シャッフル・フィアンセ~こちらの方が快適なので、婚約破棄で構いません~

夢草 蝶

文字の大きさ
3 / 20

第三話 水鞭

しおりを挟む
「まぁまぁ、そう怒らないで。アレックス様」

「そうですよぉ! まずは落ち着きましょう、アレックス様」

「──だそうですよ。アレックス様」

「誰のせいだと!?」

 怒濤のアレックス様三連発に、アレックス本人は目を剥いて言い返した。
 目の前には能天気な表情の浮気カップル。腰にはげんなりと疲れた表情の婚約者の浮気相手の婚約者が、自分を止めるために細腕で巻きついている。
 眼前の二人はともかく、少し強引に連れてきたレティシアの言葉を無視するのは気が引けたので、アレックスは少し冷静になって、怒りで強張った体の力を抜いた。
 その様子に、もう大丈夫だろうと判断したレティシアはほっと安堵の息を吐き、そっとアレックスから離れた。

「大体またも何も、そもそもお前たちが密会を止めれば、俺達もこうして口が酸っぱくなるまで同じことを繰り返し言わなくても良くなるんだがな」

 アレックスが地を這うような低い声で二人に言う。
 蛙を睨む蛇のような目で睨まれた二人は、それすらどこ吹く風だった。

「だってキャシーとは性格から好きなものや趣味──あと、その他諸々で相性バッチリなんですもん。ね?」

「はぁい♪ ロッシー様は本当に楽しい方で、昼の遊びも夜の遊びもお上手ですし♪」

「その他諸々って何だ。夜の遊びって何だ」

「さては今日が初犯じゃないな、貴様ら──あっ、アレックス様の口調が移りました」

 室内の空気が完全に春と冬で二極化されている。晴れたぽかぽか日和と冷たい雨の日と言ってもいい。
 どうやら、レティシアとアレックスの預かり知らぬところで既に『仲良く』していたらしい。

(まぁ、血液の鑑定魔法の導入で昔に比べたら、婚前交渉は問題になりませんけど、それは両者に他に相手がいなかった場合ですものねぇ)

 当然、他の婚約者持ち同士ではあり得ない。
 けれどそれをやらかしているのが、この二人である。しかも片方は自身の婚約者。胃も痛けりゃ頭も痛い。
 レティシアは頭とお腹を押さえつつも、大事なことに気づき、ロッシーに確かめた。

「ロッシー様、当然のこととは思いますが、あの・・・・・・その・・・・・・ひ・・・・・・の方はちゃんと──」

「え? ──ああ! 避妊のこと? 大丈夫。ちゃんとしてるから!」

「・・・・・・」

 こちとらまだ無垢な乙女なのだから、そういうことを大きな声で言わないで欲しい。
 にっこりと笑って親指を立てたロッシーに、流石に頬を赤くしてレティシアは俯いた。

 しかし、

「──貴様ら」


 ──ビクリ!


 地獄の底から這い上がってくるかのような恐ろしい声に、レティシアは思わず震え上がった。
 すぐさま隣を見ると、下を向いて肩を震わせているアレックスの姿があった。

「俺たち貴族の婚約は、すべからく王命によるものだと分かっているのか──?」

 どうやら、ロッシーが直接的な単語を使ったことが呼び水になり、怒りがぶり返したらしい。
 アレックスは顔を上げ、キッとロッシーとキャサリンを睨みつけると、素早い動作で右腕を天井に突き上げた。
 すると、ヒュンッという鋭い音と共にアレックスの手から水で出来た縄のようなものが飛び出した。

(! ──アレックス様の水鞭!!!)

 レティシアが息を飲む。
 アレックスがどこからともなく出した水の鞭は、変幻自在に宙でしなり、まるで小さな水龍が飛んでいるかのようだ。
 アレックスの性格は、真面目で頭が固く、融通が利かない。
 王命に逆らうような真似が許せるはずもなく、また正当な理由があれば他者を罰することに躊躇もない。

「跪け。打ち据えてやる」

「あ、あああああアレックス様っ! 落ち着いて!」

 声を荒げることもなく、静かに宣告するアレックスに、これは本気だとキャサリンも慌て出し、レティシアも何とかアレックスを宥めようと言葉を探す。

「そうですよ! そもそも学内で鞭なんて振るったら問題になります!」

「こいつらの行動も問題だろうが」

「返す言葉もありませんが! ロッシー様も何とか言って──って、いない! まさか逃げました!?」

 いつの間にかキャサリンの隣にいたはずのロッシーの姿が忽然と消えており、この危機に婚約者も浮気相手もほっぽった事実にレティシアは苛立った。

(嘘でしょう!? せめてどちらかくらいは守ったらどうですか! ああもうっ、アレックス様の『水』に対し、私は『炎』。応戦するにしても相性負けじゃないですか!)

 目が回りそうな程にこの場を何とか穏便に納める方法を探すが、全く思い浮かばない。
 そうこうしている内に、アレックスが一歩前に踏み出す。

「ひぇっ!」

 キャサリンが小さな悲鳴を上げた。
 ロッシーが姿を消した以上、まず水鞭の犠牲になるのはキャサリンだろう。
 女相手だからといって手加減するような性分ではないが、アレックスとて打つ場所くらいは考慮する。

「手を差し出せ」

 どうやら手を打つつもりらしい。
 キャサリンは咄嗟に両手をぎゅっと握り締め、首をもげそうな勢いで横に振った。

「アレックス様、やめましょう。確かにお二人がしたことは問題行動ですが、何も鞭で打つ必要はない筈。今までだって口頭でのお説教に留めてきたではありませんか」

 レティシアが庇うようにキャサリンの前に立って、アレックスを説得する。
 自分でも何故、婚約者の浮気相手を庇っているのかが分からなかった。

(ロッシー様とキャサリン様の説得に来て、どうして私はアレックス様を説得してるんですか!? ああもうっ、訳がわかりません!)

「退け、レティシア・ソルシェ。俺も後で罰は受ける。しかし、こいつらの性根は今すぐ叩き直さなくてはいけない。もしも不貞が陛下の耳に入ってみろ。二人とも鞭打ちでは済まされないぞ」

「それはそうですが──」

 実際、ロッシーとキャサリンの行為はかなり不味い。
 抱擁や口づけ程度であれば、まぁ、問題ではあるが、問題ない。けれど、それ以上はダメだ。
 貴族が王命で婚約者を決めるのは、潰えつつある魔力を少しでも多く次の代へ繋げるため。だからこそ、婚約は子に魔力を受け継がせられる可能性のある者同士で結ばれる。
 決められた相手以外と子を成すのは、国力を削いでも構わないと思っている不届き者の認定を受けるだろう。
 不穏分子と認識されれば、ロッシーもキャサリンも、この先厳罰を受けた上で行動を制限させられる可能性もある。
 それを考えたからこそ、アレックスはここでどんな手段を使ってでも歯止めを掛けなくてはいけないと決意した。
 アレックスの言葉が正論だからこそ、レティシアも口ごもり反論する術を封じられる。
 このままキャサリンがアレックスに打たれるのを見届けることしか出来ないのか──。

「落ち着きなって、アレックス様。えいやっ」

「っ! うおっ!」

 場違いな軽やかな声がしたのと同時に、アレックスの体が傾いた。

「アレックス様!?」

 アレックスはそのまま前に数歩たたらを踏み、バランスを崩した際に制御を失った水鞭が無闇に周囲を攻撃しないように力を解除した。
 水鞭はたちまち宙で分解され、コップの中の水をばら撒いたように弾けるとそのまま跡形もなく消えていった。

「~~! いつの間に背後にっ!?」

「ロッシー様・・・・・・」

 アレックスを襲った一連の衝撃の正体は、彼の背後で軽く膝を曲げた不自然なポーズをしているロッシーだった。
 姿を消したと思ったら、いつの間にかアレックスの後ろに回り込み、子供がする悪戯のように曲げた自身の膝でアレックスの膝裏を押したらしい。

「ほらぁ、そんな怖いもの出さないで、冷静に話し合いで解決しようよ。レティもそう言いたかったんでしょ?」

「・・・・・・間違ってはおりませんが、ロッシー様に代弁されるのは甚だ遺憾です」

 元凶の片割れにそう言われ、レティシアは無表情のまま眉間に皺を寄せて言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました

夏見ナイ
恋愛
伯爵令嬢リリアーナは、強大すぎる聖女の力を隠し「地味で無能」と虐げられてきた。婚約者の第二王子からも疎まれ、ついに夜会で「お前のような地味な女は不要だ!」と衆人の前で婚約破棄を突きつけられる。 全てを失い、あてもなく国を出た彼女が森で出会ったのは、邪悪な呪いに蝕まれ死にかけていた一人の美しい男性。彼こそが隣国エルミート帝国が誇る「氷の皇子」アシュレイだった。 持て余していた聖女の力で彼を救ったリリアーナは、「お前の力がいる」と帝国へ迎えられる。クールで無愛想なはずの皇子様が、なぜか私にだけは不器用な優しさを見せてきて、次第にその愛は甘く重い執着へと変わっていき……? これは、不要とされた令嬢が、最高の愛を見つけて世界で一番幸せになる物語。

処理中です...