シリーズ 愉快なQちゃん -わが母の記ー

松澤 康廣

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ああ、こりゃ、こりゃ

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 神奈川県立相模原公園リリちゃん橋前の広場は、本日のお目当て、オータムフェスティバルの主会場に向かう人々の通過場所と化していた。祭り囃子が休憩に入ったからだ。
 そのお囃子の開催場所から10mほど離れたところに、小さなテントがあった。ご婦人が二人、血圧を測っていた。待ち人はいない。

「おばあちゃん、測ってみませんか?きっと、いい結果が出ると思いますよ。顔色もいいし」
 若い男性の調査員が声をかけてきた。おだてられちゃあ、寄らないわけにもいくまい。
「折角だから、測るよ」と私。
「いい結果が出るって言っているんだから、測らなくていいよ」とQちゃん。右手を横に振って拒否の姿勢を示す。
「まあまあ」と私。
 理屈っぽいのはいつもどおり。特に強く抵抗しているわけではない、と私は都合よく判断する。他にすることもないし。
 直ぐに番は回ってきた。
 長机に血圧計と握力計が乗っている。Qちゃんはその前に座っている。

「こうして持って。そうそう、いい具合ですねえ。こうやって、力を入れて」
 調査員の丁寧な実践説明で、Qちゃんは迷うことなく握力を測ることができた。
 次は血圧。
 こちらは家で毎日測っているから、まあ、測らなくてもいいんだけれども。

 Qちゃんの血圧は上が131mmHg、下が64mmHgであった。握力の方は、右が7.5kg、左が6kgだった。 

「100歳以上の方のデータはないんですよ」
 県立体育センターの職員と名乗る男性の調査員が、ピンク色の測定結果記録票を片手で私に見せながら、言った。
 これでは意味がない、と私は思う。
「貴重なデータとして、残させていただきます」と調査員は言った。
 なるほど、これは相当意味がある、と私は思いなおす。失礼しました。

 調査員は私たちに渡すための記録用紙と彼らの保存用のための記録用紙の2枚に数字を記入した。1枚を私に渡し、もう1枚を丁寧に二つ折りして、彼の傍にある箱の中に置いた。

「どうです。息子さんも測ってみませんか」と、調査員は微かな微笑を伴う、すこぶる温和な顔を私の方に向けて言った。
 Qちゃんがお役に立てたことで機嫌がよい私は、握力について特に自信がないわけでもないので,測ることにした。
 結果は右が28kg、左が30kgだった。

「あなたの握力は80歳の方の平均より5kgも低いですよ。それ以上の年齢のデータはないですから、85歳か90歳かそれ以上か……」

 そのあと、男の人はどうしたら握力が取り戻せるか、長い説明に入った。
「お風呂でやるのが一番いいですよ。てぬぐいをこう握ってですねえ、こう絞るんですよ……」

 私がいけないのだが、ついでに測って、その結果が悪くって、こういう話を聞くはめになって、気持ちの準備がないから、話がちっとも入らない。

「データがない」でQちゃんは役に立ち、「データがない」で私は落ち込んで……。気分は……ああ、こりゃ、こりゃ。

 お囃子が聞こえてくる。
 祭り囃子だ。
 完全に……ああ、こりゃ、こりゃ、だ。

            ブログ「Qちゃん 103歳 おでかけですよー」より 改稿

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