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百十一話 別れと出発と新たな出会い
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朝食を食べ終えて宿を出る前、クルバから渡されたのは最初に泊まった時と同じ日保ちする食糧だった。驚くセシリヤに女将は片目を瞑りながら「貰っておくれ」と言う。そう言われてしまえば受け取らないわけにはいかない。
「セシリヤちゃん、いろいろとありがとうね。また、この街に来たら顔を見せておくれよ」
クルバはセシリヤを優しく抱きしめた。セシリヤも彼女の背中に手を回して瞳を瞑る。
「はい。ぜひ! お世話になりました」
告げて手を離すと、見送るために起きていたビブリスたちと目が合った。
「……ハグはしないわよ?」
「ばっ! こっちだって願い下げだ!」
冗談めいて言うとムキになって返ってくる言葉。そのやり取りが面白くてセシリヤは吹き出した。
「姐さん! この子たちありがとうございました!」
「正しく使います」
「そうして。この子たちの事、よろしくね?」
視線を機械人形たちへ向ける。あの後彼らは新たに二体分の顔を作っていたらしい。機械人形たちが三体、優雅にお辞儀をした。契約書は交わしたが、今の彼らなら大丈夫だろうとセシリヤは確信を持っていた。それを裏付けるように彼らは人形相手にも情を注いでいる。
「それじゃあ、また」
そう言って宿を発った。
馬車のある広場までは徒歩で十数分。出発までには時間がある。御者へチケット渡して時間まで散策することにした。店が開き、人通りが増えてくる。ブロートが運営しているパン屋を通りかかり足を止めると、気付いたブロートが手を振った。それに応じてさらに進む。
「そこのお嬢さん、ちょっといいかね?」
途中、声を掛けられて足を止めた。一人の老人が椅子に腰かけて手招きをしている。セシリヤは老人の元へ向かった。
「お爺さん、どうしたんですか?」
「いや、なに。お嬢さんの背後に何か見えたのでね」
「っ⁉」
勢いよく背後を振り返った。けれど、何も見えない。セシリヤは息を吐くと老人に詰め寄る。
「脅かさないでくださいよ。何もいないじゃないですか……」
「そうかい? ワシには綺麗な女神様の姿が見えるんだがなぁ~」
白い髭を撫でながら老人はのんびりとした声で言う。セシリヤは彼の言葉が引っかかった。からかっているようには聞こえないからだ。
「お爺さんはその女神さまの事を知っているんですか?」
「ん~。そうじゃなぁ……」
視線が上を向く。彼が何を見ているのかは分からないが、続きを待った。
「翡翠色の髪と瞳の女神様……そう言えば、お嬢ちゃんの瞳も同じ色だなぁ~」
皺だらけの目元を緩めて告げる老人の言葉にセシリヤは洞窟で一度だけ見たティルラの姿を思い出した。彼が見ているのはティルラなのだろう。
「あの、お爺さん。女神―ティルラの事を知っていますか?」
意を決して問う。老人は髭を撫でる手を止めて双眸を開き、真っ直ぐセシリヤを見据えて緩く首を左右に振った。
「残念ながらワシが知っているのは文献に載っているだけの知識だけじゃ。すまんの、お嬢ちゃん……。でも、お前さんはその女神様の加護を受けておるぞ」
(……加護かなぁ? どちらかと言うと人の魔力を吸収してるだけなんだけど……)
思った事を呑み込んだのと同時、広場の方から鐘の音が聞こえた。間もなく馬車が出発する合図だ。音のする方へ顔を向けていたセシリヤが老人へ声を掛けようと彼の方を向いたが、そこに先ほどまで座っていた老人の姿はなく、椅子だけが残されていた。周囲を見渡しても後姿さえない。老人の足ではほんの数秒の間に遠くへ行くことは出来ないはずだ。セシリヤは首を傾けた。
「って、セシリヤ! 時間! 馬車が行っちゃうわよ!」
ティルラの声にセシリヤは首を振って思考を散らすと急いで広場まで戻った。
広場には五台の馬車。すでに客は集まっており、確認が行われていた。セシリヤはチケットを渡した御者の元へ行くと乗るように促された。中には一人先客が座っていた。見たところ青年だ。茶色の髪にアクアブルーの瞳、服装は軽装だが、腰には剣が収められている。青年が高い馬車に乗っている時点でただの一般人ではなさそうだ、と思ったが事情は人それぞれ。相手も同じことを思っているかもしれないと思いセシリヤは一礼すると向かい合わせに座った。
「私はセシリヤ = クルサットです。目的地までよろしくお願いします」
「俺はワイアット。……よろしく」
互いに名乗り終えたのと同時、馬が鳴き蹄鉄が石畳を蹴った。ゆっくりと馬車が動き始める。セシリヤは窓を開けて動く景色を眺めた。
「ちょっと寂しい?」
小声でティルラが問う。それに曖昧に笑って見せたセシリヤの瞳は遠ざかっていくコランマールを映していた。
第一部 完 第二部は来年の一月公開予定
「セシリヤちゃん、いろいろとありがとうね。また、この街に来たら顔を見せておくれよ」
クルバはセシリヤを優しく抱きしめた。セシリヤも彼女の背中に手を回して瞳を瞑る。
「はい。ぜひ! お世話になりました」
告げて手を離すと、見送るために起きていたビブリスたちと目が合った。
「……ハグはしないわよ?」
「ばっ! こっちだって願い下げだ!」
冗談めいて言うとムキになって返ってくる言葉。そのやり取りが面白くてセシリヤは吹き出した。
「姐さん! この子たちありがとうございました!」
「正しく使います」
「そうして。この子たちの事、よろしくね?」
視線を機械人形たちへ向ける。あの後彼らは新たに二体分の顔を作っていたらしい。機械人形たちが三体、優雅にお辞儀をした。契約書は交わしたが、今の彼らなら大丈夫だろうとセシリヤは確信を持っていた。それを裏付けるように彼らは人形相手にも情を注いでいる。
「それじゃあ、また」
そう言って宿を発った。
馬車のある広場までは徒歩で十数分。出発までには時間がある。御者へチケット渡して時間まで散策することにした。店が開き、人通りが増えてくる。ブロートが運営しているパン屋を通りかかり足を止めると、気付いたブロートが手を振った。それに応じてさらに進む。
「そこのお嬢さん、ちょっといいかね?」
途中、声を掛けられて足を止めた。一人の老人が椅子に腰かけて手招きをしている。セシリヤは老人の元へ向かった。
「お爺さん、どうしたんですか?」
「いや、なに。お嬢さんの背後に何か見えたのでね」
「っ⁉」
勢いよく背後を振り返った。けれど、何も見えない。セシリヤは息を吐くと老人に詰め寄る。
「脅かさないでくださいよ。何もいないじゃないですか……」
「そうかい? ワシには綺麗な女神様の姿が見えるんだがなぁ~」
白い髭を撫でながら老人はのんびりとした声で言う。セシリヤは彼の言葉が引っかかった。からかっているようには聞こえないからだ。
「お爺さんはその女神さまの事を知っているんですか?」
「ん~。そうじゃなぁ……」
視線が上を向く。彼が何を見ているのかは分からないが、続きを待った。
「翡翠色の髪と瞳の女神様……そう言えば、お嬢ちゃんの瞳も同じ色だなぁ~」
皺だらけの目元を緩めて告げる老人の言葉にセシリヤは洞窟で一度だけ見たティルラの姿を思い出した。彼が見ているのはティルラなのだろう。
「あの、お爺さん。女神―ティルラの事を知っていますか?」
意を決して問う。老人は髭を撫でる手を止めて双眸を開き、真っ直ぐセシリヤを見据えて緩く首を左右に振った。
「残念ながらワシが知っているのは文献に載っているだけの知識だけじゃ。すまんの、お嬢ちゃん……。でも、お前さんはその女神様の加護を受けておるぞ」
(……加護かなぁ? どちらかと言うと人の魔力を吸収してるだけなんだけど……)
思った事を呑み込んだのと同時、広場の方から鐘の音が聞こえた。間もなく馬車が出発する合図だ。音のする方へ顔を向けていたセシリヤが老人へ声を掛けようと彼の方を向いたが、そこに先ほどまで座っていた老人の姿はなく、椅子だけが残されていた。周囲を見渡しても後姿さえない。老人の足ではほんの数秒の間に遠くへ行くことは出来ないはずだ。セシリヤは首を傾けた。
「って、セシリヤ! 時間! 馬車が行っちゃうわよ!」
ティルラの声にセシリヤは首を振って思考を散らすと急いで広場まで戻った。
広場には五台の馬車。すでに客は集まっており、確認が行われていた。セシリヤはチケットを渡した御者の元へ行くと乗るように促された。中には一人先客が座っていた。見たところ青年だ。茶色の髪にアクアブルーの瞳、服装は軽装だが、腰には剣が収められている。青年が高い馬車に乗っている時点でただの一般人ではなさそうだ、と思ったが事情は人それぞれ。相手も同じことを思っているかもしれないと思いセシリヤは一礼すると向かい合わせに座った。
「私はセシリヤ = クルサットです。目的地までよろしくお願いします」
「俺はワイアット。……よろしく」
互いに名乗り終えたのと同時、馬が鳴き蹄鉄が石畳を蹴った。ゆっくりと馬車が動き始める。セシリヤは窓を開けて動く景色を眺めた。
「ちょっと寂しい?」
小声でティルラが問う。それに曖昧に笑って見せたセシリヤの瞳は遠ざかっていくコランマールを映していた。
第一部 完 第二部は来年の一月公開予定
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