春の穂先

上村ジョニー

文字の大きさ
3 / 10

第1話

しおりを挟む
 「これより卒業証書授与式を開催いたします」
「始まった始まった」「俺、今年浪人だよ…… 」「先輩の第二ボタン貰えるかなぁ」
みんなの悲喜交々な声を聞きながら僕は、
 あの頃の、中学三年の時のことを思い出していた。当時の僕は、どこか冷めていた。自分は、幸せではないんだと思い込んでいたから新生活に胸を躍らせる事なんて出来る訳なかった。
 あの時の僕は、こんな風に自分が変わっていくなんてとても想像してなかったから。

 
 季節は冬の寒さを忘れさせてくれる暖かい春。ポカポカと降り注ぐお日様の暖かさに思わずホッとする自分がいる。僕は広島のある街の進学校に通う中学三年生。
「キーンコーンカーン」放課後を知らせるチャイム。「ん。んん」いつのまにか寝入ってしまっていた。背伸びをしながら少し考える。
今日の放課後は、何をして過ごそうか。
僕がそう呑気に考えて、いや考える間も無く男が僕の席に駆け寄ってきた。「放課後じゃ帰ろうで」
「そうじゃな、今日は何する?」僕は自然とそう返事をしていた。
いつからだろう。このどことなく可愛い広島弁を話すようになったのは。
 僕は、中学校二年生の春に、両親の仕事の都合で東京から広島に越してきた。
学校に初めて登校した時の事だ。
親の都合で中途半端な時期に、転校が決まってしまい急に来た友達との別れに反抗期まっしぐらの僕はやさぐれていた。
そんな僕の鼻っ柱をへし折る出来事が転校初日から待っていた。
普通、転校した日には朝一番に自己紹介なり挨拶の時間があるもんだけど、両親曰く難関高校への進学率をウリにしている学校で、朝一番から先生の話も程々に参考書と睨めっこをしているクラスメイト達の姿は正直、外から見ると異様だった。
一番驚いたのは、先生も度々の事で慣れているのか気にする様子はなく、クラスメイト達に注目を促すこともせずに僕に言う。
「自己紹介を頼む。それと、趣味とか特技とか。無ければ無いで構わんし、まぁ適当に」
いきなりそう言われても困る。
そもそも僕はクラスメイト達の誰も僕の話を聞こうとしていない姿にムカついている。だけどやらなきゃ始まらないから一生懸命に自己紹介をした。
 特技は水泳で東京ではスイミングに通っていたとか、趣味は母の影響でお華を少々とか色々と頑張って話した。
 「ほーい。ありがと。んじゃ空いてる席へ座りなさい」
結局、誰も聞いていない一人スピーチを数分し続けて朝の会は終わった。席に着くよう先生に言われ歩いている途中で思う。「いや、待てよ、
もしかして、転校生パワーとやら
で友達とか、もしかすると彼女なんか出来ちゃったりするかも」
前に僕がいた学校にも男の子の転校生は何人か来たけどみんな休み時間にクラスの女の子に囲まれて質問されまくりだったのを思い出してついニヤニヤしてしまう健全な中学生男子の僕であった。
休み時間へ楽しみと淡い期待に胸を膨らませ席に着いた。

 休み時間を知らせるチャイムが鳴る。僕は、内心で「やっと休み時間だ!さぁ、みんなかかって来い!」と訳もなく威張っていた。そんな僕のマイナスな感情をエスパーの才能を持ったクラスメイトの誰かに読まれたのかと、不安になるほど誰も来ない。
 あまりに人の来ない具合を不思議に思った僕はクラスを見渡した。
 すると、当然のように仲良しグループが出来ている状態だった。「当たり前といえば当たり前か」二年間なんらかの形で一緒にいる子が大半なんだから。
今から仲良くなり、お互いを知り合うにはあまりにも時間が足りないという現実を見せつけられ、謎の自信に満ちていた僕は影を潜めていた。
 いつしか見たドラマの事を思い出していた。転校生が転校初日から生徒会に学校の問題点を直談判しに行き、気がつけば学校中の信頼を得て改革を成し遂げて卒業というストーリーだったかな。僕には、そんな行動力は無い。意味の無い自己分析を終えた僕はチラチラと視線を感じた。変な奴だと言わんばかりの好奇心の眼に睨まれていた。
「見るんじゃなくて話しかけてくれよ、そりゃ分かるけど 僕だって、
当事者じゃないならそんな好奇心に満ちた目で僕を見ただろう」
 はぁ。深いため息をついて、ふと思う。不安な気持ちが一気に体を駆け巡った。
「後一年以上も……こんな状態……なのかな……」中学時代の思い出に浸れない大人にこのまま卒業することで近づいてしまうかもしれない。
それは嫌だ。だけどさっきも言った通り僕には自分から動く行動力があるわけじゃない。
でも、動かなきゃ始まらない。もう今までの僕じゃないられないんだ。さっきの自己紹介だって今までの僕だったら尻込みして、ボソボソ話すだけで終わっていたじゃないか。僕はこれから変わるんだ。
 よく、高校生に上がるときに今までの自分から脱皮する事を高校デビューなんていうけど、僕の場合は転校デビューだ。
「後、一年ちょっとしかないんだ!」
僕は転校デビューをする決意をひっそりと自分の机に向かって固めた。
 その日の晩は興奮して眠れなかった。

翌朝、いつもより早く起きた僕は鏡へ向かって叫んでいた。
「驚くぞ、クラスのみんな。変わった僕を見たら 」
取らぬ狸の皮算用とはよく言ったもので、この時の僕を思い出すたびに、枕に顔を埋めて足をバタバタとさせながら叫びたくなる。

 東京にいた頃は自慢じゃないけど成績もそれなりだったし、行きたい高校もあったから広島に行くとなった時は、正直落ち込んだ。
だけど今はあの時の僕とは違う。僕は生まれ変わったんだ。とはいえ、現実が何か変わったわけじゃない。
変わったのは僕の考えや物事に向き合う姿勢だけだ。「武器としては弱いな、もっとインパクトがなくちゃ駄目だ。うーん、よしっあれだ!」僕は洗面所へ走った。なんだかんだ二、三十分鏡の前で格闘した。ガッツポーズを決めながら
「よしっイケてる!あんた本当最高にイケてるよ!  」自分でも意味の分からない自分への褒め言葉をドヤ顔で言ってみたものの大したプランは浮かんで来ない。学校へ行く時間が近い事を時計を見て気づく。
「まぁ、学校に行けば何とかなるか」

と言いつつ
「てか、このスタイルだけでいけるっしょ!」
再び、鏡の中の自分へ向かってポーズを決めて言ってしまう自分がいた。謎の自信に根拠なんて無い。ただ、チャラチャラした感じを出してイケてるメンズ風になりたかっただけだ。

 
学校に着いて教室のドアを開けてほんの数秒でクラス中の注目を浴びた。
聞こえてきた言葉は散々なものだった。
「やだ、ちょっと見て何あれ。変な髪型」
「いくら何でも張り切りすぎでしょ。あれはないね」「うんうん。いつの時代って感じ」 女の子達が僕の方を見ながら笑いあっていた。自分ではそんなに変だとは思わない。クラスの女子が遅れているんじゃないかとも思った。僕としてはむしろイケてると思う。髪全体にワックスを塗って頭頂部から前髪までをドリルのようにして何かの雑誌で読んだ、外ハネを取り入れて、もみあげを横に小さい三角定規みたいにハネさせてるんだ。何より最新の外ハネを取り入れてるんだし、「鉄腕で二千馬力の少年みたいでカッコいいと思うけどなぁ」僕は自分のセンスを疑わずに小一時間立ってセットしてきた髪型を馬鹿にされてつい呟いてしまった。

 ぼそっと呟いて少し経ってから焦る。
「ヤバっ……誰かに聞かれていたらどうしよう……」
 そんな心配は無用だった。
僕をバカにしてきた、彼女たちは自分達の机に戻って参考書に意識を集中している。誰も僕の事なんか気に留めていない。

 そうクラスの誰一人として。馬鹿馬鹿しくなって自分の無計画さに笑いが出てきた。ついこの間まで、友達はいない、スポーツは出来ない、彼女なんてもちろんいない。リアルは全くもって充実していなかった人間がアホ丸出しで、髪型を似合いもしないのに変にいじって痛々しいったらこの上ない。僕は恥ずかしさと自分の外聞の無さに呆れてもう人気者を目指すのはやめようと心に決めて教室を勢いよく飛び出してトイレへと逃げ込んだ。
「はぁ」便座に腰掛け深いため息をついて少し冷静になった。
「迫力を重視して笑われたから、もう諦めよう。どうせ一年ちょっとの我慢だ。おとなしくしていよう」
僕は諦めることを選択した。
その瞬間、心臓がドクッドクッ脈を打つのが聞こえてくる。まるでその選択は不正解だと言わんばかりに激しく。
「笑われた?そんなの関係ない、むしろ話すきっかけになったはずだ。もうお前には自分自身を笑いのタネにして人気を集める事は叶わないぞ。さぁどうする? 」もう一人の僕が詰め寄ってきた。どう答えよう。考える時間ならたくさんあるはずなのに不思議と、今すぐに選択を迫られているような、そんな不思議な感覚に悩まされた。僕は心に任せて声を絞り出した。「僕は、変わりたいだから、もう自分を作るのをやめる」自分でも不思議なくらいに頭が回転するのがわかる。言葉が頭の中にたくさん溢れかえって波となって襲ってくるような生まれて初めての経験に感動を覚えながら、僕は言葉を選ばず素直に言った。「自分が一番傷ついてるみたいな、悲劇の主人公気取りはもうやめる。僕を信じて支えてあげられるのは僕だけなんだから」
 言葉を発した訳じゃないのに僕は息を荒くして肩で息をしていた。

何故だか、波のような考えの「答え」がわかった気がしていた。「やっと分かった。素直な自分になるのは意外と難しい。人は何かを考える時にすぐに理屈をつけてしまうからだ」
「常識的に考えて」と言ってみたり
「一般論では」とかね。
人は、みんな誰かの常識や価値観に囚われている。
それが社会という枠へのルートで近道で王道だから。

モラトリアム的な考えと言われてもいい。
他人の作った常識や何かは僕の常識じゃない。僕の一番の理解者で常識人は僕自身なのだから。 先ほどまでトイレの中でうずくまっていた僕はもういない。

 次の日の朝、昨日の決意を胸に少し考えていた。今日からは前向きに、ポジティブに考えるようにしよう。「笑う顔には福来たるというから」「ふふっ」我ながら上手いことを言ったなと感じて、思わず笑みが溢れた。久しぶりに作り笑いなんかじゃなくて、心から笑った気がする。僕はどこかで、自分なんかという思いに縛られていて人との間に壁を作っていたのかもしれない。

「よしっ。頑張ろう」一歩ずつで良いから前に進もう。こんな決意表明を自分自身にして今朝の僕は学校へ出かけた。通学途中の信号待ちでホスト風男性とその前にいたスーツ姿の綺麗な女性が「ハンカチ落としましたよ」「ありがとうございます」というありきたりやり取りをしていた。それを見て僕はつくづく思う。

   「人は外見ではない、中身だ」という人がいる。それは、転校してから日が経つのに誰一人友達がいない、こんな僕を見れば違うというのは誰にだってわかるはずだ。それに、この女性も拾った男性の容姿を少なからず気にしているようだったし、男性の方も綺麗な人が落としたから拾ったに決まっている。ひねくれた考えなのは分かってる。だけどこれが、僕が見た現実だ。現実はいつも人の想像の遥か斜めを行くのだし、何より僕は前より変わったつもりだ。

「ふぅ」僕は帰宅早々に少しぬるいお湯に浸かってリラックスして今日あった事を思い出していた。今朝、意気揚々と学校へ出かけた僕は、休憩時間に前から目を付けていたクラスのリーダー神田君に話しかける事にしていた。彼はやんちゃなタイプで女子人気も高い。そんな彼に気に入られれば一躍、クラスの仲間入り。
実を言うと、転校が決まった直後から、広島県民について下調べはばっちりしてある。
広島県民は地元のスポーツチームをよく応援するらしく会話はある程度、野球かサッカーの話で予想がついた。後は話しかけるだけだ。神田君の席へ向かって、席を立つ。その時、隣の席の女の子もタイミング良く立ち上がって肩がぶつかった。「ご、ごめん。よそ見してて」「別に」その子はそっけなくそう言うと教室から出て行った。「あの子の名前なんて言ったっけな」うーん、と頭を抱えて考えても思い出せない。はっ、として本来の目的を思い出した僕は、ぶつかった拍子に少し明後日の方を向いた机たちを整えてから目的の席に向かった。神田君が自分の方に向かってくる僕を睨むようにしてみている。少し怖かったけどこんな少しトゲのある感じも見習わなければと自分に言い聞かせながら神田君の真横に立った。そして深呼吸を一つついてから神田君に話しかけた。「あ、あのさ神田君! 」「あん?なんだよ!? 」

いや、前から口調が荒っぽいのは分かってはいたんだけど、いざ目の前にするとやっぱり怖い。
「き、昨日のカープ良かったよね!ほら、黒田の完封勝利でさ。やっぱ、カープは強いね。まさに優勝街道まっしぐらって感じだよ! 」出だしは好調だと思い控えめのガッツポーズをして返事を待っていると、低い声で淡々と神田君は話し出した。

「お前さ、おちょくってんのか?昨日の試合カープとどこが対戦してたよ」

「えっと、多分阪神だった気がする」

「多分?だった気がする?」威圧感丸出しで神田君が僕に迫ってくる。「俺はな、阪神ファンなの!分かる?阪神ファン!」なるほど。昨日、阪神が負けて悔しかったから機嫌が悪かったのか。
僕が話しかけたから不機嫌ってわけじゃなかったんだ。良かった。
どこか安心すると同時にクラスのリーダーに目を付けているどころか、逆に怒らせ目を付けられてしまった事に気づいてはっとした。「ど、どうしよう。不味いよこれ……」内心こんなに焦ったのは、小学生の時に生き物係をしていて、クラスで飼っていたセキセイインコを籠を閉め忘れてしまい逃がした時どう言い訳しようか迷った以来だ。
冷静になろう。うん。よし。何より重要なのは転校初日からクラスのリーダーの神田君に目をつけられるかも知れない事だ。とりあえず、謝って出直そう。「ごめん!神田君が阪神ファンだったなんて。知らなかった。ホントごめん!」「あ?謝って許すわけねぇだろ!放課後体育館裏に来いや!」
「えっなんで体育館裏?」「タイマンじゃ!タイマン!」気づけばクラス中の視線が僕等二人に集中していた。
「え、いや、ちょっ」キーンコーンカーンコーン。ガチャガチャ 「席に付くように! 」
僕の消え入りそうな声はチャイムの音と先生の声にかき消された。授業中僕はずっと考えていた。「行かなきゃ駄目だよ……ね。というか本格的にイジメられるかも知れないし行くしかない」
「長い物には巻かれろ。ってこの事かな」
一人、不安と戦いながら放課後を待った。

「分かったな!二度と生意気言うんじゃねえぞ!ペッ」
ピチャ。
「痛ってて」一方的ボコボコにされた。誰が見ても分かるくらいに。それに、ツバを顔にかけられたのは生まれて初めての経験だ。初めての体験をこんな、ヤンキーが呼び出しをする定番中の定番であろう体育館裏でするなんて、
全く思わなかった。全然、嬉しくないけどね。

まさか、自分がこんなドラマチックな目に合うなんて想像もしてなかったからショックは大きい。
「もう少し、腕っ節が強ければなぁ」神田君だって人間だし、スキだってあっただろうから一発くらいはやり返したかった。「シュッ、シュッ」下手なシャドーボクシングをしながら呟いていると、ガサガサと足音が聞こえてきた。
「ボコボコにされとるなぁ」 

しゃがみこんでいる姿勢の僕の真上には大きなそれでいて何とも爽やかな男が立っていた。
「えっと……君は?」僕がそう聞き返すと、男は言った。「神田が生意気な奴を放課後体育館裏で痛い目に遭わすって言って回っとるの聞いたんよ、ほんでな、最初は神田に喧嘩売るなんて大した奴がおるなって思ったんじゃ。でもいざ見に来てみたらこれじゃ」
なるほど。この、ひどく訛った広島弁を使う爽やか男子は要するに、野次馬をしに来たけど肝心のやり合う風景は見れなかったのか。
ってそうじゃない。
野次馬をしに来たこいつは誰だ?。
普通、こんな揉め事には首を突っ込みたがらないもんだろ。
 確かに、変わったやつだけど、背は高いし、顔は色白でアイドルみたいに整ってる。僕とは真逆のタイプだ。
いかにも、リアルはとても充実してます。みたいに見えて第一印象は最悪だった。こんな第一印象が最悪の男とまさか、高校生になってもつるんでいるとはね。想像もしてなかった。
「痛っっ」考えごとに夢中になってすっかり怪我のことを忘れていた。
ボコボコにされて、唇の横からは血が滲んでいた。それを見かねたのか目の前の男は、僕に向かってハンカチを手渡してくれた。
僕はそれを受け取ると、すぐに言った。
「ありがとう!あ、名前教えてよ。
転校してきたばかりなんだ」
男はあっけらかんとした表情で話す。「知っとるよ。有名人じゃしな。
高嶋輪。よろしく」え、僕が有名人?なんの事だろう。
聞きたい気持ちはあったけど今はやめておいた。

「分かった!高嶋君だね!明日には洗って返すよ」
「いや、いつでもええよ」
この日を境に、僕と高嶋君いや、輪とは仲を深めていった。

ある日の昼休み。
ドア付近に女子生徒がたむろしている。大方、輪のファンってとこだろう。やれやれ。
そう、あの日体育館裏で出会った日から、
毎日休み時間になると来てくれている。教室のある階も違うのに。そんな輪を一目見ようとこうして、ファンが集まって来るんだ。輪が毎日来てくれるから毎日。隣の芝生は青いってよく言うけど全然だった。輪はどうやら好きな子がいるらしくファンの子に手を振りながらもその子の話ばかりするんだ。そんな器用なこと僕には出来ないから。その子の話といえば、どこどこへデートに行きたいとか、告白はやっぱ男からかなとか、いわゆる恋話ばかり。「そんなに好きなら告白すれば良いのに。
輪なら絶対に成功すると思うけど」
いつも、僕がそう言って話は終わるから、具体的な名前は知らない。でも、何となく分かってるんだ。「輪の好みは僕と似てるから……」でも、その子の話しをしている時の輪は、
いつも輝いて見えるからいつも聞けずじまい、いや、本当は聞くのが怖いんだ色々な意味で。
ファンの子をあしらってから、購買へ向かおうとすると、女の子の呼び声が聞こえた。「輪ーーおっと、もう一人いたか!すまんね。はっはっは」
「いやいや、僕は輪の付き人か何かですか。確かに輪とは色々と段違いだけどさ……」話し終えると僕が落ち込む間も無くほぼ同時に輪が言った。
「おい春。今のはひどいで」
「えぇー?何がぁー?」
「ちゃんと、名前で呼んでやれって言ってんの」
女の子の名前は永田春。僕の隣のクラスで、輪の幼馴染。スポーツが得意で国体に出たこともあるらしい。今どきの女子高生といった風貌で、軽く巻いた髪を少し明るめの茶色に染めている。頬はいつも赤く、まるで生まれたての赤ん坊のように肌が白くて綺麗だ。中身は、いつも宿題を忘れてくるし、写させないと機嫌を悪くするわがままな所がある。まぁ、いつも写させてあげるんだけど。クラスに可愛らしく頼みに来られると健全な中学生男子としては弱いんだ。

「うんー何か分かったぁ……ってかこのパン固すぎ!」「いや、話きけよ! 」いつもの二人の会話。夫婦漫才みたいで、クスッとしてしまう。
僕からすると、こんな二人は、幼馴染以上の関係に見えて、僕が入ってはいけない距離があるような気がしてしまう。
「でも、それとなく関わってもいたいんだよなぁ……」
「誰と、話しとるん? 」春が何気なしに聞いてくる。一瞬、ドキッとした。


「は、春! ち、近いって! 」ドが付くくらいの至近距離で人の目を覗き込むように見つめながら話す癖のある春はこうやって僕をいつもドキマギさせてくる。「僕と春の心の距離もこんなに近いと良いのにな……」そう、心の中でつぶやく。
「イイじゃん、気にしない気にしない」結局、質問に答える間も無く春はルンルンな足取りで廊下をスキップしながら教室の方へ戻っていった。と、思ったら戻って来て、申し訳なさそうな顔をしながら言う。「そういえば、さっきはごめんね。今度からちゃんとするけぇ」エヘッっと笑って教室へ戻っていく春はいつもより数倍可愛かった。

購買に行った帰り道、僕は前から気になっていたことを聞いた。「そういえば輪、僕と初めて会った時のこと覚えてる? 」「ん?おう。覚えとるけど何かあるんか?」「いや、ほら僕の事有名人ってさ」「あぁーあれか。あれはな……」輪は整った顔を崩して笑いをこらえるのに必死な様子で、僕に話してくれる。
 つまりは、こういう事だった。
僕が、転校してきた日、自己紹介をしたあの朝の時間、僕はてっきりみんなが僕に関心がないように思っていたけど、それは違った。「すると僕の社会の窓は絶妙に空いていたんだね……」
「そう!あまりに絶妙過ぎてみんな笑いをこらえるの必死だったって。ぷっ」輪は笑い過ぎてお腹が今にも取れそうだ。でも、何でだろう。笑われて嬉しいわけじゃないのに、何だか清々しい。「そうか。みんな僕に関心がなかったわけじゃないんだ」僕はこれまでの事を振り返っていた。今、聞いた初日の事、髪型を笑われてトイレに逃げ込んだこと、神田君にボコボコにされた事、それで輪と仲良くなって春と知り合えた事。色々な事が頭を巡る。あの時の僕は、「僕なんて」そんな価値観で世界を決めていたんだ。そして自分の殻に閉じこもって、それで逃げていた。確かに、今の僕は前の僕とは違う、だけど過去があるから今の僕があるんだ。うやむやにしちゃいけない、切り捨てちゃダメなんだ。今の僕がいるのは過去の僕がいるおかげなんだから。僕は不思議と過去の自分の悪かった所を認められていた。これも輪のおかげだ。

僕はスキップしながら教室へ戻った。
教室へ戻った僕は、すぐさま自分の机についた。少ししてから、チャイムが鳴って、先生はいつも通り早足で教室に入ってきて学級委員に号令を指示していた。授業中なのに、僕は違うことに頭がいっぱいだった。「さっきはいい事に気がつけたなぁ、最初に比べたら進歩かも」呑気にそんな事を考えながら頬杖をついて窓の外を眺めていると、体操服姿の春がこっちを見て手を振っている。思わず振り返しそうになったけど、授業中なのに気づいて、手をずっと引っ込めた。春は僕が手を振り返してこないのが分かると、口を尖らせながら、何故か飛び跳ねていた。しばらく見ていると、さすがに授業中というのを思い出したのか、ハッとした表情をした後、
駆け足でグラウンドに向かっていく。僕は走っている春を見るのは、これが初めてでその美しいフォームに見惚れていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

痩せたがりの姫言(ひめごと)

エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。 姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。 だから「姫言」と書いてひめごと。 別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。 語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...