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第三章 振り回されるもの

13 外は治安悪すぎるんですけど!?

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 賢者さんはしょっちゅう家を空けるようになった。
 一週間帰ってこないことはざらで、最長は今のところ三週間。
 帰ってきても、どこで何をしてきたのか、何も言わない。
 例の親友さんを治す魔法のことだから、言えないらしい。

 オレは賢者さんの蔵書を読んだり、魔道具に頼らず飯を作ってみたりして、時間を潰した。
 賢者さんに何種類かの武器を創ってもらい、本を参考に素振りや型の練習をしたりもした。
 室内に籠もったまま、心身共に健康的に過ごすのは、案外楽じゃない。

 賢者さんから話を聞いて、まだ三ヶ月しか経っていなかった。

「外に出ちゃ駄目ですか」
「駄目だ。……うーん、限界だよな」
 二週間ぶりに帰ってきた賢者さんに「おかえりなさい」を言う前に訴えると、賢者さんはいつものように却下した後、頭を掻いた。
 召喚されてからずっと王城にいて、王城から今いる賢者さんの家へは馬車に揺られてやってきた。
 異世界に召喚されたというのに、オレはこの世界を室内しか知らないのだ。
 最長半年で日本に帰ってしまうのだから、その前に一度くらい、異世界を堪能したい。
 家の中だけでも魔道具や賢者さんの魔法といったものは堪能したが、景色とか、日本とは違う人々の暮らしとか、そういうものを見たい。
「外は日本と違って治安が悪いし、魔物が出ることもある。カナメに万が一のことがあると本当に困るんだ。とはいえ、ずっと家にいるのも気が滅入るよな……」
 賢者さんは持ち帰ってきたものを片付けながら、何かに気づいたように顔を上げた。
「そうだ、ヨシヒデに頼もう」
「ヨシヒデ?」
 知らない名前だが、明らかに日本人名だ。
「協力者の一人なんだ。チート持ちで腕が立つ。彼に頼んでみるよ」
 賢者さんが何もない空間に指を立てると、その先に水晶玉のようなものが浮かんだ。
「ヨシヒデ、聞こえるかい? 俺だ」
〝ん? ああ、あんたか。どうした〟
 聞こえてきた声は、賢者さんみたいに落ち着いた大人の男の声だ。
「カナメが外へ出たいと言うんだ。俺は付き添っている時間がないから、ヨシヒデに護衛を頼みたい。一日空けられないかい?」
〝カナメって、この前話してた奴か〟
「そうだ」
〝すぐは無理だぞ。今野営中だからな。三日後には拠点に帰る予定だ〟
「じゃあ四日後に来てくれるか?」
〝わかった〟

「電話ですか? 今の」
「似たようなものだ。四日後なら外出できるぞ」
「やったっ!」
「ただし、半日だけだ。ヨシヒデには魔伐者として頑張ってもらう仕事があるからな」
「半日でも嬉しいです!」
「喜んでもらえて俺も嬉しいよ」
 オレはただ純粋に、外出できることを喜んでいた。



 四日後。
 賢者さんの家にやってきたのは、日本人にしては背の高い男だ。
「初めまして。ヨシヒデって呼んでくれ」
「初めまして、カナメです」
 ヨシヒデさんは見上げるほどの身長の割に、身体は痩せている。でも、使い込まれた革鎧や、握手した時の感触から、ヨシヒデさんは相当鍛えてる人だと直感した。
「俺はこれからまた出かける。ヨシヒデ、頼んだよ」
「任せとけ」
 賢者さんは僕とヨシヒデさんを引き合わせると、そそくさと家を出ていった。また用事があるらしい。
「さて、と。行ってみたい場所のリクエストはあるか?」
 初対面の人と急に二人きりにされたが、ヨシヒデさんはなぜだか、初めて会った気がしない。
 オレが人見知りしないのを鑑みても、妙に気持ちが落ち着くのだ。
「何もわからないので、ヨシヒデさんのお勧めがあればそこへ行きたいです」
「お勧めかぁ。酒場はまだ早いよなぁ。魔道具店なんてどうだ?」
「行ってみたいです」
「決まりだな。行くぞ」
 ヨシヒデさんがオレの肩にぽん、と手を置いたと思ったら、オレは知らない場所にいた。
 木と石で出来た家の並ぶ場所の、路地裏のようなところだ。
「えっ!?」
「転移魔法だよ。移動の情緒が無くて申し訳ないが、なるべく危険な場所を避けろってアイツに厳命されてるからな」
「街中でもですか?」
「少し大通りを歩けばわかる。行ってみるか。俺の傍を離れるなよ」

 通りへ出ると、人がまばらに出歩いていた。
「あそこが今日の目的地の魔道具屋だが、その辺で通りを眺めていようか」
 ヨシヒデさんが指さした場所には、魔道具店の看板が掛かった、周囲と比べて大きめの建物があった。
「あっ」
「どうした?」
 唐突に気づいた。オレにもひとつだけチートがある。
 この世界の文字が、普通に読めるのだ。
「文字ちゃんと読めるなーって。あんまり普通に読めるから、賢者さんに渡された本も普通に読んでた。これってチートですよね」
 オレが言うと、ヨシヒデさんは声を出さずに笑った。
「そうだな。だけどカナメのチートは他にもあると思うぞ」
 オレは首を傾げた。
「まあそれは置いといて。ほら、あそこ見てみろ」
 次にヨシヒデさんが指さしたのは、建物と建物の間の細い道だ。
 そこへ、ヨシヒデさんくらいの大人の男が、別の男数人に何事か文句を言われながら、引き込まれていく。
「えっ、あれって、いいんですか」
「良くはない。だが、あれがこのあたりの日常風景だ。ちょっとでも隙を見せると、破落戸に金品を巻き上げられる」
 ヨシヒデさんは平然と構えている。助けるような雰囲気ではない。
「ちょっとでも隙をって……それだけで!?」
「ああ、それだけだ。見ちまったから一応助けてこよう。俺がいいって言うまで喋らないようにな」
 ヨシヒデさんの手がオレの肩に置かれると、不意に、頭からばさりと布を被せられたような感覚がして、あたりの景色が見えづらくなった。
「!?」
「隠蔽魔法だ。少しだけ我慢しててくれ」
 次に一瞬、浮遊感があった。

「俺の友人に何か御用ですかー?」
 ヨシヒデさんの声が聞こえる。ヨシヒデさんはオレの肩に乗せた手でオレを誘導しながら、何歩か歩いた。
「なんだてめ……ぐあっ!」
「ぎゃっ!」
「こいつ……ひいっ!」
 バイオレンスな音と声。ヨシヒデさんの片手はオレの肩に乗ったまま。
 魔法を使っているっぽいけど、複数の破落戸を片手で相手している?

「これ以上痛い目見たくなけりゃ、失せろ」
 止めに、今までのヨシヒデさんの印象が真逆になるほどの冷たい声。
 オレはこの時に悟った。ヨシヒデさんを怒らせてはいけない。

 ばたばたと誰かが逃げる音が徐々に遠ざかる。
「大丈夫かい? 悪いが治癒魔法は使えないんでね」
 かと思えば、一転して穏やかな口調になる。
「い、いえ、助かりました。ありがとうございました。何かお礼を……」
「あんたが無事帰るべきところへ帰って、俺のことを忘れてくれるのが最上の礼だ。そう心得てくれ」
「しかし……。わかりました。本当に、ありがとうございました」
 ぼやけた景色しか見えないが、被害に遭っていた人は何度も頭を下げて去っていったようだ。

「な、街中でも危ないだろう?」
「よくわかりました」

 オレは隠蔽魔法を掛けられたまま、今度は徒歩で移動した。



 魔道具店の中に入って隠蔽魔法を解かれると、そこには床から天井まで様々なものが所狭しと並んでいた。
 しかし大なり小なり、家にある魔道具と同じようなスイッチが付いている。
 どの魔道具も、スイッチひとつで操作するのだろう。
「これは何ですか?」
 手近なところにあった箱を手に取ると、ヨシヒデさんに「押してみ」と言われた。
「ここは日本で言うところの家電量販店だからな。家電量販店でも試せるものはスイッチ押してみるだろう? 動けば動きを見て確認すればいいし、動かないものは店員に頼めば試させてもらえる」
「はあ、なるほど」
 オレは少しだけ躊躇ってから、思い切ってスイッチを押した。
 箱はぶるると振動し……止まった。
「……何ですか、これ」
「んー。ああ、インク製造機だ。この世界の筆記具といえばつけペンとインクが主流でな。その箱開くだろ? 開けて、インクの原料になる鉱石を入れると、液体にしてくれるのさ」
「へぇ。じゃあ、あの大きいのは?」
「あれは貴族の屋敷向けの掃除機だな。地下にあれを設置すると、毎日決まった時間に屋敷中のゴミを吸い取って分解するんだ」
 店員さんを呼ばずとも、聞けばヨシヒデさんが何でも答えてくれた。
「詳しいですね。ヨシヒデさん、この世界に来たのっていつなんですか?」
 何気なく聞いただけだったのに、ヨシヒデさんは顔を曇らせてしまった。
「その話はここじゃ難しいな。そろそろ半日経つ。家に戻ろうか」
 家電、じゃなかった、魔道具を見るのが楽しくて、気づいたらそんな時間になっていた。
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