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第三章 振り回されるもの

12 賢者さんが一生懸命説明してくれたよ!

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 賢者さんの親友が、余命宣告を受けるような病に罹ってしまったこと。
 治療するには、とても複雑な魔法を構築しなければならないこと。
 その魔法の前提条件の一つに、協力者には自身の名前を含めた詳しい話をしてはいけないこと。
「魔法に関して話せるのはここまでだ。次に、俺の話だが……。カナメがいた世界は、地球と呼ばれる星じゃなかったか?」
 オレは頷き、日本の都心近くに住んでいたことや、日本の通貨、常識、食事なんかを話した。
 米の話をすると、賢者さんは目を閉じて天井を仰いだ。
「ああ、白米……。この世界には無いんだよ」
 そういえば、食事は殆ど洋食というか、主食がパンだった。
「魔法でなんとかできないんですか」
「何度かやってみたが、ほぼ毎食食べていたくせに俺は白米について無知過ぎた。どうしても再現できないんだ」
「って、まさか、賢者さん」
「そうだ。俺も日本からこの世界に来た。俺の場合は転生だがな」

 賢者さんは日本で若くして亡くなった後、この世界に転生したそうだ。

「これは詳しく話せる部分なんだが、関係のない部分でもある。それでも聞きたいと……」
「聞きたいです!」
 食い気味に返事すると、賢者さんはまた苦笑いを浮かべた。
「日本での名前は……これも言えないか。大学を出たは良いが就職超氷河期時代ってやつでな。親は健在だったが成人してから頼るのも情けないから、一人暮らしでバイトで食いつないでた」
 耳が痛かった。
 オレ自身、大学へは行くつもりだったが、その後のことなんて全く考えていなかった。
 就職活動がだめなら親父が社長をやっている会社に入れば良い。
 お袋のコネで芸能人になるっていう手もある。
 そんな風に考えていた自分がいかに甘いか、賢者さんの人生を聞いて考えさせられた。
「で、ビルの窓拭きのバイト中に、事故で……。それが日本での最後の記憶だ」
 賢者さんは一旦話を区切り、お茶を一口飲んだ。オレも、言われたことや考えたことを整理するためにお茶を口にした。
 お茶がこの世界でよく飲むような紅茶ではなく、麦茶っぽいのは、賢者さんの記憶から作り出したせいだろうか。
「俺の前世はそんなもんだな。この世界での俺は、物心ついたときには、日本からこの世界に転生し、所謂チート級の魔力を持ってることを自覚していた。無闇に他言するようなものじゃないことも理解していたよ」
 例えばオレが日本にいて、賢者さんみたいな大人が真面目くさった顔で「自分は異世界から転生してきた」なんて言い出しても、中二病か頭がアレな方かな、と本気で受け取らない。
 オレ自身、自分の怪我を魔法で治療してもらってなかったら、ここが異世界だとはすんなり受け入れていなかっただろう。
「俺にとっては、前の世界は前の世界、今の世界は今の世界だ。今の世界で俺は平民の子として生まれ育った。でも、チートのせいだか何だかわからないが、俺の親友になる奴が重い病に罹ることと、それの治療方法を、物心ついたときから知ってたんだ」
「未来が見えた、って感じですか?」
「少し違うな。誰が俺の親友になるのかは、実際にそいつが病気に罹るまで知らなかった。俺の親友が病に罹るって解ってるんだから、親友なんて作らないつもりだった。でも、仲間ってのは親友と同義だったんだよ」
「仲間?」
「魔伐者……の説明は、聞いているか?」
「わかりませんけど、なんとなく意味はわかります。魔物を倒す人ですよね」
「その通りだ。魔物ってのは強いから、大抵は仲間と組んで相手する。俺はこの魔力があるから、最初は一人でやってたんだけどな」
 賢者さんは左手のひらを上に向けて、ぼうっ、と黒い炎を出してみせた。
 炎から熱さは感じないが、触っちゃ拙いということだけはオレにもわかった。
 オレが思わず身を引いていると、賢者さんは「悪い、驚かせた」といって炎を消してくれた。
「ある日、いつものように魔物討伐に出かけたら、あいつらに遭った。魔物にやられかけてたから、思わず助けた。そしたら、そのうちの一人が幼馴染だったんだ。幼馴染も魔伐者になるとは聞いていたが、その仲間はどうにも信用ならない連中に見えた。だから、助けた礼がしたいと言われて『仲間に入れてくれ』って答えたんだ。……ふう、話が長くなってきたな。もっとうまく喋れたらいいんだが」
 賢者さんは恥ずかしそうに指で頬をこりこりと掻いた。
「気にしませんよ。大事な話ですし」
「そう言ってくれると助かるよ。で、だ。俺は幼馴染、つまり親友を助けるべく、時間を操った」
「時間を!?」
「助ける準備がどうしても間に合わないからな。今、俺は同じ時間軸に、四人いることになっている」
「時間軸? 四人? え?」
 理解が及ばなくて混乱してきた。
「理解しなくてもいいさ。俺は俺の都合のいいように動いているし、動くことができるとだけ思ってもらえれば」
「は、はぁ……」
「一人はこことは別の大陸の拠点で親友を治す準備を進めてる。二人目はとある王国の魔道具研究所で働きながら、協力者を探してる。三人目は二人目と似たようなことをしている。そして俺は……この国が異世界から人間を召喚すると知って、賢者のふりして潜り込み、カナメを見つけた」
 賢者さんが四人もいて、それぞれ別々に動いていて……。
「そこまでして助けたい人なんですね、親友さんは」
 オレには親友と呼べる相手はいなかった。
 会社社長と女優の息子だからって理由で、物や金をたかられそうになったり、友人ヅラしておべっか使ってくるやつはたくさんいたが。
 少し羨ましいなと賢者さんの顔を見ると、賢者さんは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

「助けなくてはいけないと、強く思うんだ。他の人間がどうなろうと知ったこっちゃないのに、あいつだけは」

 賢者さんはそう呟いて、しばらく黙り込んでしまった。

「あの、魔王を倒してきたっていうのは、どうやったんですか」
 沈黙に耐えかねたオレが質問すると、賢者さんはぱっと顔を上げた。
「ああ、すまない。カナメを利用してしまった件だな」
「そんなつもりじゃ」
「事実だ。ただ魔王を倒すだけなら、カナメが召喚されるのを待つ必要はなかった。俺は魔王召喚すら見て見ぬふりをしていたんだ」
「……」
 魔王による被害は甚大だったと、召喚されてから何度も聞いていた。
 街は瓦礫の山になり、大勢の人が死に、国が機能しなくなる。
 戦争よりもひどい有様だ。
 それを放置してでも……。
「何か、理由があるんですよ。賢者さんが親友さんを助けなくちゃいけない理由が」
 賢者さんはチートをもってしても、誰が親友になるのかまではわからなかった。
 だから、理由もわからないだけで、きっとなにか有るはずだ。
 そういうことを、拙い言葉で必死に話した。
「やはりカナメは優しいな」
 賢者さんはそう言って、少し笑顔をみせてくれた。

「魔王はまあまあ強かったよ。俺のローブには防護魔法が掛かっているのだが、あっさり剥がされた。でもまぁ、その程度だ」
「国の軍隊でもどうしようもなかったんですよね。賢者さんめちゃくちゃ強いじゃないですか」
「チート魔力があるからね。でも、国の偉いさん達には『魔王を倒せるだけの魔力は一度きりしか使えない。魔王を倒したら、賢者にも戻れない』って言ってあるんだ。だから俺、実はもう賢者じゃないんだよ」
「どうしてそんな嘘を?」
「カナメを引き取って、クロイツヴァルトから出るためさ。俺の魔力と引き換えに魔王を倒す、褒美としてカナメが欲しい、ってね。……さあ、大体話せたと思うのだが、何か質問はあるかい?」
 オレは少し考えて、質問を口にした。
「今後、具体的に何をすればいいですか?」
「渡した本は全部読んだかい?」
「はい」
「なら、その時がくるまで、この家で健康的に過ごしていて欲しい」
「それだけですか?」
「ああ。まだ全ての準備が整っていないんだ。もしかしたら間に合わないかもしれない。だから長くてもあと半年だ。もし間に合わなくても、カナメのことは元の世界へ、日本へ帰すよ」
「わかりました」
「うん。他にも聞きたいことがあったらいつでも、遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらの方だよ。ありがとう、カナメ」

 長くても半年。それがきっと、親友さんの余命なのだろう。
 このときは、意外と短いなと思っただけだった。
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