最強竜騎士と狩人の物語

影葉 柚樹

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原始の竜編

5話「召喚されし破壊竜バハムート」

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 ヴァンキンの足止め班に入っているハルトの身体中には無数の鱗が突き刺さっている、それはヴァンキンの身体から放たれたドラゴンの鱗で、それ自体に威力はないのだが傷口を広げて出血をさせる作用はあるらしく、貧血に近い状態でハルトは弓で矢をヴァンキンに放ち続けている。
 ここで足止めを少しでも長く、1秒でも長く、する事でナルミラの犠牲を無にしない為の、勝利をもたらす破壊竜バハムートの召喚が成功する確率が上がる。
 最愛のパートナーであり、最強の竜騎士のアルスの為にもここで死んだとしても足止めは成功させる、ハンターとしての意地もあれば人間の1人として負けるつもりはハルトにはない。
 他の人間達も攻撃の手を緩めない、死ぬ可能性の高いこの足止めの部隊で戦う事が最後の死に場所だと悟っているかの様に、全力でヴァンキンの動きを止めていた。
 ハルトの脳裏にアルスの顔が思い浮かぶ、最後に笑顔を見れれば心残りもないのだがそれでも浮かんでくるのは真剣な表情で自分を見つめてくるアルスのみ。
 死ねないな、そう考えているのは心の余裕がまだあるからだとハルトは考えている、それじゃ不意打ちを食らって呆気なく死んでしまうだろうに、アルスならそう言うだろう。

「ヴァンキンの動きが変わったぞ!」
「警戒しろ! 動きに要注意だ!」
「……何かを伺っている?」

 ハンター達の攻撃を受けながらも傷1つ負わないヴァンキンは静かに空中に停滞しながらも、翼を大きく動かして時々鱗を竜騎士やハンター達に当てているだけの動きしかしなかった、しかし、今のヴァンキンは何かを探っているかの様に視線をウロウロとさせて辺りを警戒している。
 ハルトは鱗を抜き取り軽く治癒魔法を掛けて出血を最小限にしてから、ヴァンキンの動きを用心深く観察する、何かを探しているのは明らかだと言っていい。
 「卵」を探していると気付いたのはヴァンキンの身体に赤い気が纏わり始めて、周辺の生物たちから生気が奪われていくのに気付いてからだ。
 ハンター達や竜騎士達はその赤い気に触れない様に回避していたが、触れた仲間達がたちまちミイラのように骨と皮に変わったのを見て、全員が警戒を強める。
 ハルトはその赤い気がナルミラに向けられるのを避ける為に囮になるつもりで動こうとした時、ナルミラの大時計台が大きな音を立てて時間を知らせる。
 気付けば予定の時間である1時間を過ぎようとしていたのと同時に、ナルミラから強大な光りが空に放たれる。

「いよいよか!」
「死ななかったぞ俺達! 行くぞ!」
「……アルス……お願い、勝って……」

 満身創痍の仲間を支え合いながら戦地を脱出する者達はナルミラの広場へと向かう、ヴァンキンもナルミラの広場に目的の「卵」がある事に気付き、大きく空に上がって移動を再開、迫り始めていた。
 その頃のナルミラの広場は物凄い魔力の波長で周囲が青白い光りに包まれていた、「原始の竜」の「卵」はその波長に包まれて喜んでいるかの様に脈を打っている。
 アルスは解放されていく魔力を練り合わせて破壊竜バハムート召喚のスペル(呪文)を唱えた、そして完成と同時に空に右手を伸ばし聖槍アーノルドを中心に柱の光りを形成、柱が揃ったと同時に暗雲が包んでいたナルミラの上空に切り裂かれた光りが差し込み……強大な力を持つ破壊竜バハムートが姿を徐々に見せ始める。
 ヴァンキンもバハムートの姿に気付き、動きを止めてバハムートの方に身体を向けた……鱗を逆立て怒りと警戒を露わにし、攻撃を始める。
 黒いブレスをする為に口元に黒煙を集め始めるヴァンキンの姿に、足止めしていた者達は息を飲む、まだバハムートの召喚は終わり切っていないのではないかとの不安と共にナルミラにいる者達の安否に心が焦りを覚え始める。

「大丈夫なのか!?」
「このままだと攻撃受けるぞ!」
「急いでくれ竜騎士!」
「ナルミラを、皆を守ってくれ!」
「……大丈夫、だ……そうだろアルス」

 ハルトが小さく息を飲んだ瞬間にヴァンキンのブレスがバハムートの身体を貫いた……様に見えたが実際は貫きもしなければ弾かれていると分かったのはブレスが終わり切る前にバハムートの翼で生まれた風がブレスを薙ぎ払ったからだ。
 だが、アルスはそんなバハムートの身体に向かって飛ぶ為にルーピンに乗り上げてナルミラの広場を後にしている、姿が確認出来たのはバハムートの身体が悍ましい爆炎に包まれて炎が地上に降り注いだ事によって空を見上げたからだ。
 アルスにハルトの元に行けと言われたのだろうルーピンがハルトの前に降り立つ、ルピナス色の鱗には爆炎で焼けた痕が薄っすらと残っているが大して影響は無い様に見えた。

「ルーピン、大丈夫?」
『キュウン。グオッ!』
「乗れって事? でも僕の身体から出た血が君を汚してしまう。大丈夫、僕は逃げ切る自信あるからルーピンも安全な場所に行くんだ」
「あんちゃん、お前さんはあのバハムートの召喚を担当している竜騎士のパートナーだろ? ここにいつまでもいたら死んじまう。手当ても兼ねて先に行きな? 俺達は思った以上に怪我はしてねぇけれど、あんちゃんは先頭に立って囮になってくれていたから怪我が酷ぇ、手当てが最優先だ」
「でも……」
「その竜騎士の愛竜が迎えに来たのはきっと言われたからじゃねぇと思うぜ。愛竜は本当に愛情深い人間には心を開くって友人の竜騎士に聞いた事ある。きっとあんちゃんに心を開いているから迎えに来たんだ。乗っていけや」

 近くにいたハンターに無理矢理ルーピンの背中に乗せられてしまったハルトは、ルーピンが乗ったのと同時に翼を広げて飛び立ったのを受けて、落ちない様に背中に張り付く。
 このままナルミラの広場に戻ったハルトの手当てを担当してくれた女性ハンターが状況を説明してくれる、それはハルトの思っていた以上の状況ではあるのは知る事が出来た。
 破壊竜バハムートは眼を持っていない状態で召喚された、その眼の代わりをアルスがしに向かい合流を果たし今ヴァンキンとのバトルに備えている事を伝えられる。
 ハルトの脳裏にはアルスが気高く、凛々しく、バハムートと一体化している姿が想像出来る、それだけアルスの傍にいたからこそ考えれる。

「これで大丈夫。さぁ、ここも危険です。安全な場所に避難されて下さい」
「分かりました。ルーピン」
『グォン!』

 再びルーピンの背に乗ったハルトはルーピンが本能的に安全だと思っている場所まで飛んでもらって避難する、そして空を見上げて瞳を細めた。
 破壊竜バハムートはその全貌をそろりそろりと見せ始めている、だが、まだ完全に姿がこのアルガスト大陸の上空に現れた訳じゃない。
 アルスが誘導しているのだろうがヴァンキンが何回でも攻撃を仕掛けているのを眺めていると、ヴァンキンとバハムートは親と子の大きさの差があるので可愛らしい攻撃に思えてしまう。
 バハムートの口に豪炎が集まり始める、攻撃が始まると誰もが思って身構えるとバハムートはその豪炎を飲み込み自分の体内に宿して威力を高めているのが伺える。

「いよいよ本攻撃か……?」
「バハムートはヴァンキンを倒せるのだろうか……」
「……ルーピンなら信じる? アルスの事」
『グンゥン!』
「だよね。大丈夫……アルスなら、きっと……」

 ハルトの双眸がバハムートの身体を覆い隠している雲に向けられる、その雲は自我を持っているかの様に動きが遅いが確実にバハムートの身体から離れて行き消えていく。
 いよいよ破壊竜バハムートは動きを見せ始めた、大きな身体はかなりの広さを誇るアルガスト大陸の上空で影を生み出し海の波を荒くさせ、空気を震わせて暴風を生み出す。
 羽根が上下に動くだけで大地が裂けて地割れを引き起こし陥没するエリアも出ている、それだけの強大な身体と魔力と巨体を持つバハムートは頭に乗っているだろう竜騎士アルスの言葉を頼りに目的の相手であるヴァンキンへと向き合う。
 いよいよと傷1つ付けれなかったヴァンキンと破壊竜バハムートは向き合ったと同時に、お互いの口元に爆炎と漆黒の球体を集め始める、これがぶつかり合えば普通に周囲は塵へと変わり果てるだろう。
 それだけの威力と強さを感じれる、皆が安全地帯に避難しているのを願ってハルトは小さな願いを心の中で祈った、「アルスの力が通じます」ようにと。
 ヴァンキンが漆黒の球体をブレスに変えてバハムートの身体を目掛けて吐き出す、威力的に今までの攻撃は比にならない程の威力を持っているのだろう、放たれた瞬間に周辺は無へと変わった。
 バハムートの身体を貫いたかと思われた漆黒ブレスはまたも翼の動きで塵になって相殺される、そして、バハムートの爆炎のブレスがヴァンキンに向かって放たれる。
 ジリジリと焼き付くす爆炎のブレスがヴァンキンとその周囲の植物や大地を焼き付くした、ヴァンキンは翼が焼き落とされて大地に落下するがまだ生きているしそんなにダメージを食らっている様には見えなかった。

「やはりバハムートの攻撃でも無傷かよ!」
「このままでは周囲だけじゃない、この一帯が塵になるぞ!」
「死にてぇんじゃねぇんだぞ俺達は!」
『キュオォン』
「アルス……!」

 ハルトの願いは届くのか、そして破壊竜バハムートはヴァンキンを倒せるのだろうか。
 そして、アルスはバハムートとの一体化に成功したのだろうか。
 「原始の竜」の「卵」はどうアルスを見ているのだろうか――――。
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