翠眼の魔道士

桜乃華

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第九十二話 特別任務

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 「セシリヤ」

 真っ直ぐセシリヤを見据えたヴァシリーにセシリヤは背筋を伸ばした。今度は何を言われるのかと緊張が走る。

 「クエスト管理協会本部からの特別任務を命じる」
 「はい?」
 「詳細は本部にて話す」
 「いや、ちょっと待って⁉ なに勝手に」
 「あら、セシリヤ。本部に来るの? 今から行く?」

 声音が弾んでいるラウラにセシリヤは「今は遠慮しておくわ」と断った。

 「じゃあ、僕と一緒に行きますか?」

 今度はミラが声を弾ませる番だった。こちらも「だから、今すぐは行かないって言ってるじゃない」と断る。えー、と不満そうなミラにセシリヤを挟んでラウラがざまあみろと言わんばかりに笑っていた。

 「特別任務はクエスト管理協会に所属している者は絶対に拒否権はない。それは分かっているだろ」
 「それは、まあ……」
 「決まりだ。セシリヤ、本部へ来い」
 「詳細はここで話せないってこと?」

 ジッとヴァシリーを見つめるセシリヤの瞳は真剣なのだが、両腕をがっちりと掴まれているせいで迫力にいまいち欠ける。ヴァシリーは一瞬、笑いそうになり咳払いをして表情を引き締めた。

 「そうだ。お前の準備が出来ているなら今すぐにでも発つが、どうする?」

 ヴァシリーの提案にセシリヤは首を左右に振った。クルバとペレシア、そしてビブリスの顔が浮かぶ。まだ、ここでやり残したことがあるのだ。

 「少しだけ時間を頂戴。まだここでやりたいことがあるの」
 「そっか、分かった。三日だ。三日の間に本部まで来い」

 コランマールから本部のある中央国家―ミッティアまで約三百キロメートル以上ある。馬車を使ってギリギリといったところだ。

 「三日⁉ 五日にして! 五日!」
 「馬車で三日もあれば着くだろ? なんで五日なんだ」

 セシリヤの言っている意味が分からないと、ヴァシリーが眉を寄せた。

 「だって、三日で着くのは分かるけど着いてその足で本部は嫌よ。宿に寄って少しくらいゆっくりさせてよ!」
 「そうよね、ゆっくり休みたいわよね。男には分からないわよ」

 ねえ、セシリヤと言いながらラウラが空いている手でセシリヤの髪に触れる。双眸を細めてヴァシリーを見れば、相手は「うーん」と腕を組みながら唸り声を上げた。

 「分かった! 一応、五日待つ。が、休んだら五日まで待たずにすぐに来い! いいな?」
 「……分かりました」

 ヴァシリーからの圧力にセシリヤは少しの間を空けて了解した。

 「という事は、セシリヤさん三日後にミッティアまで来られるんですね?」
 「そうなるわね……」

 セシリヤは天井を見上げながら溜息を吐いた。

 「じゃ、じゃあ、僕がお出迎えします!」

 表情を輝かせながら空いている手を挙げたミラにラウラが「あら、残念」と鼻で笑う。すぐにミラが眉を寄せて相手を睨んだ。

 「なにが残念なんだよ」
 「だって、あなたには仕事があるもの」

 コロコロと笑いながらラウラは胸元から一枚の紙を取り出した。

 (ねえ、谷間から紙を取り出す意味ってある?)

 見ていたセシリヤが複雑そうな表情をする。一度自分の胸元を見て「ハッ」と乾いた笑いを零した。ヴァシリーはまたも笑いを堪えようとしたが、堪え切れず「ぶはっ!」と吹き出した。声を殺して腹を抱える。
 ラウラが渡した紙に目を通すミラの表情が険しくなる。紙を持つ手がわなわなと震え、勢いよく顔を上げた。

 「なんだよ、これ!」
 「あなたの仕事を親切な私がリスト化してあげたの。感謝くらいしたらどう?」
 「感謝なんかするか! こんなの……こんな仕事量こなせるわけないだろ⁉」

 紙を投げて憤慨するミラの声量にセシリヤが眉を寄せる。耳を塞ぎたくとも、両腕を取られている状態ではそれは叶わない。

 「あら? あなたがセシリヤとイチャイチャしている間に溜まっていた仕事も込みなのですから、自業自得よ」
 「べ、別にイチャイチャは……」

 否定しかけたミラは洞窟での件を思い出して瞬時に頬を赤く染めた。その反応にラウラは面白くなさそうに、対してヴァシリーは興味深そうにミラとセシリヤを見た。

 「……違う、違うから。そんなんじゃないから……ああ、もう、視線がうるさい」
 「いや、あれは……その。事故と言うかなんというか……」

 二人の反応がますます面白くなかったのか、冷えた眼差しをミラへと向けたラウラにミラは気付いていない。自分で煽っておいて言うのもなんだが、とてもつまらない。

 「へえ、ふーん。そう……」
 「ちょ、ちょっとラウラ⁉ 痛い、痛いんですけど⁉ 力、緩めて!」

 ギリギリ、と腕を締め上げられているセシリヤが抗議の声を上げるが、嫉妬に駆られているラウラには聞こえていないようだ。ヴァシリーへと助けを求めようと視線を向けたセシリヤは「おい」と低い声を出した。彼は腹を抱えたまま笑っている。時折、笑いすぎて咳き込んでいた。
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