風紀委員長は××が苦手

乙藤 詩

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嵐のような怒涛の1学期

第六話

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寮の自室に戻った姫川は物凄い疲労感に襲われていた。今日はあの転校生が来た事によって1日がすごく長く感じた。
歳明治学園の寮は一般棟と役員棟に分かれている。一般棟は所謂普通の寮と同じで、2人1部屋で生活していた。
それに比べ役員棟は造り自体は簡素だが、入り口にオートロックが付いており、役員だけに渡されるIDカードを翳すとドアが開くシステムになっていた。これは、言わば一般の生徒に比べてトラブルに巻き込まれやすい役員を守る役目も果たしていた。そして、役員には1人1部屋が用意される。
姫川も例に漏れず、この4月から1人部屋で過ごすようになっていた。
自分だけの空間。今の姫川にとってそれは小さな喜びだった。ここは気を張らず唯一素でいれられる貴重な空間だった。
そして、月に一回か二回ではあるが、1人部屋になって姫川には密かな楽しみができた。
姫川はいつもあまり変化のない顔を少し綻ばせ、携帯を手に取る。
慣れた手つきで電話をかけるとほんの数コールでお目当ての相手が出た。
「もしもし?」
「もしもし、紗羅か?」

戸崎沙羅は姫川の幼馴染だ。物心着く前から共に過ごし、今ではこの生活を続けて行く上で欠かせない大切な存在になっていた。2人部屋の時はSNSでのやり取りだったが、1人部屋になって、電話が出来るようになった。今日も、テレビ電話でお互いの様子を報告し合う。
「また、えらく疲れた顔をしてるわね?学校で何かあったの?」
顔を一目見ただけで自分の顔色が良くないことに気付く沙羅に姫川は笑みを漏らした。そして、今日の出来事を、かい摘んで沙羅に伝える。
「マジでやばいじゃんその転校生。しかも歩、この一ヶ月で5歳くらい老けたように見えるよ。」
沙羅が心配そうに姫川に言う。
「なんなら今日1日で老けたけどな。あぁ、早くそっちに戻りてぇ。」
沙羅の前ではいつもの真面目な口調ではなく、少し砕けた言い方になる。
「でも、あんた転校生に顔触られてよく冷静に耐えられたね。」
揶揄うように沙羅が目を細める。
「あぁ?それぐらいどうってことないよ。」
「そんな訳ないじゃん。だってあんた、稀に見る恋愛苦手体質じゃん。内心心臓バックバクだったんじゃないの⁇」
その通りだった。柏木に顔を触られた時も、佐々木に童貞を疑われた時も姫川は内心焦りまくりだった。
姫川は昔から恋愛事だけは苦手で、かなり奥手だ。中学生の時も、勿論好きな人は出来たが、話しかける事は愚か、目を合わせるのも難しかった。
そういう空気になるのがどうしても怖くて何となく避けて通ってきてしまった。
全寮制の男子校という特殊な状況で勿論同性同士の恋愛を楽しむ者もいるが、ここでも姫川はそういったものとは全く無縁のところで生活してきていた。
「歩、マジでその体質どうにかした方がいいよ。もし誰かにその事知られたら絶対興味持たれちゃうと思うなぁ。いつも冷静沈着な男が実は奥手って萌えるよね?」
「いや、どう考えてもこの見た目で恋愛奥手とか萌えないだろ。むしろ、引かれるか軽蔑されるか。どちらせよ嫌すぎる。ってか体質なんだから、そんな簡単にどうにか出来るもんじゃないだろ。」
「まぁ、それはそうだけど・・・」
「大丈夫だよ。俺をどうこうしようとする奴なんて層々いないし。どっちかって言うと、怖がられてるるんだよ俺は。」
「歩が怖いとか想像できない。」
「だろ?俺も無理してる自覚はある。でもそれもあとちょっとだからな。ところでばあちゃんは元気?」
「うん、私もたまに行って一緒にご飯食べたりしてるけど元気そうだよ。」
「そうか、良かった。」
暫しの沈黙の後、
「それじゃあまた連絡するよ。」
と電話を切った。時間にすると数分の短い通話だ。しかし、姫川はその数分の沙羅との会話で、確かに心が軽くなっていることを感じた。ここに来るまでは当たり前のように側にいた存在が、今の姫川にとってはとても特別な存在に感じられた。

姫川は自室のソファにそのままボフッと倒れ込む。そして、沙羅との会話を思い出した。いつも冷静で落ちついている自分を装っている姫川にとって、恋愛事は最も避けたい。まぁ後々は好きな人を作ってみたいし、そういったことに全く興味がない訳ではない。でも、ここでは不要だ。それに、沙羅が言ったような自分に興味を持つ奴が現れるなんて姫川には想像もつかなかった。自分にそう言った感情を向ける奴がいるはずないと、そこだけは妙に自信を持つ姫川であった。
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