜に同僚を飲みに誘わないわけがない。大方会場は西区にある、さまざまカクテルを取り扱った酒場。
一夜の遊び相手を探すにはもってこいの場所……ふふ……私も行きたい……。
「ビビビビビビビ様っ!夜食!今日も夜食しましょう!」
部屋中に広がった重たい空気に過剰に反応したリナが慌てふためいている。
はは……いけない私ったら……恋愛結婚でもない、むしろ半強制的に結婚させた身でありながら勝手に落ち込んで皆に気を遣わせるなんて……。
あれ……なんでこのパン湿ってるんだろう……おかしいな……はは……でも美味しい……。
「……うん、ありがとリナ」
「…………ほどほどになさってくださいね」
珍しく棘のないロラに私とリナが目を見張ったりもしたが、そんなこんなで今日も開催が決定した。
……しかしその前に、私はやることがある。
「部屋OK!保湿OK!ヘアケアOK!パックOK!」
17にもなって部屋を忙しなく歩き回り最後の確認をする。今のところコンディションはばっちりだし部屋も綺麗に整頓されている。
あーーパックしてる時の顔ってほんと不細工!キメ顔しても決まらない!
………わかってる、わかってるのよ!旦那様が帰ってこないこと…!
でももしかしたらの可能性に備える……それが出来る女ってやつよ!ドン!(名言風)
旦那様、酔って夜中に帰ってきたりしないかな……いっそ私が実家に出て行った素振りをすれば邪魔者が消えたと思ってる帰ってくる……?
そこを突撃すれば……って駄目だ駄目だ!嘘付きはエンマ様に舌を抜かれるんだってじっちゃんが言ってた!
……はっ、旦那様が帰ってくるかもしれない夜に夜更かしなんてして良いのか…?
うう…っでも今夜は絶対眠れないし、何より寝室にいて旦那様が帰ってきたら恥ずかしくてしんじゃう!!
無駄におおきなベットに寝転がりゴロンゴロン転がり回る。
「………シルヴェストル様、なんであんなかっこいいんだろう……」
あんなにかっこよくなければ、今ほどモテなかったかもしれないのに……いや駄目だ、性格の素敵さがいっそう際立ってもっとモテてしまう。
私がシルヴェストル様を初めて目にしたのは、魔王討伐30周年を迎えた記念祭の日だった。
国民にスピーチするじっちゃんの応援に駆けつけた私は、初めての王都で両親とはぐれ、屋台の味噌田楽を頬張りながら号泣していた。
そんな時、味噌のついた私の口をハンカチで拭ってくれたのが銀髪の美少年、いや、シルヴェストル様だった。
『食うのか泣くのかどっちかにしろ』
そう苦笑する姿があまりに尊みがすぎて、私は『あ…』『え…』しか言えずどもりまくった。
もたもたしている間に『シルヴェストルー!置いてくわよ!』という当時のクラヴェル伯爵夫人と思われる声がして、シルヴェストル様は私にハンカチを押し付けると同時に行ってしまった。
それから私は、ずっとシルヴェストル様が好きでたまらないのだ。
どのくらいベットで考え込んでいただろう。
ふと良い匂いが鼻をくすぐり、私は思わず起き上がった。
「……………何の匂い?」
そういえばさっきからリナを見ない。
……さては私抜きでもう始めてるな。転がりすぎてボサボサになった髪を適当になおし、私はそっと部屋を出た。
リナめ……セザールに鞍替えしたわね?作ってもらうなら私も呼びなさいよ!使用人同士の賄いとか本当はめっちゃ食べたいのに!
階段を降り、使用人専用出口を堂々と通り抜け、こっそり厨房の前に降り立つ。
中からは案の定光が漏れていて、美味しそうな香りと共にリナの声が聞こえた。
「うん!いける!いけるわ!ふふふふふ!」
誰かと話してるのかと思ったが……どうやらリナしかいないらしい。一瞬ホラーかと思ったが、あの子独り言多いから納得。
突撃の前に何をしているのかと耳を澄ませた次の瞬間……
「よーしビビ様呼びに行こ……ってびゃぁぁぁ!!」
目の前で勢いよく開いた扉で顔面を強打した。
「ビビ様ぁぁぁ!!大丈夫!?うそぉ!!なんでここにっ!わぁぁぁんごめんなさいごめんなさいリナを置いて死なないでぇぇ!!」
何やら泣き喚くリナに体を揺さぶられ遠のきかけた意識が元に戻る。
この子そそっかしいにもほどがある。なんだか心配になってきた。私が守ってあげなくては……。
「大丈夫よリナ……」
「ビビ様!」
「というかリナ、こんなところで何して…」
リナの手で立ち上がりながらふと顔を上げる。リナが「あっ」と言う前に、私はそれを見てしまった。
「……なに……これ……」
「わわ!待ってビビ様!まだ見ないでください~!!」
慌てて目隠しをされるがもう遅い。
目の前には達筆な字で『ヴィヴィアーナ様歓迎会』と書かれた横断幕の下、ノンアルコールのシャンパンや生ハムなどのつまみが所狭しと並んでいたのだ。
呆然とその光景を眺めていると、どこからか呆れた顔をしたロラと笑いを堪えているセザールが2人して登場した。
「ぶふ…っ、リナちゃん最高…っ」
「はぁ……そそっかしい子」
「……これ、私のために……?」
目頭が熱くなり、声が震える。ロラは照れたように目を逸らし、こくりと頷いた。
「……やろうと言い出したのはリナですよ。私はそれに付き合ったまでです」
「またまたぁ、突然愛用の毛筆取り出したのはどこのだげふっっっ」
「黙りなさい」
どうやらあれを書いたのはロラらしい。で、シャンパンと生ハムを持ってきたのはセザール。そしてリナは……
「私は庭師のおじちゃんに許可をとって花をつんできました!」
まさに花のような満面の笑みでリナが差し出してきたのは、赤いラナンキュラスの花束だった。
一見薔薇と見紛うが、鞠のようなころりとした見た目がとても愛らしい。
「ビビ様にぴったりの花だと思って…」と言ってくれるが、私こんなに華やかじゃないんだけど……。
「………ありがとう」
とにかく嬉しい。弟に似顔絵付きの手紙をもらった時と同じくらい嬉しい。そしてちょっとむず痒い。
「さ、ビビ様すわってすわって!今日は奮発して生ハム食べ放題~好きなだけ削って!」
勧められたまま席に着くと目の前にドン!と生ハムの原木が置かれる。
え……これを好きなだけ削って良いって?天国?近くにはカマンベールチーズや焼き立てのキッシュもあって、夕食は一応食べたはずなのにお腹が鳴る。
シュポン、とコルクが抜ける音の後に、セザールが慣れた手際でグラスにシャンパンを注ぐ。しゅわしゅわという心地よい音と澄んだ薄桃色が目に優しい。
シャンパンが全員に行き渡ると、セザールは待ちきれないとばかりにリナを見た。
「んじゃリナちゃん、おねがい!」
「え、なんですか?」
「挨拶ですよ」
「ああ!」
すっかりお客様目線でうきうきご馳走を眺めていたリナが思い出したように声を上げた。
「えーっと、ごほん!ビビ様、お嫁に来てくれてありがとうございます!」
「ありがとー!」
「…………なんですかその挨拶」
「というわけでかんぱーい!」
ゆるいな公爵家。
社交界では絶対ありえないゆるさに苦笑いしながらグラスを傾ける。
ふわりと上品な果実の香りが鼻を通ると同時に、しゅわしゅわとした優しい甘さが喉をくすぐった。
続いて焼きたてのキッシュを口に運ぶ。パイのサクッとした食感とともにじゅわりと口に広がる濃厚な生クリームとサーモンの香り。絶妙に入れられたキノコとほうれん草の食感が楽しい。
「うま………」
「でしょ」
思わず声に出して言うと、セザールがドヤ顔で笑った。
秒速で完食したところで、今度はリナが無邪気に削っている生ハムを分けてもらう。生ハムってうちじゃあまり食べないのよね…薄くしっとりした一枚を恐る恐る口に運ぶと、ちょうどいい塩気とほんのりとした香辛料と香りが口に広がる。シャンパン、生ハム、シャンパンの無限ループが止まらない。
口休めにカマンベールチーズを挟めば、しっとりした生ハムとどっしりしたチーズの食感、生ハムと塩気とチーズのクリーミーな味わいが印象を大きく変える。セザールに勧められるままにさらにオリーブオイルをかけてみれば天才すぎて震えた。
「おいし~生ハムこんなに贅沢に食べるの初めて~!」
「バケットはないのですか」
「お、ロラがっつり食べる気だね」
「良いから持ってきなさい」
仕事中の印象とは違う楽しげな面々。
いかん、幸せすぎる。
うっかり微笑みかけて、私は驚いた。
……私、シルヴェストル様がいなくてもここで楽しめるんだ。
天然だけど思いやりのあるリナ。
掴みどころがないけど面倒見のいいセザール。
厳しいけど実は世話好きなロラ。
今までなんだかんだ、私の家はここじゃないんだと思っていた。
でもこの人たちは、とっくに私を受け入れてくれてるんだ。
「………ありがとう、皆」
涙を堪えながらそう言うと、3人はきょとんとしたあと、照れ臭そうに微笑んだ。
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