翠眼の魔道士

桜乃華

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第五十四話 ツノゴマ

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 二人のカップが空になったところでミラが「そういえば」と口を開いた。

 「なに?」

 「セシリヤさんはどこの宿に泊まっているんですか?」

 「ああ、モンタナよ。クルバさんって女将さんが運営してるの」

 モンタナと聞いてミラは記憶を辿った。たしかコランマールに複数ある宿の内、最下位に位置付けされている宿だ。セシリヤのこなしているクエストとそれに掛けられている報奨金から考えれば上位の宿に連泊するのも容易なはずだ。考えていることが表情に出ていたのか、セシリヤの眉が寄る。

 「言っておくけど、クルバさんは良い人だし、そっちが作ってるランキングも割と当てにならないと思うけど?」

 テーブルに頬杖をつきながらもう片方の指で魔石を転がした。

 「ちょ、ちょっと! 揺らさないで、揺らさ……揺らすなー!」

 ティルラからの抗議の声を無視しながらセシリヤは魔石を転がしている。楽しくなってきたのか口角が上がっていた。

 「まあ、ランキングはクエスト管理協会に登録している冒険者たちからの口コミで作られているみたいですし、ある程度資金がある人たちは当然利用客が多い方を選びがちですもんね~」

 「そうね。だから利用客が少ないところ……ランキングが低いところを選べって師匠に言われてたのよね」



♦♦♦


 
 旅に出る少し前の事だ。資料に目を通していたセシリヤにブレーズが声を掛けた。

 『セシリヤ、旅先で宿に泊まるんならクエスト管理協会が提示しているランキング上位の宿は避けろ』

 師匠からの突然の謎のアドバイスにセシリヤは疑問符を浮かべた。旅をするなら野宿よりも宿、どうせ泊まるなら資金に余裕がある限りは綺麗で広い宿に泊まりたいと思うのは普通の事だ。当然セシリヤも同じことを考えていた。

 『何故ですか?』

 問いを口にすると、ブレーズは真剣な表情を見せる。反射的に緊張が走ったセシリヤは背筋をピン、と伸ばしごくり、と喉を鳴らした。

 『ランキング上位の宿はな、経営者を含めて偉そうにしてる奴が多いんだ』

 『……はい?』

 予想外の言葉にセシリヤの口から間の抜けた声が漏れた。これは仕方ないだろう。

 『昔俺が泊まった時にそこの経営者とひと悶着あってな……だから、お前も気を付けろ』

 そう言って自室へと戻る師匠の背中を見つめたセシリヤは内心で“それは師匠の性格が原因では?”と思ったが、口に出さなかった。
 半信半疑だったセシリヤがクエストをこなして得た資金でブレーズの教えを無視して選んだ宿はランキング上位のところだった。そこでの応対は丁寧でも雑でもなく“普通”であり、特に不快ではなかった。次に選んだ宿はランキングを落としたところ。内装も食事も落ちてはいたが、宿の経営者や周りの人たちの暖かさは後者の方がセシリヤにとって心地が良かっただけの事。
 ブレーズが言っていた意味とは少し違うのかもしれないが、彼の言う通り利用客が少ないところを選ぶようになったのだ。




♦♦♦



 「へえ、じゃあ僕もセシリヤさんと同じ宿に泊まろうかなぁ~」

 へへ、とミラが緩く笑ったのと同時に酒場の扉が開いた。そちらへと視線を向ければ、入ってきた中年の男性はまっすぐセシリヤたちの席へと向かってくる。

 「あの人、ミラの知り合い?」

 問えばミラは首を左右に振り、逆に「セシリヤさんの知り合いでは?」と問われた。当然セシリヤの知り合いに中年の男性はいない。上質な生地を使った服に、宝石をいくつか身につけている相手は一目で金持ちだと分かる。その時点で絶対にセシリヤは自分の知り合いではないと結論付けた。
 男性は真っ直ぐミラの方へ向かい、目の前で止まった。

 「ああ、いたいた! 本部からの使者様」

 そう言われたミラがキョトンとしてセシリヤを見た。いや、私を見ても困ると言わんばかりにセシリヤは首を動かして男性の話を聞くようにミラへ指示を送る。しぶしぶとミラは男性を見た。

 「あの、何か御用ですか?」

 頬を引きつらせながら言うミラに男性は鼻息を荒くしながら近づいた。

 「私、ツノゴマと申します。この街で宿パエパランツを経営しております。以後お見知りおきを。ところで、使者様は今晩泊まる宿は決められておりますかな?」

 胡散臭い笑みを向けながら両手をすり合わせる相手にさらにミラは頬を引きつらせる。

 「は、はい……決まってますが」

 答えた瞬間にツノゴマから笑みが消えた。その瞬間、セシリヤはティルラで遊んでいた手を止めて警戒心を強める。ツノゴマはもう一度胡散臭い笑みを浮かべて口を開いた。
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