翠眼の魔道士

桜乃華

文字の大きさ
上 下
17 / 114

第十五話 精霊戦 3/3

しおりを挟む
 「体は大丈夫?」

 魔石越しに聞いていた声音に間違いなく実体化したティルラなのだと分かる。セシリヤは一度だけ頷くと、相手は安堵したように「良かった」と呟くと再び正面を向いた。
 氷漬けにされている精霊の瞳から透明な雫が流れる。

 「……可哀想に。ここを護る水の精霊よ、苦しかったでしょう。今、解放します」

 暖かく、緩やかな風がティルラを中心に巻き起こった。両手を広げると、湖の中心に古代文字で書かれた魔法陣が浮かび上がり淡い光を放つ。溶けた氷と共に汚染されていた水が光に吸収されて砕けた氷の欠片のようにキラキラと光を反射しながら落ちて行った。
 中心にいた精霊は氷漬けから解放され、黒ではなく、透明な人型をしていた。

 「……さあ、もう大丈夫。浄化は終わったわ。ずっと耐えていたのね」

 ティルラの声に水の精霊はゆっくりと瞳を開いた。自分の手や湖を何度も確認して元に戻ったことをようやく実感できたのか、精霊は両手で顔を覆った。微かに肩が震えている。
 ピー助が心配そうに見上げて小さく鳴き声を上げたのを見てセシリヤは屈むとピー助の背中を優しく撫でた。

 「トウ……、ありが、とう……ございま、す」

 涙声で礼を述べる精霊にティルラは緩く首を振って精霊の元へ近づこうと意識を集中した。

 「……あれ?」

 「え……?」

 気持ちの上では精霊の元へ行こうとしているが、体が進むことはなく、それどころか吸い込まれるように魔石の中へと入ってしまった。
 顔を上げた精霊も突然のことに涙が引っ込んだようだ。唖然としていた。

 「魔力の使い過ぎで実体化が保てなくなったってところね」

 「冷静に分析ありがとう……」

 顎に指を添えたセシリヤが再び魔石の中に戻ったティルラを持ち上げながら静かな声音で言う。

 「あの……」

 二人の会話について行けない精霊が控えめに口を挟んだ。それに二人揃って反応して精霊を見る。

 「先ほどの浄化魔法はそちらの女神様のお力ですよね?」

 「ええ」

 肯定すると精霊は丁寧に頭を下げた。

 「汚染され、自我を失った私を止めてくださりまた、浄化までしていただきましてありがとうございます。私はこの地を任されております、水の精霊―アンディーンと申します」

 「水の精霊がどうして、と聞いても?」

 セシリヤの問いにアンディーンは困ったように眉を下げた。

 「お答えしたいのですが、詳しいことは分からないのです」
しおりを挟む

処理中です...