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第三章 振り回されるもの
14 魔道具めっちゃ便利ですね!
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ヨシヒデさんの転移魔法で家に戻ると、賢者さんは出かけたまま帰ってきていなかった。
また一週間以上は家を開けるのだろう。
そういえば昼飯を食べていない。ヨシヒデさんに食事はどうしましょうかと尋ねると「じゃあ軽めのものを」とリクエストされたので、魔道具にサンドイッチとサラダを出してもらって食卓に並べた。
「ありがとう。……魔道具、使いこなしてるな」
ヨシヒデさんがまずお茶を口にして、驚きながらそんなことを言った。
「スイッチ押すだけじゃないですか。誰でもできますよ」
「アイツ、話してないのか。じゃあ俺が言うことじゃない……そりゃ、ここまで言っちまえば気になるよな」
ヨシヒデさんの発言に驚いていると、ヨシヒデさんは食べかけのサンドイッチを皿に起き、オレの目を真っ直ぐ見た。
「カナメはチートを何も持っていないと言っていたな。それは誤解というか、認識に間違いがある。カナメには、カナメにしかできないことが確かにあるんだ」
オレにしかできないことがあるっていうのは、賢者さんからも聞いている。それが何なのかは、教えてもらえていない。
「この家にある魔道具は全部、アイツが作った特製品だ。全てアイツの魔力で動いてて、アイツが許可した人間でないと動かせない。ちなみに俺も許可は貰っているが……。ほれ、飲んでみろ」
ヨシヒデさんが立ち上がって、お茶を出す魔道具のスイッチをぽんと押し、出てきたお茶を僕に差し出した。
茶褐色の液体を一口飲んでみると、コーヒーを煮詰めたような苦さとエグい酸味に、きつい塩味を足したような謎の味がした。ぶっちゃけ不味かった。
「うえっ!? な、なんですか、これ」
「俺はコーヒーを作ったつもりだったんだがな。俺みたいに魔力が多い人間がやると、アイツの魔力と反応を起こして思った通りのものが出てこないんだ」
「ヨシヒデさんのチートって、どういうものなんですか?」
「治癒魔法以外の魔法が使える魔力と、自分で言うのも何だが、異常なほどの身体能力だな」
魔法と身体能力は、よく見えなかったけど街の破落戸をやっつけた時に思い知っている。
「この世界の人間は皆、多かれ少なかれ魔力を持ってる。だから、カナメにも多少魔力が有るはずなんだ。なければ市販の魔道具を動かせない」
魔道具屋で手に取った魔道具は全て、スイッチひとつで正常動作した。
あの時に魔力を消耗していたのか。
「でも、魔力を使った感じというか……魔力そのものの感覚なんて分からないんですけど」
「そう。そこがカナメのチートだよ。カナメ自身はおそらく、魔力を持っていない」
「じゃあ、魔道具が動いたのはどうしてですか?」
「カナメはどうやら、大気中に漂う魔力を操れるんじゃないかって、アイツが仮説を立てていたな。ちなみに大気中に魔力が有るかどうかは、この世界の賢者たちの間の、永遠の研究テーマになっている」
「うーん?」
賢者さんたちの研究テーマになるほどの問題に、オレなんかが関わっていると言われても、ピンとこない。
何より、オレは魔力を操っている自覚なんて全く無い。
「そもそも魔力って何なんですか」
オレが尋ねると、ヨシヒデさんは目を瞬かせて、それからフッと笑った。
「俺が魔力について人に教える日が来るとはなぁ。例えばカナメ、体力って目に見えるか? 自分の残り体力は数値化できるか?」
「無理です」
「魔力も似たようなものなんだ。激しい運動をすれば体力が減って動けなくなるのと同じように、強力な魔法や複雑な魔法を使い続けると魔力が減って魔法が使えなくなる。違うのは、魔力量は訓練しても上昇しないところかな。魔力量は個人の素質を基本に、年齢を重ねることでしか増えない」
賢者さんとヨシヒデさんは、見た目二十代後半に見える。二人の場合は素質やチートで魔力量が多いのだろう。
「見えないけど確実にある力、ってことですか。よくわかりました」
「ちなみに、俺の説明はアイツの受け売りだ。お茶のお代わり貰っていいか? こんな美味いの飲んだの久しぶりだ」
「勿論です。持ってきますね」
魔道具のスイッチを押す時に魔力がどこから来ているのか、正体を探ろうとしたが、やはりさっぱりわからなかった。
いつも通りスイッチを押して、お茶を出し、ヨシヒデさんのところへ持っていった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
しばらく黙々と食事をした。
ヨシヒデさんはサンドイッチもお代わりした。
「ヨシヒデさんの話を聞いてないです」
食事が済んだ後で切り出すと、ヨシヒデさんは「覚えてたか」と、椅子から浮かせかけた腰をおろした。
「俺がこの世界に来たのは二年前だ。日本で仕事帰りに道を歩いていたら、突然知らない場所にいた。周囲には誰もいないし、建物どころか街灯もなくて真っ暗闇。焦ったよ。俺の場合は転移ってやつかな」
誰もいない上に真っ暗闇だというのに、そこかしこから「妙な気配」があることには気づいたヨシヒデさんは、その場から逃げ出すように闇雲に走った。
しばらく走って、おかしなことに気づく。
家と会社を往復するだけでろくに運動や体力づくりなんてしてこなかったのに、いくら走っても息が切れないのだ。
更に、走るうちに「あっちに人里がある」ということまで気づいた。
そして本当に人里があった。
しかし、真夜中ということもあり、街には人影が殆どない。暗がりに怪しい気配が潜んでいるだけだ。
ヨシヒデさんはなるべく安全かつ優しそうな人のいる気配を辿って、とある薬屋さんにたどり着いた。
薬屋さんの店主はお年を召した御婦人で、事情を話すと半信半疑ながらもお金を貸してくれた。そのお金で宿に泊まり、翌朝もう一度薬屋さんを尋ね、しばらくはその薬屋さんの手伝いや紹介された仕事で生計を立てていたという。
「一年と少し経った頃、アイツが突然やってきたんだ。元いた世界へ帰りたかったら、これから話すことをよく聞いて、やるべきことをやってほしい、ってな」
賢者さんはヨシヒデさんに、予言めいたことを話したそうだ。
予言の内容は「例の魔法に係わることだから詳しく言えない」と教えてもらえなかった。
どうしても日本に帰りたかったヨシヒデさんは、賢者さんの要求を飲んだ。
「どうしても帰りたい、ですか」
「ああ。日本に妻と子供を残してきてるからな」
「既婚者なんですか!? そりゃ帰りたいですよね」
「だろう?」
「でも、もう二年も……」
「そこは心配いらないって、アイツが保証してくれてる」
「良かった。いや、良くないか。ヨシヒデさんからしたら、二年も奥さんとお子さんに会えてないんですもんね」
「……アイツが、カナメは優しいやつだって言ってた理由がわかったよ」
「え?」
オレはまだ結婚なんてものすら考えたことはないが、愛する人とその子供がいるのに、突然引き離されたら……考えただけでも、背筋が凍る。
「二年もこの世界に居れば、魔道具にも馴染んでくる。魔道具屋で詳しかったのはそのせいだよ」
ヨシヒデさんは話し終えると、立ち上がった。
「飯、ありがとうな。そろそろ行くよ」
「こちらこそ、今日はオレの我儘聞いてもらってありがとうございました」
ヨシヒデさんはニッと笑い、手をぷらぷらと振って家から出ていった。
静まり返った室内は、なんだか広く感じた。
オレは与えられている部屋に入り、部屋着に着替えてからベッドにごろりと横になった。
「帰りたい、かぁ」
喚び出されたと解った時は内心テンション上がっていた。
チートが見つからず、城から放り出された時は、ただただ困惑した。
賢者さんに拾われて、ここで魔道具の便利さを教えてもらい、ようやく生活に馴染んできた。
なにせ、この世界に居れば学校へ通って勉強しなくて済むし、人付き合いも最低限で済ませられそうなのだ。
仕事で家を空けることが多い両親や、何年経っても他人行儀なお手伝いさん達しかいない家に比べたら、ここのほうが居心地がいいと感じるようにまでなっている。
「オレは、どうしようかな」
賢者さんはオレを日本へ帰す気でいるが、日本へ帰ったところで待っている人などいないだろう。
今度賢者さんが帰ってきたら、この世界に住み着きたいって、言ってみようかな。
また一週間以上は家を開けるのだろう。
そういえば昼飯を食べていない。ヨシヒデさんに食事はどうしましょうかと尋ねると「じゃあ軽めのものを」とリクエストされたので、魔道具にサンドイッチとサラダを出してもらって食卓に並べた。
「ありがとう。……魔道具、使いこなしてるな」
ヨシヒデさんがまずお茶を口にして、驚きながらそんなことを言った。
「スイッチ押すだけじゃないですか。誰でもできますよ」
「アイツ、話してないのか。じゃあ俺が言うことじゃない……そりゃ、ここまで言っちまえば気になるよな」
ヨシヒデさんの発言に驚いていると、ヨシヒデさんは食べかけのサンドイッチを皿に起き、オレの目を真っ直ぐ見た。
「カナメはチートを何も持っていないと言っていたな。それは誤解というか、認識に間違いがある。カナメには、カナメにしかできないことが確かにあるんだ」
オレにしかできないことがあるっていうのは、賢者さんからも聞いている。それが何なのかは、教えてもらえていない。
「この家にある魔道具は全部、アイツが作った特製品だ。全てアイツの魔力で動いてて、アイツが許可した人間でないと動かせない。ちなみに俺も許可は貰っているが……。ほれ、飲んでみろ」
ヨシヒデさんが立ち上がって、お茶を出す魔道具のスイッチをぽんと押し、出てきたお茶を僕に差し出した。
茶褐色の液体を一口飲んでみると、コーヒーを煮詰めたような苦さとエグい酸味に、きつい塩味を足したような謎の味がした。ぶっちゃけ不味かった。
「うえっ!? な、なんですか、これ」
「俺はコーヒーを作ったつもりだったんだがな。俺みたいに魔力が多い人間がやると、アイツの魔力と反応を起こして思った通りのものが出てこないんだ」
「ヨシヒデさんのチートって、どういうものなんですか?」
「治癒魔法以外の魔法が使える魔力と、自分で言うのも何だが、異常なほどの身体能力だな」
魔法と身体能力は、よく見えなかったけど街の破落戸をやっつけた時に思い知っている。
「この世界の人間は皆、多かれ少なかれ魔力を持ってる。だから、カナメにも多少魔力が有るはずなんだ。なければ市販の魔道具を動かせない」
魔道具屋で手に取った魔道具は全て、スイッチひとつで正常動作した。
あの時に魔力を消耗していたのか。
「でも、魔力を使った感じというか……魔力そのものの感覚なんて分からないんですけど」
「そう。そこがカナメのチートだよ。カナメ自身はおそらく、魔力を持っていない」
「じゃあ、魔道具が動いたのはどうしてですか?」
「カナメはどうやら、大気中に漂う魔力を操れるんじゃないかって、アイツが仮説を立てていたな。ちなみに大気中に魔力が有るかどうかは、この世界の賢者たちの間の、永遠の研究テーマになっている」
「うーん?」
賢者さんたちの研究テーマになるほどの問題に、オレなんかが関わっていると言われても、ピンとこない。
何より、オレは魔力を操っている自覚なんて全く無い。
「そもそも魔力って何なんですか」
オレが尋ねると、ヨシヒデさんは目を瞬かせて、それからフッと笑った。
「俺が魔力について人に教える日が来るとはなぁ。例えばカナメ、体力って目に見えるか? 自分の残り体力は数値化できるか?」
「無理です」
「魔力も似たようなものなんだ。激しい運動をすれば体力が減って動けなくなるのと同じように、強力な魔法や複雑な魔法を使い続けると魔力が減って魔法が使えなくなる。違うのは、魔力量は訓練しても上昇しないところかな。魔力量は個人の素質を基本に、年齢を重ねることでしか増えない」
賢者さんとヨシヒデさんは、見た目二十代後半に見える。二人の場合は素質やチートで魔力量が多いのだろう。
「見えないけど確実にある力、ってことですか。よくわかりました」
「ちなみに、俺の説明はアイツの受け売りだ。お茶のお代わり貰っていいか? こんな美味いの飲んだの久しぶりだ」
「勿論です。持ってきますね」
魔道具のスイッチを押す時に魔力がどこから来ているのか、正体を探ろうとしたが、やはりさっぱりわからなかった。
いつも通りスイッチを押して、お茶を出し、ヨシヒデさんのところへ持っていった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
しばらく黙々と食事をした。
ヨシヒデさんはサンドイッチもお代わりした。
「ヨシヒデさんの話を聞いてないです」
食事が済んだ後で切り出すと、ヨシヒデさんは「覚えてたか」と、椅子から浮かせかけた腰をおろした。
「俺がこの世界に来たのは二年前だ。日本で仕事帰りに道を歩いていたら、突然知らない場所にいた。周囲には誰もいないし、建物どころか街灯もなくて真っ暗闇。焦ったよ。俺の場合は転移ってやつかな」
誰もいない上に真っ暗闇だというのに、そこかしこから「妙な気配」があることには気づいたヨシヒデさんは、その場から逃げ出すように闇雲に走った。
しばらく走って、おかしなことに気づく。
家と会社を往復するだけでろくに運動や体力づくりなんてしてこなかったのに、いくら走っても息が切れないのだ。
更に、走るうちに「あっちに人里がある」ということまで気づいた。
そして本当に人里があった。
しかし、真夜中ということもあり、街には人影が殆どない。暗がりに怪しい気配が潜んでいるだけだ。
ヨシヒデさんはなるべく安全かつ優しそうな人のいる気配を辿って、とある薬屋さんにたどり着いた。
薬屋さんの店主はお年を召した御婦人で、事情を話すと半信半疑ながらもお金を貸してくれた。そのお金で宿に泊まり、翌朝もう一度薬屋さんを尋ね、しばらくはその薬屋さんの手伝いや紹介された仕事で生計を立てていたという。
「一年と少し経った頃、アイツが突然やってきたんだ。元いた世界へ帰りたかったら、これから話すことをよく聞いて、やるべきことをやってほしい、ってな」
賢者さんはヨシヒデさんに、予言めいたことを話したそうだ。
予言の内容は「例の魔法に係わることだから詳しく言えない」と教えてもらえなかった。
どうしても日本に帰りたかったヨシヒデさんは、賢者さんの要求を飲んだ。
「どうしても帰りたい、ですか」
「ああ。日本に妻と子供を残してきてるからな」
「既婚者なんですか!? そりゃ帰りたいですよね」
「だろう?」
「でも、もう二年も……」
「そこは心配いらないって、アイツが保証してくれてる」
「良かった。いや、良くないか。ヨシヒデさんからしたら、二年も奥さんとお子さんに会えてないんですもんね」
「……アイツが、カナメは優しいやつだって言ってた理由がわかったよ」
「え?」
オレはまだ結婚なんてものすら考えたことはないが、愛する人とその子供がいるのに、突然引き離されたら……考えただけでも、背筋が凍る。
「二年もこの世界に居れば、魔道具にも馴染んでくる。魔道具屋で詳しかったのはそのせいだよ」
ヨシヒデさんは話し終えると、立ち上がった。
「飯、ありがとうな。そろそろ行くよ」
「こちらこそ、今日はオレの我儘聞いてもらってありがとうございました」
ヨシヒデさんはニッと笑い、手をぷらぷらと振って家から出ていった。
静まり返った室内は、なんだか広く感じた。
オレは与えられている部屋に入り、部屋着に着替えてからベッドにごろりと横になった。
「帰りたい、かぁ」
喚び出されたと解った時は内心テンション上がっていた。
チートが見つからず、城から放り出された時は、ただただ困惑した。
賢者さんに拾われて、ここで魔道具の便利さを教えてもらい、ようやく生活に馴染んできた。
なにせ、この世界に居れば学校へ通って勉強しなくて済むし、人付き合いも最低限で済ませられそうなのだ。
仕事で家を空けることが多い両親や、何年経っても他人行儀なお手伝いさん達しかいない家に比べたら、ここのほうが居心地がいいと感じるようにまでなっている。
「オレは、どうしようかな」
賢者さんはオレを日本へ帰す気でいるが、日本へ帰ったところで待っている人などいないだろう。
今度賢者さんが帰ってきたら、この世界に住み着きたいって、言ってみようかな。
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