翠眼の魔道士

桜乃華

文字の大きさ
90 / 114

第八十七話 ヴァシリー戦 3/4

しおりを挟む
 「……」

 セシリヤは昔のことを思い出して乾いた笑いを零した。あれのせいでカエルとイモリがトラウマになっているのだからろくな稽古じゃなかった。

 (結局何体まで増えたんだっけ……)

 思い出しかけてセシリヤは首を左右に振る。斬ったら増えるトラウマのせいで魔物を斬ることに躊躇してしまう。剣同士の打ち合いならば増えることはないため、戦えるが、ブランクはもちろんある。その結果がこれだ。

 「やっぱり剣は出来るだけ使いたくないというか、なんというか……」
 「どうしたんだよ」
 「いや、別に」

 口ごもるセシリヤにヴァシリーの眉が寄せられる。稽古のことを口にすればセシリヤの弱点がバレてしまうため、迂闊に話すことが出来ない。

 「いいじゃない! 魔法も使えるんだから、戦うには申し分ないでしょ!」
 「そうだな」

 ヴァシリーは声を上げて笑った。

 「さて、呼吸も整ってきたし、ヴァシリーは動けないから今のうちに!」

 セシリヤはヴァシリーへ向かって走った。相手は両足が凍っているせいで身動きが取れない。けれど、彼は口角を上げて剣を掲げた。

 「っ⁉」

 急にセシリヤが立ち止まり、数歩バックステップする。

 「おっ! 勘が鋭いのはいいことだぞ」

 言いながらヴァシリーは剣先を氷目がけて思いきり突き刺した。勢いで氷が砕け、ついでに地面が抉れていた。風圧で欠片がセシリヤの方まで飛んでくる。

 「噓でしょ⁉ 氷を砕くとかどんだけバカ力なの!」
 「いやぁ~そんなに褒めるなよ。照れるじゃねーか」
 「どこをどう聞いたら褒め言葉に聞こえるのよ……」

 セシリヤは肩を落とした。対してヴァシリーは窮屈だったのか、足首を回している。

 「ホントですね、頭の中は花畑ですか?」
 「おい、セシリヤさんに怪我させてみろ。ただで済むと思うなよ」

 いつの間に来ていたのか、ラウラとミラがギャラリーに混じってヤジを飛ばしていた。

 「お前らもう来たのか。喧嘩はいいのかー?」
 「別に喧嘩をしていたわけではありません」
 「はっ、こいつと喧嘩とか時間の無駄……」
 「それはこちらの台詞です」

 互いに睨み合う。彼らの隣にいた職員たちは巻き込まれないように目を合わせないようにしている。ヴァシリーは笑いながら屈伸をして剣を握り直した。

 「セシリヤ、そろそろ決着、つけるか」
 「そうね……」

 んじゃ、と言うが早いか、ヴァシリーが地面を蹴って接近してきた。歯を食いしばりながら振り下ろされた剣を受け止める。擦れた金属が僅かに火花を散らした。

 「くっ! ああ!」

 セシリヤは一歩前に踏み込んだ。押し負けることに目を丸くしたヴァシリーはすぐに口の端を吊り上げた。

 「セシリヤちゃん、まだそんな力残ってたのか……」

 勢いのままヴァシリーの真横に入ったセシリヤが剣を握り替えて横一閃する。剣身が届く前に縦に持ち替えたヴァシリーに阻まれる。思わず舌打ちしたセシリヤはもう一歩踏み込んで剣を打ち込んだ。
 剣の打ち合いを数回繰り返したセシリヤは視線をヴァシリーの剣へと向けた。

 (そろそろか……)

 「なあ、セシリヤちゃん。俺はまだ技を出しちゃいなんだ……」
 「そう」
 「まあ、ここは狭すぎて技なんて出せないんだけど」
 「出さなくていいわよ、そんなもの」
 「あれ? 負けるのが怖いのか?」

 煽ってくるヴァシリーに乗ることもなく、セシリヤは数歩下がった。追いかけようとしたヴァシリーは自分の意思とは関係なく、体がついていかないことに眉を寄せた。視線を向けた先は地面に剣先を付けたまま持ち上がらない己の剣。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

平凡な王太子、チート令嬢を妻に迎えて乱世も楽勝です

モモ
ファンタジー
小国リューベック王国の王太子アルベルトの元に隣国にある大国ロアーヌ帝国のピルイン公令嬢アリシアとの縁談話が入る。拒めず、婚姻と言う事になったのであるが、会ってみると彼女はとても聡明であり、絶世の美女でもあった。アルベルトは彼女の力を借りつつ改革を行い、徐々にリューベックは力をつけていく。一方アリシアも女のくせにと言わず自分の提案を拒絶しないアルベルトに少しずつひかれていく。 小説家になろう様で先行公開中 https://ncode.syosetu.com/n0441ky/

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...