初恋の香りに誘われて

雪白ぐみ

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第七話〜彼の痛み〜

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「渡しておいて何だけどそれ捨てていいよ、もう古いし。あげたものだから何となく自分では出来なかっただけだから」

「そんなっ! 捨てないよ、絶対!!」

「あ、でも家で捨ててね。流石に学校のゴミ箱に捨てて偶然目についたら悲しいから」

 私の言葉など無いものとして彼は続ける。
 どうして、どうしてそんなに悲しい事を、笑いながら冗談みたいに言うの?


「捨てないよ、使う。いっぱい使う。これ、すごく気に入ってたの」


――そっか、良かった。

 下を向いた彼から何か聞こえたような気がしたけど、あまりに小さな声過ぎて聞き取れなかった。

「この後ってまた授業?」

「ううん、さっき華奈ちゃんから連絡来て、三限休講になったんだって。だから私は家に帰ろうと思って」

 華奈ちゃんは他にも『ごゆっくり』と意味深な事をハートマーク付きで送ってきたけど、そんなんじゃないのにな。


「じゃあ、お茶それ飲んだら駅まで送る」

「うん、ありがとう。でも青山君授業は?」

「俺は次の四限まで時間あるから。あ、でもちょっと待って。駅の方の空真っ黒。もしかしたらこの後すぐ大雨降るかも」

 戸締まりの為にベランダの窓を確認しながら青山君が言う。

「えーうそ? 本当だ!」

 カーテン越しでも分かるくらい、駅の方向である西の空がどんよりしていた。

「お天気アプリ見てみるからちょっと待って……あーやっぱりもう降り出すみたい。少し時間ずらす? 帰り遅くなっても平気?」

「うん、帰りの時間は大丈夫だけど……」

「さっきも言ったけど、そんなに警戒しないで。心配しなくても何もしないから」

「そういうわけじゃ」

「あ、でもこれ以上二人きりでいるのがキモいとか、しんどいとかあるなら俺どこか行くよ。反対側友達のアパートだし。小澤はここで時間潰してていいからさ」


 何て答えたら良いのか分からなかった。
 さっきといい、自虐混じりの冗談にしては、彼の笑顔があまりにも辛そうで寂しそうに見える。

 そんな風に悲しそうに笑う彼を見て、ようやく気がついた。

 あの時、自分が一番傷ついた気になっていたけど、本当は同じように、ううん、もしかしたら私以上に彼は傷ついていたのかもしれない。
 彼を傷つけたのは、他の誰でも無い私自身なわけで。

 今頃になってその事に気づくなんて……。


「青山君をキモいなんて思った事一度もないよ。だからそんな言い方しないで」

 猜疑心の塊のような苦笑いを見せ「よく言う……」と彼は呟いた。

「本当だよ!」

 信じて。
 あんな事した私が言っても説得力はないかもしれないけど。


「じゃあ……じゃあ俺とキス出来る? 出来ないでしょ?」

「え……?」

「ごめん冗談。嘘。今のは忘れて」

「出来る! 出来るよ!!」

 どうしてこんな事言っちゃったんだろう。
 言った後すぐに大きな後悔が押し寄せた。







 多分私は間違えた。
 多分じゃない、絶対間違えた。
 しかも

 どうしてあんな事言ってしまったのだろう。
 あの言葉は、彼の言う通り話の流れで出た冗談に決まってるのに。
 あれはきっと冗談で返すのが正解だったやつ。


「あ、すごい雨。やっぱり降ってきた」

 私の軽はずみな言葉は、初めから聞こえていなかったかのように、彼の自然なスルーによって無かったものにされた。

「本当だね」

 だから私も、何も無かったように振る舞う。
 突然降り出した大雨と共に、さっきの言葉も綺麗さっぱり流れて行く。
 降りしきる荒々しい雨音だけが、無言の部屋に響いていた――
 






 薄墨色の雲が去り、急に降り出した雨が止んだ後、青山君は約束通り駅まで送ってくれた。

 帰り道は駅までこのアパートから徒歩二十分、ブルーグリーンのお洒落でかっこいい自転車を押しながら、彼は車道側を歩いた。

 当たり障りのない会話、所謂中身のない会話を交わしながら。







「小澤、今日会えて良かった。気がかりもこれで無くなったし」

「ずっと大切に持っていてくれてありがとう」

「いや、こっちこそ色々ごめんな。これでやっと――に出来る」

 駅の雑踏に紛れる彼の言葉。

「えっ? ごめん、最後の方聞こえなかった」

「最後のは独り言。じゃ、気をつけてな!」


 電車に揺られながら、別れ際に言われた言葉が頭の中でこだまする。

 何が『出来る』の? 
 これでやっとって、どういう意味?
『色々ごめんな』
 謝ってくれたけど、謝らなきゃいけないのは私の方。
 謝らないで欲しい。
 青山君に謝られると、二人の楽しかった思い出まで消さなくちゃいけないような気になって、鼻の奥がツンと痛くなる。



 その日を境に、彼から連絡が来る事はなくなった。

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