翠眼の魔道士

桜乃華

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第五十八話 提案

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 モンタナの近くまで来たところで、酒場で一度別れたピー助が戻ってきた。酒場は動物の入店を断っていたため、セシリヤの指示でピー助はコランマール中を飛んでいたのだ。ピィー、と一鳴きしてセシリヤの肩へと止まる。

 「ピー助、おかえり~。散策は楽しかった?」

 問えば、返事をするようにピィー、ともう一度鳴く。その返事に満足したようにセシリヤはうんうん、と頷いてモンタナの扉を開いた。

 「クルバさ……」

 「セシリヤちゃん! 聞いとくれ! 大ニュースだよ」

 セシリヤの声にクルバの声が被さり、セシリヤの「ただいま」は完全に呑み込まれた。気を取り直してセシリヤはクルバへ「どうかしたんですか?」と問う。

 「水道から水が出たんだよ! それだけじゃなくて、枯れていた井戸からも水が沸き上がっててここいら大騒ぎだよ」

 興奮しているクルバは一息で喋った。

 「良かったですね」

 そう言って微笑んだセシリヤは内心「クルバさんものすごく喜んでくれてる!」とガッツポーズをする勢いだ。大事な資源に魔術障壁を施した輩を特定できなかったことは悔しいが、道中で見た親子や目の前で喜ぶクルバを見られただけでも地下水路に行った甲斐がある。もちろん、セシリヤだけでは解決など出来ていないのは十分理解している。

 「……セシリヤちゃんのおかげなんだろ?」

 鋭い指摘にセシリヤの肩が微かに揺れ、言葉を探して天井へと視線を泳がせた。水が出るようになったのはセシリヤへ水が出なくなったことを話した後だ。今まで旦那を含めて何人もの人が手を尽くしても解決しなかったことをたった数日で彼女は解決してしまった。昨日見た水の生成と、昼間に聞いた精霊の噂。目の前で何と言おうか迷い眉間に皺を刻んでいる彼女が関与していることは容易に想像できた。けれど、誤魔化そうとする様子からあまり知られたくないのだろう。クルバは小さく笑うと緩く首を左右に振った。

 「言いたくないなら何も言わなくていいよ、私が勝手にそう思うことにするから。それよりもせっかく水が出たんだ! お風呂沸かしてあるから入っといで!」

 クルバに背中を押されながらセシリヤは割り当てられている部屋まで向かった。部屋に入ると少しだけ疲労を感じてベッドへと腰かける。このまま横になれば眠ってしまいそうだ、と思いセシリヤは首を左右に振ると立ち上がった。ポケットに入れていた魔石をテーブルの上に置いて軽装になったところでクルバが戻ってきた。

 「セシリヤちゃん、これタオルと……って、まあ綺麗な石だね」

 近くのテーブルへタオルと寝巻を置いたクルバが魔石に気付いて近づいてきた。ジッと見つめているクルバにはティルラの姿は見えないらしい。彼女には“綺麗な翡翠色の石”としか映っていない。

 「最近拾ったんです。いつもはポケットに入れていて……」

 「ポケット⁉」

 目を丸くしたクルバにセシリヤはきょとん、としている。中に入っているのは自称女神で、よく話しかけてくるため麻袋や鞄の中に入れることは出来ない、と説明するわけにはいかないので、セシリヤは「ポ、ポケット……です」ともう一度繰り返した。

 「そんなところに入れていたら落としちまうよ」

 苦笑したクルバはセシリヤへと提案を持ちかけた。

 「セシリヤちゃん、この石をアクセサリーに加工させてもらえないかい?」

 予想外の申し出にセシリヤは目をしばたたかせた。数拍置いて、

 ――なんですって⁉

 ティルラが反応した。あまりの声量にセシリヤの肩眉が上がる。やはり普通の人間、魔力を持たない者には聞こえないのか、クルバは特に反応を示していない。

 「加工と言っても石を削ったりはしないから安心しとくれ」

 ――なんだ、びっくりしたじゃない……

 安堵するティルラにセシリヤは苦笑した。たしかに、魔石を削ってしまって万が一彼女が元に戻る機会を潰してしまうことになれば……大騒ぎするティルラを想像してセシリヤはクルバに気づかれないように吹き出した。
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