騎士の勇気・世界樹の願い

影葉 柚希

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8章(ラスト)

58話「勝利の後に知る本当の答え」

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 静かな世界だとアガルダは思った。運命の者達との戦いを経てアガルダは討たれてこの世界へとやってきた。
 周囲には何もない、あるのはただ自分の事を待ってくれていたであろう世界樹の姿のみ。世界樹の姿はフェランド達の見た世界樹とは異なっていた。
 水晶の少女の姿がなく、水晶は空の状態になっている。そして、アガルダはその空の水晶に近寄る為に足を1歩踏み出す。
『……』
『もういいのですか?』
『俺は貴女の中にいられればそれだけでいい。もう何処にも行かないで、永遠に貴女の中で眠り続ける事が出来ればそれだけでいいんだ』
『アガルダ、私を恨んではいないのですか?』
『……恨んだ時もある。だが、こうして自分の運命が定まり、そして討たれた時にようやく解き放たれて嬉しかった。貴女の元に帰れる、それだけなのに心と魂は満ち溢れていた』
『貴方が、アガルダが存在した事でオルガスタン大陸の未来を定める事は出来ました。ですが、それはあくまでオルガスタン大陸の未来を定めたに過ぎないのです』
『それじゃ……まだあの者達には試練が?』
 アガルダは背後にいるだろう女性に振り向く。そこには青白い髪の色を持って、アガルダと同じ深紅の瞳をも持つ女性はアガルダにそっと近寄り腕を伸ばす。
 その腕を拒まないアガルダにそっと女性は抱き締めて涙を流す。それはまるで愛おしい我が子に再会した母親の様な涙だとアガルダは感じていた。
 この女性は世界樹の本当の姿であり、アガルダの母としての姿である。この女性はフェランド達の前に姿を見せる事はないだろう。
『アガルダ……貴方の事を迎えに行けなかった私を許して……』
『フェインは悪くはない……全ては運命に従う事のしなかった私の愚かさが原因だ』
『私が貴方にちゃんと向き合っていれば貴方もこんな苦しい時間を過ごしたりしなかった。世界樹と魔神の関係性をちゃんと伝えていれば』
 フェインと呼ばれた女性の頬を大粒の涙が流れ落ちる。アガルダはその涙をそっと拭ってそっとフェインの唇を奪う。
 求め合う様に何回も口付けを交わすアガルダとフェインはそのまま別れの時を迎える。フェインの涙が止まったのを確認してアガルダは身体を離す。
 そして、フェインを見つめてそっと告げる。
『フェイン……これからは夢の中で一緒だ』
『アガルダっ』
『貴女の中で永遠に眠りながら貴女の愛を受け入れる。もう俺に悲しみはない』
 アガルダはフェインに背を向けて空の水晶に手を添える。そのまま水晶の中にアガルダの身体が吸い込まれてフェランド達の世界の水晶の状態になる。
 少女の身体の代わりにアガルダの身体が水晶に補完される。これが世界樹の願いでもあったのだろうかとアガルダの姿をフェインは見つめるしか出来ない。
 フェインの瞳にはアガルダの眠る姿が、見ている夢が見えている。今はただ魂の形を歪にしてしまっている傷痕を癒す為に眠ればいい。
 フェランドやガイアの様な世界樹の希望を担ってくれた者達がきっと、アガルダの傷を癒し、そして、オルガスタン大陸の未来を安定させる。それこそがアガルダが世界樹の中に帰りたいと願った一番の答えなのである。
――――
「フェランド、身体は大丈夫?」
「うん、まだ動くのには時間が掛かるけれど身体全体は元気だよ」
「ガイアの方も同じだってジェイドとイシュが話していたぜ。でも、これからどうなるんだろうなこのオルガスタン大陸は」
「世界樹の力が広がると思う。そしたらアガルダのマナも消えて大地にもマナが回復してくると思うんだ」
「でも、スジエルやオルターナは人がいない……ガイアやフェランドはどうするの?」
「人狼の里に来るか?」
「俺は、俺達は旅立とうと思っている。このオルガスタン大陸から」
 簡易ベッドに横たわっているフェランドの世話をしていたルプスとヴォルグにフェランドはそう告げる。2人ともフェランドがそう告げるのを本能的な直感で感じ取っていたのだろう、あまり驚きを見せる事はなかった。
 だが、そこにルシスが姿を見せて衝撃な事実を伝えてきた。ルシスはあるマナの結晶体の欠片をフェランドに差し出す。
「これは?」
「世界樹の中心にある水晶の欠片です。フェランド様のお力を込めてはもらえませんか?」
「込める……こんな感じかな」
 差し出された欠片を握り締めて体内の秩序の力を注ぐイメージで込めていく。すると欠片が淡い光に満ちて輝きを増させていく。
 フェランドやルプス、ヴォルグもその輝きに驚きながらもフェランドは欠片をルシスに返す。ルシスはその欠片をもう1つ取り出す。
「あ、もう1個?」
「いえ、こちらは私の魔の力を込めます。……これでいい」
「一体何に使うんだ? ましてや世界樹の水晶の欠片ってあんまりよくないんじゃ……」
「これをスジエルの大地に埋め込めば死んだ方々を蘇らせる事が叶います」
「それって……可能なの?」
「本当なら世界樹の力を受けた方々の血や力がかなり必要な行為なのですが、この世界樹の欠片を使う事でそれを補います。全体的な回復や蘇生は叶いませんが、国1つ分ならこの欠片だけで行けますね」
 ルシスの言葉にフェランドもルプスもヴォルグも嬉しさに満ちた笑顔を浮かべる。スジエルだけでも生き返れば、オルガスタン大陸の人々にはかなり救いの希望国に本当の意味でなるだろうからと思ったからだ。
 ルシスの元にヴェレネットが姿を見せてフェランドを驚かせた。アガルダの元にいた頃は気付かなかったが彼女の美しさにはアガルダも虜になるだろうと思わせる美しさがあったからだ。
「こちらをお持ちしました」
「これは……ガイアからの手紙?」
「まだ満足に起き上がれないので言葉を交わせないからとお手紙を。文字が汚いのは許せと仰られていました」
「ガイアのやつ、寝ながら書いたとかじゃないか?」
「ガイアならやり兼ねないよね。ありがとうございますヴェレネット様」
「あ、いえ……」
「?、どうかされましたか?」
「っ」
「驚かれているのですよ。アガルダの巫女だった時はフェランド様に酷い事をしてきたからと自責の念をお持ちな方なので、こんなに普通にしてもらえる事に驚いているだけです」
「あぁ。そんな事気にしなくていいですよ。だって今のヴェレネット様はルシスと一緒にこうして、俺達の事を助けてくれている。それでチャラですから」
 フェランドがそう言って微笑みを向けるとヴェレネットは双眸を大きく開いてすぐにルシスの背に隠れて泣いてしまう。自分のしてきた事をこんな小さな事で許すフェランドに驚きと感謝が入り乱れて泣いてしまったらしい。
 そんなフェランドにガイアが書いてきた手紙を見るのは1人の時にしようと考えて、とりあえずルシスの言葉を聞いていた。そして、夜になって1人になったフェランドは昼間にヴェレネットが届けてくれたガイアの手紙をそっと開く。
 フェランドの身体の心配から始まり、今後の事を書いていたり、スジエルに希望が戻る事が書かれていたりとガイアらしい長文で書かれている事にフェランドは微笑んでいた。早く一緒に過ごしたい事も考えたが、今体調面ではガイアの方があまり思わしくないのだとルシスは言っていたのを思い出す。
 魂の解放は前世の魂の繋がりが深ければ深い程に器の体力などをかなり消費するとバルシスからも説明されている。そして、ガイアはコーネルドの魂の深さが本来の深さよりも深かった。
 結果、ガイアの体力は瀕死レベルにまで削られてしまっていたのである。ガラハッドの魂を持っていたフェランドがこのレベルじゃなかったのは、アガルダの魂を受け入れていたからだともルシスの見解で深さが無かったのだと伺える。
「ガイア、俺が動ける様になったら俺がお世話してあげるからな」
 静かなテントの中でフェランドはそう呟く。そして、フェランドが立ち上がるまでの回復をした頃に、ガイアはようやく身体を起こせるまでに回復していた。
 ガイアの世話をしていたイシュとジェイドがお見舞いにきたフェランドを迎え入れる。身体を起こして本を読んでいたガイアが顔を上げてフェランドを見て微笑みを浮かべる。
「回復したんだな」
「ガイアはまた本ばっかり読んで。回復が鈍くなるよ?」
「言ってやってよフェランド。ガイアったら全然僕達の言う事聞かないんだから」
「ガイア様のお身体を考えているのに、全く請け合ってもらえないのです」
「寝てばかりじゃ身体にも悪いだろうがって何回言えば分かるんだよ」
「でも、実際寝ていないと回復遅いよ確かに俺達の身体。前みたいな回復速度には戻れてない」
 フェランドが実際の体感で感じた事を口にすればジェイドがガイアから本を奪い取り、イシュが素早くガイアをベッドに寝かせる。ガイアは溜め息を吐き出して渋々横になるがフェランドがそのガイアの手を握って優しく告げる。
「俺が傍にいるから、それなら本が無くても平気だろ?」
「煩いかも知れないぜ? あまりにも暇過ぎて」
「その時は黙らせる。物理的に」
「フェランド、少しガイアを見てて。イシュとお昼ご飯の準備してくるから」
「行って参ります」
「うん、お願いします」
 ジェイドとイシュがテントから出てガイアは天井を見上げたままポツリと呟く。それは手紙にも書かれていたがコーネルドの魂についての言葉だった。
「コーネルドの魂は成仏出来てないと思う」
「手紙に書いていた通り、世界樹の元に向かったって事か」
「ガラハッドの魂を成仏させて、コーネルドの魂もそれについていくだろうと思ったら、コーネルドの魂は光じゃなくて異空間に飲まれたんだ」
「俺の方は光に導かれていた……。やっぱりもう一度俺達は世界樹の元に行かないとダメなんだろうね。そして、真実を知るべきなんだ」
「怖い、な……」
「大丈夫。俺が傍にいるよ」
 ガイアの不安を取り除く様にそっと口付けるフェランドに、ガイアも心無し安心した様子を見せる。そして、同時にガイアの苦しみすらもフェランドは取り除いていた事をフェランド本人は知らないままで傍に居続けていたのである――――。
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