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強面騎士団長の憂鬱②
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そんなある日、リースが寝込んだ。
最初は只の風邪だったが、咳き込みながらも無理をしてとうとう高熱が出てしまった。
騎士の仕事にその他書類などの雑務、更には王太子との話し合いまでこなしていたリースにジャスも無理をさせていたという自覚はあった。
現にリースが寝込んだ後、見舞いに家を訪れた際には、
「本来俺が請け負う仕事じゃないことまでさせるからこんなことになるんですよ。」
と散々恨み節を聞かされた。
命に別状はないが、高熱がなかなか下がらず、リースは数日間騎士の仕事を休むことになった。
「はぁ、どうしたものか・・・。こんな時に王太子様の呼び出しがあったりしなければ良いが・・・」
騎士団の訓練を終えて執務室で一息ついていたジャスがそう呟いたその時、控えめなノックが聞こえた。
「入れ。」
ジャスが低い声でそう言うと、やや緊張した声音で
「失礼します!」
と声がした。
入ってきたのは、王太子側近の団員で従者と同じく王太子の身の回りの世話もしつつ護衛もこなす。とは言っても比較的安全な皇室内なので、その役目は年端もいかない若い団員に任されていた。
「王太子様がお呼びで御座います。本日もリース・ノルディック副団長を・・・」
団員はそこまで言うと周囲を見渡し、リースがいない事を認識した。
「今日はリースは生憎高熱で欠勤だ。代わりに俺が行こう。」
ジャスはそう言うと、早速マントを羽織り身支度を整える。
その様子に団員は焦ったような声を出した。
「いえ!あの団長!王太子様はその、副団長をご所望で・・・」
「では、日を改めて貰えるよう伝えてくれるか?」
「いえ、しかし本日は数週間後に控えた討伐遠征の打ち合わせですし、王太子様も殿下も忙しい身である為先に伸ばすことは・・・」
「では、仕方あるまい。俺が参る。」
「お待ちください!団長~!」
有無を言わさず執務室を後にするジャスに情けない声を上げながら泣きそうな団員が急いでついてきていた。
「ねぇ、僕はリースを呼んだはずなんだけど。何であんたが来てるの?」
王室の間で王太子に片膝をつくジャスの頭に冷たい声が降り注ぐ。
「申し訳ございません。本日リースは高熱の為欠勤でして、僭越ながら私が来させて頂きました。」
嫌味のように言われても、声音ひとつ変えず言い切るジャスに苛立ったように王太子が舌を打つ。
「まぁまぁ、こうして久々に顔が見れて私は嬉しいよ。」
王太子の父である国王はそんなジャスを不憫に思い優しい声を掛けた。
しかし、その事が逆に王太子の逆鱗に触れる。
「遠征の話だったね。今回の討伐遠征は現地の団員と後はリース、それから君のところの団員数名で行かせてもらうよ。」
王太子は話を早々に打ち切ろうと、自分の要望だけを伝えジャスを下がらそうとする。
しかしジャスはその王太子の考えに納得することは出来なかった。
「差し出がましいようですが、王太子様は遠方での討伐は初めてですし、貴殿をお守りするにはリースと数名の団員だけでは心許ないかと・・・」
「僕が足を引っ張るとでも言う訳?」
ジャスの反論に直ぐに王太子が反応する。
「いえ、そう言うわけでは御座いません。只、王太子様の安全を第一に考えての事で御座います。」
魔物も住むこの国では魔物討伐が欠かせない。国に攻め入られる事がないよう討伐する事もあれば、魔物の毛皮や臓器、牙などが経済を潤す資源にもなる為、遠方まで出向いて討伐する事もある。
今回の討伐は王太子にとって初めての遠征討伐だった。国を守る為ある程度の年になると、王太子も訓練と称して討伐隊に加わる。これはこの国でもしものことがあっても自分である程度我が身を守れるための力を身につけるためだが、23歳である王太子が行う訓練にしては遅すぎた。
通例であれば王太子がまだ10代の頃からこういった経験を重ねる筈だが、国王にとって王太子はたった1人の子供だった。現国王は子をなす力が弱く今まで沢山の妻たちと逢瀬を重ねて来たが、その中で身籠った妻は只1人だけだった。
だからなのか箱入り息子のように大事に大事に育て上げ、結果遠征に向かうのが遅くなってしまったのだ。
とは言っても、王太子の剣の腕はなかなかのものだった。ジャスやリースには敵わないものの、騎士団の中では5本の指には入るくらいの実力の持ち主であった。しかし、実戦になるとまた話は別である。
ジャスは王太子が少しでも危険な目に遭わない為にも、側で王太子をお守りすることだけは譲れなかった。
「僕が行かなくていいって言ってるんだから、君は居残りだよ。」
蔑むような目で王太子はそう言うが、ジャスは首を垂れたまま淡々と言葉を返す。
「申し訳ございませんがそれは出来ません。」
「何っ!?僕の言葉に逆らうの?」
「これだけは私も譲れませんので。」
2人の不穏な空気に横にいる国王も従者たちも狼狽始める。
「フィリスや。それくらいにしておけ。」
国王が王太子の名を呼んで止めるが、フィリスには最早その声は聞こえていない。
玉座から立ち上がると、ゆっくりとジャスの方へ歩みを進めた。
そしてジャスの前まで来ると、
「おい、顔を上げろ。」
と言った。
ジャスが顔を上げて王太子フィリスの顔を見る。
「あぁ、本当に憎らしい顔だ。僕に逆らっても顔色ひとつ変えない。お父様がお前の事を気に入ってさえいなければ今直ぐにでもこの王宮からお前を追い出してやりたいよ。君という男はねぇ、僕やお父様が言えば消えてなくなるようなそんなちっぽけな存在なんだよ。それをわきまえず僕に意見をするなんて身の程知らずもいいとこだと思わない?。」
ネチネチと小言を言う王太子の姿をジャスはジッと見つめ続ける。
憎々しげに自分を見下ろす王太子の姿でさえジャスにとってはとても美しく思えた。水色の髪は艶があって、外から洩れる光と相まってキラキラ輝いていたし、大きくて綺麗な瞳は怒りで細められていても尚、高貴でずっと見ていたくなるような、吸い込まれるような魅力があった。
ジャスが王太子の顔をこんな間近で拝めたのは初めての事だった。その破壊力は凄まじく、なじられていることも忘れて、じっとその顔を見つめ続けた。
「何でずっと黙っている?僕の話を聞いているのか?」
どれ程時間が経ったのか、王太子が声を荒げた時、ジャスは漸く正気を取り戻した。そして此処が玉座の間で、国王や王太子のいる正式な場であったことを思い出した。
一瞬でも王太子に見惚れ、公務である事を忘れてしまっていた自分にジャスはこの上ない羞恥心を感じた。
その途端、カーッと顔に血が昇るのを感じた。
そんなジャスの顔を見て、王太子が目を丸める。
普段、表情を変えることなく険しい顔ばかりしているジャスの赤面に呆気にとられているようだった。
ジャスはこんな顔をいつまでも王太子に晒していたくなくて、さっと顔を伏せる。
そんなジャスの様子に王太子はイタズラを思いついたような顔でニヤリと笑った。
「はぁ、僕がここまで言っても折れないなら仕方がない。お前の言うことを聞いてやってもいいよ。」
先程までとは180度真逆の態度に思わずジャスも驚いて伏せていた顔を上げる。
その頃には赤面した顔もいつもの表情に戻っていた。
「その代わり、今日僕の部屋に来てよ。募る話をしよう。まさかこの誘いも断ったりなんてしないだろう。」
有無を言わさぬ王太子の圧に、今夜王太子と2人きりになるかもしれないという事実に、ジャスの目が静かに泳ぐ。
ついさっきまでジャスに疎ましい目を向けていた王太子がそれを見て、新しい玩具を見つけた時のように目を輝かせたのだった。
最初は只の風邪だったが、咳き込みながらも無理をしてとうとう高熱が出てしまった。
騎士の仕事にその他書類などの雑務、更には王太子との話し合いまでこなしていたリースにジャスも無理をさせていたという自覚はあった。
現にリースが寝込んだ後、見舞いに家を訪れた際には、
「本来俺が請け負う仕事じゃないことまでさせるからこんなことになるんですよ。」
と散々恨み節を聞かされた。
命に別状はないが、高熱がなかなか下がらず、リースは数日間騎士の仕事を休むことになった。
「はぁ、どうしたものか・・・。こんな時に王太子様の呼び出しがあったりしなければ良いが・・・」
騎士団の訓練を終えて執務室で一息ついていたジャスがそう呟いたその時、控えめなノックが聞こえた。
「入れ。」
ジャスが低い声でそう言うと、やや緊張した声音で
「失礼します!」
と声がした。
入ってきたのは、王太子側近の団員で従者と同じく王太子の身の回りの世話もしつつ護衛もこなす。とは言っても比較的安全な皇室内なので、その役目は年端もいかない若い団員に任されていた。
「王太子様がお呼びで御座います。本日もリース・ノルディック副団長を・・・」
団員はそこまで言うと周囲を見渡し、リースがいない事を認識した。
「今日はリースは生憎高熱で欠勤だ。代わりに俺が行こう。」
ジャスはそう言うと、早速マントを羽織り身支度を整える。
その様子に団員は焦ったような声を出した。
「いえ!あの団長!王太子様はその、副団長をご所望で・・・」
「では、日を改めて貰えるよう伝えてくれるか?」
「いえ、しかし本日は数週間後に控えた討伐遠征の打ち合わせですし、王太子様も殿下も忙しい身である為先に伸ばすことは・・・」
「では、仕方あるまい。俺が参る。」
「お待ちください!団長~!」
有無を言わさず執務室を後にするジャスに情けない声を上げながら泣きそうな団員が急いでついてきていた。
「ねぇ、僕はリースを呼んだはずなんだけど。何であんたが来てるの?」
王室の間で王太子に片膝をつくジャスの頭に冷たい声が降り注ぐ。
「申し訳ございません。本日リースは高熱の為欠勤でして、僭越ながら私が来させて頂きました。」
嫌味のように言われても、声音ひとつ変えず言い切るジャスに苛立ったように王太子が舌を打つ。
「まぁまぁ、こうして久々に顔が見れて私は嬉しいよ。」
王太子の父である国王はそんなジャスを不憫に思い優しい声を掛けた。
しかし、その事が逆に王太子の逆鱗に触れる。
「遠征の話だったね。今回の討伐遠征は現地の団員と後はリース、それから君のところの団員数名で行かせてもらうよ。」
王太子は話を早々に打ち切ろうと、自分の要望だけを伝えジャスを下がらそうとする。
しかしジャスはその王太子の考えに納得することは出来なかった。
「差し出がましいようですが、王太子様は遠方での討伐は初めてですし、貴殿をお守りするにはリースと数名の団員だけでは心許ないかと・・・」
「僕が足を引っ張るとでも言う訳?」
ジャスの反論に直ぐに王太子が反応する。
「いえ、そう言うわけでは御座いません。只、王太子様の安全を第一に考えての事で御座います。」
魔物も住むこの国では魔物討伐が欠かせない。国に攻め入られる事がないよう討伐する事もあれば、魔物の毛皮や臓器、牙などが経済を潤す資源にもなる為、遠方まで出向いて討伐する事もある。
今回の討伐は王太子にとって初めての遠征討伐だった。国を守る為ある程度の年になると、王太子も訓練と称して討伐隊に加わる。これはこの国でもしものことがあっても自分である程度我が身を守れるための力を身につけるためだが、23歳である王太子が行う訓練にしては遅すぎた。
通例であれば王太子がまだ10代の頃からこういった経験を重ねる筈だが、国王にとって王太子はたった1人の子供だった。現国王は子をなす力が弱く今まで沢山の妻たちと逢瀬を重ねて来たが、その中で身籠った妻は只1人だけだった。
だからなのか箱入り息子のように大事に大事に育て上げ、結果遠征に向かうのが遅くなってしまったのだ。
とは言っても、王太子の剣の腕はなかなかのものだった。ジャスやリースには敵わないものの、騎士団の中では5本の指には入るくらいの実力の持ち主であった。しかし、実戦になるとまた話は別である。
ジャスは王太子が少しでも危険な目に遭わない為にも、側で王太子をお守りすることだけは譲れなかった。
「僕が行かなくていいって言ってるんだから、君は居残りだよ。」
蔑むような目で王太子はそう言うが、ジャスは首を垂れたまま淡々と言葉を返す。
「申し訳ございませんがそれは出来ません。」
「何っ!?僕の言葉に逆らうの?」
「これだけは私も譲れませんので。」
2人の不穏な空気に横にいる国王も従者たちも狼狽始める。
「フィリスや。それくらいにしておけ。」
国王が王太子の名を呼んで止めるが、フィリスには最早その声は聞こえていない。
玉座から立ち上がると、ゆっくりとジャスの方へ歩みを進めた。
そしてジャスの前まで来ると、
「おい、顔を上げろ。」
と言った。
ジャスが顔を上げて王太子フィリスの顔を見る。
「あぁ、本当に憎らしい顔だ。僕に逆らっても顔色ひとつ変えない。お父様がお前の事を気に入ってさえいなければ今直ぐにでもこの王宮からお前を追い出してやりたいよ。君という男はねぇ、僕やお父様が言えば消えてなくなるようなそんなちっぽけな存在なんだよ。それをわきまえず僕に意見をするなんて身の程知らずもいいとこだと思わない?。」
ネチネチと小言を言う王太子の姿をジャスはジッと見つめ続ける。
憎々しげに自分を見下ろす王太子の姿でさえジャスにとってはとても美しく思えた。水色の髪は艶があって、外から洩れる光と相まってキラキラ輝いていたし、大きくて綺麗な瞳は怒りで細められていても尚、高貴でずっと見ていたくなるような、吸い込まれるような魅力があった。
ジャスが王太子の顔をこんな間近で拝めたのは初めての事だった。その破壊力は凄まじく、なじられていることも忘れて、じっとその顔を見つめ続けた。
「何でずっと黙っている?僕の話を聞いているのか?」
どれ程時間が経ったのか、王太子が声を荒げた時、ジャスは漸く正気を取り戻した。そして此処が玉座の間で、国王や王太子のいる正式な場であったことを思い出した。
一瞬でも王太子に見惚れ、公務である事を忘れてしまっていた自分にジャスはこの上ない羞恥心を感じた。
その途端、カーッと顔に血が昇るのを感じた。
そんなジャスの顔を見て、王太子が目を丸める。
普段、表情を変えることなく険しい顔ばかりしているジャスの赤面に呆気にとられているようだった。
ジャスはこんな顔をいつまでも王太子に晒していたくなくて、さっと顔を伏せる。
そんなジャスの様子に王太子はイタズラを思いついたような顔でニヤリと笑った。
「はぁ、僕がここまで言っても折れないなら仕方がない。お前の言うことを聞いてやってもいいよ。」
先程までとは180度真逆の態度に思わずジャスも驚いて伏せていた顔を上げる。
その頃には赤面した顔もいつもの表情に戻っていた。
「その代わり、今日僕の部屋に来てよ。募る話をしよう。まさかこの誘いも断ったりなんてしないだろう。」
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