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第二十二話〜金木犀の想い出③〜
しおりを挟む「もっと一緒にいたいけど、暗くなる前に送る」
「あ、今日はお兄ちゃんに近くまで送ってもらったの。帰りも迎え来てくれるって言ってたから大丈夫だよ」
「そうなの?」
「うん。じゃあ今のうちに連絡しておこうかな」
通信アプリを開き、お兄ちゃんにメッセージを送る。
すぐ既読がついて、一時間ちょっとでさっきのコンビニまで迎えに来てくれる事になった。
お兄ちゃんが迎えに来るまでの時間は、一秒たりとも無駄にする事は出来ない。
身体が離れてしまったのは寂しいけれど、こうして隣で手を繋ぎ身体を寄せ合うだけで幸せを感じる。
少しだけ触れている肩がやけに熱い。
肌寒かったエアコンの温度も今となってはちょうど良いくらいだ。
そうだ。
今の内にたくさんお喋りして、気になっている事もついでに聞いておこう。
「サキ君、聞いてもいい?」
「何?」
「玄関の暗証番号が私の誕生日なのはどうして?」
「それは……大好きな子の誕生日だから……それだけは絶対忘れない特別な数字だから」
耳まで真っ赤になったサキ君は、「前田絶対許さねぇ」を呪文でも唱えるかのように小声で復唱してる。
私はどちらかと言うと、前田君に感謝してるけどなぁ。
「そんな風に言ってもらえてすごく嬉しい。ありがとう」
お礼の気持ちを表したくて、今度は私からギュッと彼に抱きつくと、サキ君もギュッと抱きしめ返してくれた。
「あと一ついい? サキ君っていつもすごい良い匂いするけど、何か香水とか付けてるの?」
「あぁ……これとか、これ付けてる」
すぐ隣の本棚に手を伸ばしたサキ君は、コロンとした小さな容器と小瓶を手に取り私に手渡した。
「何これ~うさぎだ! 容器も可愛い! こっちは舞妓さん? こんなに可愛いやつどこに売ってるの?」
「俺はネットで買ってるけど、これ本当は女性用なのかな? でも好きな匂いだからつけてる」
サキ君がうさぎの容器を開けると、甘くて柔らかい匂いがフワッと香る。
「良い匂いだね。でもこれどこかで似たようなの嗅いだ事あるんだけど、どこだろう?」
「中学校の体育館って言えば分かる?」
「あー! もしかして金木犀?」
「思い出した? 俺とスイが初めてキスした場所」
「なんかサキ君って、暗証番号といい、けっこうロマンチストだよね」
「何ダメなん?」
今日のサキ君はよく拗ねる。
それだけ私に気を許してる証拠なのかもしれない。
「ふふ。違うよ、嬉しいの!」
「それあげる。使いかけで悪いけど。気に入ったら新しいのプレゼントするから」
「いいの? サキ君と同じ香りだ! いつも一緒にいるみたいで嬉しい!」
「スイって何気に天然小悪魔だよね」
そう言ったサキ君は、視線を外して息を吐くように苦笑いを浮かべた。
*
「本当にコンビニまで送らなくていいの?」
「うん、目の前だから。それより早く治して、夏休み中にどこか一緒に遊び行こう?」
「分かった。秒で治す」
「うん、秒で治してね」
じゃあお大事にね、それだけ最後に伝えて玄関を開けようとした時――呼び止められて振り返ると、もう一度柔らかい唇が重なった。
ただ触れ合うだけの優しいキスなのに、こんなに離れ難い気持ちになったのは、生まれて初めてだった。
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