翠眼の魔道士

第百六話 起動

　ジャオが真っ直ぐ手を挙げて何かを言いたげにしているので促すと、荷物持ちを買って出る。意外な申し出に戸惑うクルバ。対してセシリヤは指を顎に添えていた。少しの逡巡の後、口を開いた。

　「アン・ラウフェーン」

　唱えてすぐに機械人形が動き始めた。ジャオたちが瞳を輝かせている中で続けて唱える。

　「スイーヴル・ベフェーレン」

　見たところ機械人形に変化はない。セシリヤは一息つくとロウたちを見据えた。三人は緊張した様子で喉を鳴らす。

　「機械人形に魔法を掛けたから“クルバさんの荷物を持て”って命じてみれば従うわよ」
　「だいぶ限定的な命令だな……」
　「俺やりたい！」
　「俺が先だ！」
　「いや、誰でもいいから早くして」

　ビブリスのツッコミをスルーしてシンたちが立候補するが、クルバを待たせるわけにもいかずセシリヤが額を抑えながら言うと横から声が飛んできた。

　「クルバおばちゃんのにもつをもって！」
　「おにんぎょうさん、おねがい！」

　少女たちの声に機械人形が反応して動き始める。その場にいる全員を観察した人形はクルバを見ると手を伸ばした。動揺を隠せないクルバが助けを求めるようにセシリヤを見る。少女たちの行動に驚いていたセシリヤは我に返ると、荷物を人形に持たせてほしいとお願いする。頷いて人形の手に買い物袋を乗せると次の命令を待つ。

　「あ、そうだった。次の命令をしないとね」

　待機状態になった人形に次の命を下さなければならない。今度こそはとシンたちが名乗りを上げた。次の指示はクルバの宿まで荷物を届けることだが、起動したばかりの人形に街の地理情報はない。そのためこの中の誰かの後を追う命令へ変えてモンタナまで歩き出せば人形は荷物を持ったまま付いていく。クルバにシンたち三人と人形が一体付き添う形になり宿まで向かう。

　「セシリヤちゃん、夕飯までには宿に帰ってくるんだよ。美味しいご飯を用意して待っているからね。あんたたちもね」

　振り返ったクルバが声を張り上げて言う。返事をするセシリヤの傍にいたビブリスたちが顔を見合わせてきょとんとする。クルバの言う“あんたたち”は自分たちの事を指しているのだろうか。

　「そうだよ。顔を見合わせているあんたたちと、荷物持ちをしてくれるあんたたちもね」

　シン、ジャオ、ロウ、スーとビブリスは「はい！」と声を揃えた。彼らの返答に満足そうに頷いたクルバは待っているからねと言い残して歩き出した。彼らの背中を見送りつつセシリヤが肩に止まっていたピー助へと指示を出す。

　「ピー助、無事に宿まであの子が辿り着けるか見ててくれる？」

　そう言うとピー助は一鳴きして羽を広げ、肩から飛び立つとクルバたちの後を追った。