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第九話 姫のオモチャはとても野性味溢れていた
しおりを挟む日曜日の朝、私は食堂横にあるコイン投入式の洗濯機の前へ来ていた。洗濯機は空いている時に誰でも使用可能で、予約制ではない。百五十円しかも、百円玉と五十円玉だけしか受け付けないこの洗濯機にもだいぶ慣れた。間違えて十円玉を入れた千帆ちゃんは返って来ない十円玉に涙目になっていた日が懐かしい。私は大家さんが所有しているアパート下にある乾燥機で涙目になった。翌日もジャージを使うからと急いで洗濯して乾燥機へと入れた数分後、出てきたジャージはびしょ濡れだったことは記憶に新しい。
「……だいぶ慣れたな、この生活も」
どれも珍事件で思い返せばくすり、と笑えてくる。
私は百五十円を投入して洗濯機を起動した。洗濯している間は洗濯籠を乗せるのが暗黙の了解になっている。というのも、洗濯が終わったにも関わらず取りに来ない人がたまにいて、次に洗濯機を使いたい人が困るかららしい。洗濯籠があれば終わった洗濯物を入れられることが稀にあると寮長が話していた。自分の洗濯物に触れられたくなければ早々に取りに来い! ということらしいので私たちは時間を守るよう心掛けていた。まあ、脱水時に洗濯籠が飛んで床に落ちているんだけど。
「柔軟剤投入時間は終了八分前ね」
私は持ってきていたスマートフォンで時間を確認して一度部屋へと戻った。
柔軟剤を手に再び洗濯機の所まで来た私は外からカサカサと音が聞こえてきてそちらへ顔を出した。洗濯機が置いてある部屋は男子風呂の前で、その横は扉を開ければ外と繋がっている。私はスライドドアを滑らせて開けた。
「あ、姫」
そこには姫だけがおり、なにやら黒い枯れ葉のような物で遊んでいた。私は柔軟剤を投入してスリッパを履くと姫の近くで座った。姫はこちらに気付いていないのか、それとも気にしていないのか、夢中で遊んでいた。小さな前脚を使ってバシバシ、と叩いてみたり、後ろ脚で立ち上がり枯れ葉を上空へ上げて前脚で掴んで再びアスファルトの上で突く。それの繰り返しだ。私は黙ってスマートフォンで撮影を始めた。数分後、洗濯機の停止音と共に撮影を終了すると、姫は飽きたのか枯れ葉を残してアスファルトの上を駆けて去っていった。
「……枯れ葉は今の時期じゃないよね?」
疑問を口にしても答えてくれる人はいない。私は姫の残した枯れ葉らしき物の傍まで近づいて身を屈めた。
「おぅ……。とても野性味溢れたオモチャだった」
姫の遊んでいたオモチャの正体は……
乾燥してぺちゃんこになったモグラだった。
私は見なかったことにして洗濯物を籠へ入れると部屋へと戻った。
さすがお転婆姫。遊び物もワイルドだ。
翌日、千帆ちゃんに姫のオモチャって何だと思う? と質問したら「猫じゃらしとか?」真顔で答えてくれたけれど、残念ながら違うんだ。首を左右に振った私に千帆ちゃんが答えを促した。
「昨日遊んでいたオモチャは……干からびたモグラでした」
「お、おぉ……」
答えを聞いた千帆ちゃんは予想とは異なる私の答えになんとも言えない表情を浮かべていた。そうだよね、私も実物見て複雑な表情したよ。ぱっと見、枯れ葉にしか見えなかったし、まさか干からびたモグラで遊んでると思わないじゃない?
「さすが姫だね。オモチャがとてもワイルド……」
「ほんとだよ」
私たちは苦笑しながら朝食を食べ始めるのだった。
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