翠眼の魔道士

桜乃華

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第六十九話 対面

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 「痛っ」
 「大丈夫⁉」

 ゴン、と鈍い音を立てたことにティルラがさすがに口を出した。セシリヤは「大丈夫」と言いながら額をさすった。ミラもセシリヤの反応に驚いたのか椅子から立ち上がっていた。中腰の彼をセシリヤは片手で制する。

 「大丈夫だから、座って」

 ミラは大人しく従った。

 「だって、せっかくセシリヤさんと一晩過ごせると思っていたのに違うところに泊まらされたんですよ? 僕のストレスも溜まるというものです」

 フンス、と鼻を鳴らしてミラはマグカップを煽った。

 「あ、そう……」

 聞いて損した、と言わんばかりにセシリヤが額をさすっているところに

 ――セシリヤ様、おはようございます。実はご報告があります

 アンディーンがブレスレット越しに話しかけてきた。

 「アンディーン、おはよう。報告って?」

 アンディーンの声音の硬さにセシリヤは表情を引き締めた。

 ――はい。昨晩、疑似的湖私の領域に一人の人間が侵入し交戦の後、現在は拘束しております
 「侵入者?」

 ――フードを被った男が一人。魔術障壁を施した者らしく、金で雇われたのだと言っております
 「魔術障壁ってあの? へえ、いつか来るとは思っていたけど、意外と早かったのね。それにしても、金で雇われた……と」
 ――はい。雇い主に関しては聞いておりません。セシリヤ様に引き渡すつもりで水の枷で拘束しております。耐久戦になるかと思っておりましたが、早々に抵抗は諦めたみたいですね

 残念です。ふふっ、と笑うアンディーンにセシリヤは頬を引きつらせた。そういえば、彼女は地下水路で『身勝手な理由で独占する輩を罰することが出来ないのが悔しい』とかなんとか言っていたことを思い出した。怒らせると怖いタイプだったのか、とセシリヤはブレスレットへと視線を落とした。

 (アンディーンは怒らせないようにしよう)

 セシリヤは心の中でそっと決心した。

 「それで? 今すぐにそこに向けばいいの?」
 ――いえ、朝食を召し上がられてからでも問題ないかと。男の事は私が見張っておりますので、セシリヤ様はお好きな時間にお越しください

 弾んだ声のアンディーンにセシリヤは頷きかけて「いや、それはダメでしょ⁉」と立ち上がった。目を丸くしているミラと目が合ったセシリヤは少しだけ逡巡すると「ミラ」と名前を呼んだ。

 「はい」

 待ってました! と言わんばかりにニコニコ、と笑みを向けるミラにセシリヤは「ちょっと付き合って。報酬は後で支払うから」と言うとクルバに出掛ける旨を伝えて食堂から出て行った。
 



♦♦♦


 
 「いやぁ~まさか、セシリヤさんから朝のお誘いがあるなんて」
 「……誤解を招くいい方やめないとその口塞ぐわよ」

 なにで、とは言わない。その代わり指先に冷気を纏わせているセシリヤにミラはそっと口を閉じた。セシリヤたちはモンタナからミラの転移魔法を使ってアンディーンの作った疑似的湖に来ていた。

 「まあ、セシリヤ様! そんなに早く来られなくても侵入者ならこの通り」

 ブレスレットから顔を出したアンディーンの指す先を見れば、男が壁に貼り付けにされていた。ミラが興味深そうに男に近づく。

 「壁に水で作った枷を……。たしかに、これなら抵抗すれば耐久戦になりますね」

 セシリヤも男へと近づいて顔をジッと見つめた。
 目を開けた男がセシリヤとミラを交互に見る。

 「初めまして、侵入者さん。あの魔術障壁はあなたがやったもの?」
 「……ああ、そうだと言ったら?」
 「そう」
 「そう、ってセシリヤさん?」

 短い返答にミラが目を丸くする。アンディーンも同様にミラと同じ反応をしていた。

 「あの時は魔術障壁を解除できなくて悔しかったけど、水に関してはアンディーンが疑似的湖を作ってくれたおかげで解決したし、今となっては解除する意味はないもの。それよりも」

 言葉を切って男を見据える。

 「雇い主について口を割ってもらいましょうか」
 「……そう簡単に口を割ると思っているのか?」
 口の端を吊り上げた相手にセシリヤは「いいえ」と首を左右に振った。簡単に喋る者もいれば、絶対に口を割らない者もいる。彼は後者のようだ。簡単に話してくれる相手なら楽なのにな、と思いながらもセシリヤは膝を折り相手と目線を合わせる。

 「なんだ……拷問でもするつもりか?」
 「しないわよ。そんな趣味ないもの」

 間髪入れずに否定する。

 「土人形を作ったのはあなた?」
 「そうだ。……あれを倒したのは貴様か」

 肯定した相手にセシリヤはニコリ、と笑みを向けた。

 「へえ……、なかなか良かったわよ。ストレス発散に丁度良かったわ。久しぶりに思いきり魔法仕えたし」

 男の肩をバシバシ叩きながら言うセシリヤにティルラ、アンディーン、ミラそして、男も唖然としていた。

 (いやいや、そこ、褒めてどうする! 確かに魔法使ってスッキリしていたけども! 今はそうじゃなくて、雇い主? だっけ、それを聞きだすんじゃないの⁉)
 「そ、そうか? ま、まあ、あれは自信作だからな! でも、見事に破壊してたな、小娘」
 (あんたも何ちょっと褒められて嬉しそうにしてんの⁉ 敵同士でしょあんたら!)
 「……土人形」

 ぽそり、とミラが零した。

 「あ、はい。この奥にある魔術障壁を護っていた三体の土人形をセシリヤ様が倒されたんです」

 アンディーンが興奮したように答える。

 「あの、ミラ様? どうされました?」

 俯いたミラを気遣うようにアンディーンが声を掛けた。彼の肩が小刻みに震えている。もう一度声を掛けようとした矢先、ミラが勢いよく顔を上げた。嫌な予感がセシリヤの脳裏を過る。

 「セシリヤさんと土人形の戦い」
 「うん」
 「僕はその間大道芸をしていました」
 「うん」
 「僕も見たか……はっ!」
 「……」

 思いついたと言わんばかりに表情を輝かせたミラとは対照的にセシリヤは額を抑えた。次に彼が言う台詞の予想は容易だ。
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