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第八話〜初恋・咲音side〜(回想)
しおりを挟む誰と付き合っても、どれだけ可愛い子に告白されたとしても、どうしても最初の恋愛が俺の心に影を落とす――
小澤澄依を初めて見たのは、母親が営む音楽教室のピアノの発表会だった。
市民会館の小ホール。
祖父母と共に、一番後ろの客席から言われた通りお行儀よくステージを眺めていた、当時小四の俺。
一番上の兄・結音兄ちゃんと二番目の兄・有音兄ちゃんと共に、次男は学校の制服姿、俺と長男はちょっと他所行きの服装に身を包んで。
ちなみに、俺達三兄弟はこの発表会には出ていない。
全員ピアノは習っていたけど、親だとどうしても甘えが出るからという母親の考えの元、よそのピアノ教室で習っていたから。
『プログラム◯番、貴婦人の乗馬・小澤澄依さん』
未就学児からスタートした今日のプログラム。
簡単な曲が続きちょっと退屈になってきた頃、前に弾いた事がある曲のアナウンスに、少しだけ興味が湧く。
ようやく姿勢を正した俺は、舞台袖から現れた一人の女の子に釘付けになった。
淡いピンク色のドレスに身を包み、緊張を全く感じさせない笑顔でお辞儀する澄依は、まるでお姫様かと思うくらい可愛くて。
肝心の演奏は……貴婦人の乗馬どころか、お散歩って感じだったけど。
最後の"やっちゃった、てへっ"みたいな笑顔も堪らなく可愛くて、舞台袖に捌けていく姿までしっかり目に焼き付けた。
「お母さん、今日貴婦人の乗馬弾いた子誰?」
寝る前に、キッチンで片付けをする母親にこっそり声をかけた。
「あぁ! スイちゃん? 小澤澄依ちゃんって言うお名前の子よ。そう言えば咲音と同じ歳だったわね」
「ふぅん」
歳同じなんだ。
へぇー。
オザワスイ……。
へぇー。
「なになに? 可愛いから好きになっちゃった!?」
「ち、ちがうっ!! 俺も前に弾いた事ある曲だから何となく覚えていただけ! それに、俺のが断然上手かったし!」
やたら目を輝かせて笑う母親に、ムキになって否定する。
「あらそう? 澄依ちゃんはねぇ……西小だから、中学生になったら会えるかもしれないわよ!」
「いやだから違うしっ!」
「はいはい、おやすみなさい」
変な事言うからせっかく風呂に入ったのにまた汗かいたじゃないか。
その日は興奮してなかなか寝付けなかった。
二番目の兄ちゃん、五歳上の有兄の部屋に『眠れない』と言って入ったけど、すぐに追い出されたのを今でもよく覚えている。
こんな時、結兄なら絶対話聞いてくれるのに。
今大学生の結兄はこの家にはいない。
だから仕方なく有兄の部屋に行ったのに。
有兄のケチ。
その次の年の発表会から、忙しい事を理由に結兄と有兄は観に来なくなった。
そして、そこには彼女の姿もなかった。
そのまた次の年、小学校最後の発表会、澄依は流行りの曲を楽しそうに弾いていた。
プログラムに彼女の名前を見つけた俺は、それはもう心が踊りまくったけど、その年の彼女はお姫様みたいな格好はしていなかった。
あんな制服みたいな格好より、絶対ドレスのが似合うのに。
母親曰く澄依はこれで最後の発表会で、辞めちゃうのは勿体ない、と。
でも母親の言った通り、彼女とは中学校が同じで、しかも隣のクラス。
もう認めるよ。
俺、あの時澄依の事好きになったんだ。
多分これが一目惚れってやつ。
だからと言って、付き合いたいとかそんな事までは考えていなかった。
だいたい付き合うって言ったって、何するのか分からないし。
見ているだけで満足していた中一の俺。
話せるだけで良かった中二の俺。
クラスが離れて話す事が出来なくなったせいなのか、まわりの友達に彼女がチラホラ出来たせいなのか、今までとは確実に違う欲が出てきた中三の俺。
ダメ元で誘った試合を観に来てくれた澄依を、ダメ元で次の試合にも誘う。
「次は彼女として」
「うん! って……え!?」
「ダメ?」
「ううん、ダメじゃないっ!」
「ほんと? 後からやっぱ嫌だって言うのはナシだからね?」
「うん!」
可愛い、可愛いが過ぎる。
初恋の女の子が初めての彼女――俺は確実に浮かれていた。
少しずつ近づいていく距離――唇を重ねてお互いに名前で呼び合う、そうしたら次は……。
『家に来るならOKて事だから押し倒しちゃえよ』
誰だよそんな事言った奴。
でも、澄依なら絶対嫌がらないと思っていた。
流石に最後まではしないにしても、いつもみたいに、いつもするキスみたいに、俺の事は全部受け入れてくれるって。
それに、いつもより胸の膨らみが強調されているのは気のせいじゃないよな?
こうなる事くらい、澄依だって分かって部屋に来たんだよな?
「いやっ! やだっ!!」
彼女の蹴りが俺の大事なところにスマッシュヒットした。
「うっ……」
当たった場所よりも下腹部がズキリと痛む。
しばらくの間、動けずにその場にうずくまっていた。
泣きながら出て行った彼女をすぐに追いかけようと思ったのに。
俺のあげたヘアゴムが、ベッドの上に虚しく転がっていた。
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