翠眼の魔道士

桜乃華

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第六十六話 命令/侵入者

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 広い部屋の中、恰幅のいい男が一人煙草をふかしながら「おい」と声を掛けた。すると、男以外に誰も居なかったはずの部屋にローブを深く被った男が姿を現した。

 「お呼びですか、ツノゴマ様」

 男は片膝を付いて命令を待つ。

 「地下水路へ行って様子を見て来い」

 「は?」

 なぜだ、と言わんばかりの反応にツノゴマは苛立ちを隠すことなく煙草を灰皿へ押し付けながら続けた。

 「水が出たと皆が騒いでおる! 貴様の魔術障壁が破られたとしか考えられん! どうなっている⁉ 高い金を積んで雇ってるんだ、その分の仕事くらいしたらどうだ!」

 怒りに任せて灰皿を投げた。

 「……ですが、術式が破られた気配は」

 「では、水が出たことについてどう説明する?」

 「っ、……」

 言葉を詰まらせた男は「調べてまいります」と言い残し部屋を去った。

 「ちっ、さっさと行動すればいいものを!」

 悪態を吐きながらツノゴマはもう一本の煙草へと火を付けた。



♦♦♦



 夜の帳が降り、皆が寝静まった時間。男はツノゴマの命で地下水路へと向かった。自らが施した魔術障壁の地点へ魔術道具を用いて転移した男は眉を寄せる。魔術障壁は正常に機能しているが、見張りと配置していた土人形が三体とも破壊されていた。
 素人では破壊できないはずだ。土人形の中には文字が刻まれた羊皮紙を埋め込んである。それを中から出すには一度土人形を破壊しなければならない。けれど、泥で作られているそれらはすぐに再生するように術式を組んでいた。強力な攻撃を与えない限り羊皮紙が露呈することはないはずだ。
 男は粉々になった土人形へ近づくと膝を折った。手に取れば、砂塵の様に掌から流れていく。手に取った羊皮紙は“E”が消されていた。

 「どういうことだ? 土人形は破壊しておきながら魔術障壁には手を出していない?」

 疑問を抱いた男の耳に水音が聞こえてきてそちらへ歩みを進めた。
 魔術障壁を施した時からこの水路は枯れていたはずだ。しかし、今は水で満たされている。

 「どこから水が……この先は行き止ま……」

 思い至った男が走り出した。このまま進めば行き止まりだが、そこには窪みがあったはずだ。水が出ている原因はそこにあると踏んだのだ。
 



 息を切らしながら目的の場所までたどり着いた男は目をみはった。ここに来るまでに水路は水で満たされていたが、自分が魔術障壁を施した時から水が流れるなんてありえないのだ。しかも目の前には本来何もないただの窪み。けれど、今はそこから水が沸き上がっているようではないか。

 「バカな……、あり得ない! なぜ水が……、くそっ!」

 ツノゴマから金で雇わられた男の仕事はクルバの経営するモンタナを経営破綻まで追い込むこと。そのために雇い主の依頼で生活に必要な資源である水を枯渇させた。次第に客足の遠のいていく様を観察していた。それで仕事は終わったはずだったのだが、クルバたちは数年間細々と経営を続けていたのだ。先日、客として潜り込んだ際にようやく宿を畳むと零していたため、男の仕事も終わると思っていた矢先に水が湧いていると聞けば焦りの色が濃くなるというもの。
 男が悪態を吐きながら中心へ視線を向けた。そこには以前はなかった水晶がある。男の口角が吊り上がった。

 「ははっ! 誰がやったか知らないが、これが媒介か? こんなの抜いてしまえば……」

 男が湖へ足を入れようとした刹那、男の頬を鋭利なものが掠めた。それは壁へ当たり液体へと戻る。男が自分の頬へ指を添えれば、ゆるりとした感触。鉄の匂いに血だと分かった。

 『何者ですか。ここは私の領域。先ほどから様子を窺っておりましたが、ここへ足を入れるというなら話は別です』

 凛とした声がした。男は周囲を見渡す。息を殺して気配を探るが、何もない。男はごくり、と喉を鳴らした。

 「誰だ⁉ 出て来い!」

 『誰だ、ですか……それはこちらの台詞です。あなたが魔術障壁を施した者ですか?』

 問いに男は「ああ、そうだ!」と素直に認めた。アンディーンの眉がぴくり、と動いた。

 『そう、ですか……。そのせいで誰かが辛い思いをしていてもあなたは何も感じなかったのですか?』

 続けられる問いに男は笑い声をあげた。

 「はははっ! 何を言うかと思えば! そんなこと感じるわけがないだろ? こっちは金で雇われてんだ、仕事だよ、仕事! だいたい、さっきからお前は誰なんだよ」

 今度は男が問う番だった。

 『私ですか? 私はこの疑似的湖を創り出した精霊です。あなたに名乗る名など持ち合わせておりません。即刻ここから立ち去りなさい』
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