翠眼の魔道士

桜乃華

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第百話 覗き見

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 「術式はあれで問題ないわね。あとはこの紙の生成と術式……、それと」

 ずっとここにいるわけにはいかない。明日には発たねばならないため、紙の生成と術式を誰かに教え込む必要がある。
 ジッとビブリスを見つめていたセシリヤの視線に気付いた相手が「な、なんだよ……文句でもあるのか? どうせ俺は子供よりも下手だよ」といじけ始めている。

 「はいはい、そこ。いじけてる時間が惜しいから後にして」
 「お前はもう少し優しくしてくれないか……」

 睨まれてすぐに口を閉ざした。

 「おねえちゃん、もっとつくりたい」
 「あたしも」

 少女たちがセシリヤの服を掴んで見上げてくる。二人の視線を受けてセシリヤは羊皮紙をビブリスに渡した。きょとんとしている相手に更にもう一本の羽ペンを預けるなり指示を始めた。

 「今から私が書く術式を真似して書いて覚える! いい?」
 「は、はい!」

 セシリヤの迫力に背筋を伸ばしたビブリスがペンを握り直した。ふと、彼は何故自分が術式を覚えなければならないのかと疑問を浮かべたが、少女たちの表情を見てその疑問を脳の隅へと追いやる。セシリヤが羊皮紙に書き始めた術式を真似ながら刻んでいく。ようやく一枚書き終えたところで息を吐いたビブリスに相手から無慈悲な言葉が飛んできた。

 「残念。スペルが数か所間違えてる。はい、書き直し!」

 ビブリスは声なき悲鳴を上げ、両サイドから覗き込んでいた少女たちが笑い声と共に声援を送っていた。それを聞いたビブリスはもう一度術式を書き始める。数枚書き直ししてようやく一枚が完成した。誇らしげに羊皮紙を掲げる彼に少女たちが羽ペンを持ちながら見上げてくる。それを二人へ渡すと彼女たちは顔を見合わせて「ありがとう、おじちゃん!」と礼を述べて噴水の縁まで移動した。誰かに礼を言われたのはいつ以来だろうか、そんなことを考えていたビブリスにセシリヤが追加を言い渡す。

 「感動に打たれているところ悪いんだけど、ここにある羊皮紙に術式刻んでくれない?」

 渡された羊皮紙の枚数に再び声なき悲鳴を漏らす相手の両手に容赦なく羊皮紙を乗せた。



 ビブリスが羊皮紙へペンを走らせているなか、セシリヤは近くにあったオープンテラスに移動してカフェオレを飲みながら羊皮紙に視線を落とした。途中まで黒のインクで術式が刻まれているが、そこから先が進まない。羽ペンを置いてカップへ手を伸ばしかけたセシリヤは複数の視線を感じてそちらを向いた。建物の壁から顔が四人分。気付かれたことに驚いた四人が顔を引っ込めてしばらく間を置いてからそっと顔を出した。が、壁まで近づいていたセシリヤに四人が腰を抜かした。

 「さっきから何してるの? って、今朝の用心棒ズじゃない」

 問われて四人は気まずそうに視線を逸らす。その中で一人が勇気を出して声を上げた。氷結系の魔術を得意としていた魔術師だ。

 「あ、えっと……。用心棒クビになったんだ。それで、この先どうしようかと歩いていたらあなたたちを見かけたから気になって……」
 「声を掛けようかと迷っていたってこと?」

 素直に頷く。セシリヤは四人を見つめて思案した。一人は魔術師、残りは魔術も魔法も使えない者たち。武闘派で体力はありそうだと見る。

 「覗き見していて何か思うことでもあった?」

 重ねて問われた四人は言葉を探した。けれど、見つからず視線を逸らす。言いたいことはある。セシリヤに倒されなければ用心棒をクビにならず、職を失う事もなかった。それを言ったところで意味がない事を理解しているからこそ口を閉ざした。そんな彼らを見たセシリヤは眉を寄せる。ビブリスと同じで彼らも仕事がなく、用心棒をするしかなかったのだろう。
 互いに沈黙が続く中、セシリヤが口を開いた。

 「あのさ、あいつビブリスと一緒に長所を生かしてみる?」
 「は……?」

 四人の声が重なった。
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