翠眼の魔道士

桜乃華

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第六十七話 拘束

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 「はっ! 精霊だって? 馬鹿馬鹿しい、そんなの存在するはずないだろ」

 男が鼻で笑う。アンディーンは眉を寄せながらも冷静だった。精霊は現に存在するのだが、姿を見た者はほとんどおらず、見たと言ったところで妄言だと嗤われるだけだ。だから、精霊は御伽噺フェアリーテイルとしてしか認識していない者の方が多いのだ。それはアンディーンも理解している。だから、セシリヤのように普通に接してくれる人間が珍しくて、そして嬉しかった。

 『信じる、信じないはあなたの勝手です。が、私の領域で悪事を働こうというのなら』

 言葉を切ったアンディーンに「どうするって?」と男が煽る。

 『そうですね、一晩捉えてあの方へ引き渡すとこにします』

 アンディーンは満面の笑みを湛えた。声が弾んでいる。いつかここへ魔術障壁を施した人間が現れる予想はしていたが、こんなに早く来るとは思わなかった。これは好機だ。彼を拘束し、セシリヤへ引き渡すことが出来れば犯人も確保できて彼女へのお礼にもなる。一石二鳥だとアンディーンは「ふふっ」と肩を震わせた。

 「精霊だかなんだか知らないが、俺を簡単に捉えられると思うなよ! こっちは魔術に長けているん……」

 『そうですか、では遠慮なく』

 男が言い終わる前にアンディーンは語尾にハートマークでも付けそうな勢いで水を操った。うねる水は真っ直ぐ男の方へ向かう。

 「くっ!」

 咄嗟に地面を隆起させて壁を作ったのも束の間、

 『あの方と比べるとずいぶん温いんですね、そんなので私と戦おうなんて』

 背後から声がした。慌てて振り返っても相変わらず誰も居ない。男の頬を汗が伝い、地面へと落ちた。手の甲で拭いながら意識を集中させて声の主を特定しようとするが、アンディーン自体は洞窟に居るため無駄だ。
 そうしている間にも湖から水の塊が複数出来ている。
 焦燥の色を強くした男が魔術道具を取り出して氷結系の詠唱を始める。

 『凍らせれば問題ない、と? あの方も同じことをされておりましたが、あなたはずいぶんと遅いんですね』

 アンディーンが口角を上げる。セシリヤは詠唱を省略していただけなのだが、二人には知る由もない。アンディーンは水の一塊を男へとぶつけた。反動で手にしていた魔術道具が落ちる。

 「ぐっ!」

 カン、と地面へと叩きつけられて金属音が鳴る。痛む手を抑えながらそれを拾おうとする前にアンディーンはもう二つ、水を放った。水は勢いよく男へと向かい、彼の両腕を壁へと固定した。男が力を入れて水を解こうとすれば、一度は外れた枷が再び形を成し男の腕を拘束する。

 『耐久戦といきますか? あなたの体力が尽きるか、私の水が尽きるか。もっとも、私の水は私が存在する限り半永久的に消えませんけれど』

 アンディーンはコロコロと鈴を転がすように笑った。

 「くそっ! くそっ!」

 男はもがくけれど、水の枷は外れる様子はない。

 『詠唱をされるのでしたら、その口を塞いでしまいましょうか?』

 どうしますか? と問うアンディーンに男は首を左右に振った。

 『そうですか、それではあの方をお呼びするまでしばらくそこで大人しくしていてくださいね』

 「あの方って誰だ……」

 問いにアンディーンが「ふふっ」と笑う。片手を頬に添えて微笑を湛えながら言った。

 『あなたの作った土人形を倒したお方です』

 それだけ言えば伝わるだろう、と踏んでいたアンディーンの予想通り男は目を丸くしていた。ここに来るまでに実際に崩れた土人形を見てきたのだろう。

 『明日、お会いすれば分かりますので』

 おやすみなさい、と言い残してアンディーンは会話を終えた。一人壁に貼り付けられた男はもがいても仕方ないと悟ったのか自嘲気味に笑った。
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