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第十四話 婚姻という責務
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「ランジュバル伯爵の様子はどうだった?」
スライスされたパンに、肉やら野菜やらを乗っけながら、アレックスが言った。
「お変わりないご様子でしたよ」
「そうか」
「木にキスをしてらっしゃいました」
「・・・・・・」
何故、と尋ねるほどアレックスも鈍くはない。
聞いておいてなんだが、返答に窮するレティシアの解答に、アレックスは喋らずに済むように盛りに盛ったパンにかぶりついた。
豪快でいて品の損なわれないアレックスの食べ方に、レティシアは意外なような、らしいような正反対の感想を持った。
初めてものを食べているアレックスの姿を見た。怒っていないアレックスはいちいちレティシアの目に新鮮に映る。
「・・・・・・ランジュバル伯爵は、いつまで続けると思う?」
何が、とは訊くまでもない。
ヘンゼルはいつまで、エルツィアの元に通い続けるのだろうかと訊きたいのだろう。
「さぁ? 私には分かりかねます。ですが・・・・・・一生かもしれませんね」
「・・・・・・」
「そんな顔を私に向けられても困ります。あくまで可能性の一つですよ」
顔をしかめたアレックスに、レティシアが苦笑する。
ヘンゼルがエルツィアの成れの果てに執着し続ける以上、ヘンゼルが身を固めることはないかもしれない。そうなれば貴重な『四大属性』の魔力が断絶する恐れがある。アレックスはそのことを気にしているのだ。
「死者にそこまで拘るとは。理解出来ないな」
ぽつりと呟いた言葉は、レティシアに聞かせようとしたものではないのだろう。
人はいつか死ぬ。
送る側になることなど珍しくもない。
それが当たり前のことだと思っているのだろう。
確かに事実だが、受け入れられない者もいる。乗り越えられないもの者もいる。そういった他者の心に疎いところが、アレックスの持つ幼さの発露なのかもしれない。
ふと、アレックスが似ても似つかないロッシーに重なった。ロッシーもまた、人の死に酷く淡白な人だった。
(ロッシー様に似てる──なんて言ったら、流石に怒らせてしまいますね)
怒り狂うアレックスの顔が容易に想像出来たため、口には出さないが、奇妙な共通点を見つけてしまった。
「まぁ、俺たちがここで話していてもどうにもならないことだがな」
公爵家の後継者とはいえ、アレックスはまだ爵位を持たない子供。未婚であることを快く思ってはいないが、伯爵であり、大人であり、婚姻以外の仕事を全うに務めているヘンゼルに対して、正面から食ってかかるような真似はしない。
「それでもヘンゼル様の周りは、ヘンゼル様を放って置かれないでしょう。後、二、三年の内に業を煮やした方が出てくる筈です」
「当然だろうな。俺たち貴族にとって結婚は義務だ。特に魔力の継承を第一とするテスタライズ王国にとっては」
魔力の激減と共に敷かれた婚約指定の王命。
それがあるため、テスタライズ王国では王侯貴族の「結婚は責務」という感覚が根強い。ヘンゼルのように真面に恋愛をしたり、ロッシーとキャサリンのように魔力の相性の悪い者同士で浮気に走ったりするのは極稀だ。
一方で、レティシアとアレックスは王命に忠実な貴族らしい貴族の子女であった。
レティシアはわざわざ王命に逆らう真似をしても利にならず面倒だから。アレックスは国王に対する忠誠心が篤く、従うのが当たり前だから。とは言え、根っこの考え方は違えど、一番の理由は「する必要がないから」に帰結する。
恋愛にも、艶事にもまっっったく興味がない二人なのだ。そんな二人が恋人同士なのだから、人生何が起こるか分からないものである。
「厄介事に巻き込まれないといいんですけれどねぇ、ヘンゼル様」
「渦中の人物になることは間違いないだろうから、それは無理だと思うが──親しいのか?」
「え?」
「ランジュバル伯爵と」
アレックスはロッシーの婚約者であること以外、レティシアの交友関係など知らないため、しょっちゅう王立学園に足を運んでいるヘンゼルと面識があること自体は不思議ではないが、ヘンゼルと恋愛についてアドバイスを貰う程の仲とは思っていなかった。
「ええ、まぁ。ランジュバル伯爵家とは色々ありまして。入学以前からヘンゼル様とは知り合いでした。とは言え、世間話するような間柄になったのは入学してから学園にいらっしゃったヘンゼル様に声を掛けるようになってからですが」
「色々」の部分が気になったが、ニュアンスからしてレティシア個人とではなく、ソルシェ侯爵家と何かあったことが察せられたため、他家のことに踏み入るのは良くないとアレックスは何も聞かなかった。
「そうか」
「アレックス様はヘンゼル様とは交友ありませんでしたっけ?」
「社交の場で会ったら一言か二言話す程度だな。よく学園に来ているから、一度挨拶しようとしたことはあったが──威嚇された」
「威嚇?」
ヘンゼル様が? とレティシアが驚いた顔を浮かべる。
「無意識だったんだろうがな。あの大樹に近寄ったら、俺を近づけさせないように地面から土の柵が生えてきた。本人も驚いていたが──あれは恐らく、俺の魔力のせいだな」
「それはあり得ないのでは? だったら、私の方が警戒される筈ですし」
社交場では普通に挨拶を交わすのであれば、アレックスが威嚇された理由はエルツィアの大樹に近づいたことが原因だろう。しかし、アレックスの魔力属性は『水』だ。大地の乾きを癒し、樹木や草花の成長に必要不可欠な『水』の魔力はヘンゼルの『地』の魔力とも、エルツィアの『植物』の魔力とも相性が良い筈。逆に大地を焦がし、あらゆる植物を根から焼き尽くす『火』の魔力持ちであるレティシアは相性が悪い。
けれど、レティシアはヘンゼルに威嚇された覚えはない。ならば魔力とは別のところに問題があると考えるべきだ。
「属性というよりは、性質の問題だと思う。俺の魔力は攻撃に特化しているから、それを警戒されたん だろう。魔力の形は性格に由来しやすいらしいからな。入学以前から面識があったなら、貴様は問題ないと判断されたんじゃないか?」
「そうなんでしょうか・・・・・・」
確かに、アレックスの魔力は攻撃に向いている。昨日の『水鞭』も威力を調整すれば、一振りでエルツィアの大樹を叩き折ることも出来る。
アレックスは清水の洪水のような性格だ。清廉だが、激情家。故に、アレックスの水魔法は澄んでいるが、勢いの激しい形を取りやすい。
性格が魔力の形に影響するため、アレックスの人となりを知っていれば、その魔力の形も容易く予想出来るだろう。
「恐らくな。まぁ、そんなことがあってから学園ではランジュバル伯爵に話しかけたことはない。それに──」
元々、あの木は苦手だ。とアレックスにしては珍しく少し弱々しい声で打ち明けられた。
スライスされたパンに、肉やら野菜やらを乗っけながら、アレックスが言った。
「お変わりないご様子でしたよ」
「そうか」
「木にキスをしてらっしゃいました」
「・・・・・・」
何故、と尋ねるほどアレックスも鈍くはない。
聞いておいてなんだが、返答に窮するレティシアの解答に、アレックスは喋らずに済むように盛りに盛ったパンにかぶりついた。
豪快でいて品の損なわれないアレックスの食べ方に、レティシアは意外なような、らしいような正反対の感想を持った。
初めてものを食べているアレックスの姿を見た。怒っていないアレックスはいちいちレティシアの目に新鮮に映る。
「・・・・・・ランジュバル伯爵は、いつまで続けると思う?」
何が、とは訊くまでもない。
ヘンゼルはいつまで、エルツィアの元に通い続けるのだろうかと訊きたいのだろう。
「さぁ? 私には分かりかねます。ですが・・・・・・一生かもしれませんね」
「・・・・・・」
「そんな顔を私に向けられても困ります。あくまで可能性の一つですよ」
顔をしかめたアレックスに、レティシアが苦笑する。
ヘンゼルがエルツィアの成れの果てに執着し続ける以上、ヘンゼルが身を固めることはないかもしれない。そうなれば貴重な『四大属性』の魔力が断絶する恐れがある。アレックスはそのことを気にしているのだ。
「死者にそこまで拘るとは。理解出来ないな」
ぽつりと呟いた言葉は、レティシアに聞かせようとしたものではないのだろう。
人はいつか死ぬ。
送る側になることなど珍しくもない。
それが当たり前のことだと思っているのだろう。
確かに事実だが、受け入れられない者もいる。乗り越えられないもの者もいる。そういった他者の心に疎いところが、アレックスの持つ幼さの発露なのかもしれない。
ふと、アレックスが似ても似つかないロッシーに重なった。ロッシーもまた、人の死に酷く淡白な人だった。
(ロッシー様に似てる──なんて言ったら、流石に怒らせてしまいますね)
怒り狂うアレックスの顔が容易に想像出来たため、口には出さないが、奇妙な共通点を見つけてしまった。
「まぁ、俺たちがここで話していてもどうにもならないことだがな」
公爵家の後継者とはいえ、アレックスはまだ爵位を持たない子供。未婚であることを快く思ってはいないが、伯爵であり、大人であり、婚姻以外の仕事を全うに務めているヘンゼルに対して、正面から食ってかかるような真似はしない。
「それでもヘンゼル様の周りは、ヘンゼル様を放って置かれないでしょう。後、二、三年の内に業を煮やした方が出てくる筈です」
「当然だろうな。俺たち貴族にとって結婚は義務だ。特に魔力の継承を第一とするテスタライズ王国にとっては」
魔力の激減と共に敷かれた婚約指定の王命。
それがあるため、テスタライズ王国では王侯貴族の「結婚は責務」という感覚が根強い。ヘンゼルのように真面に恋愛をしたり、ロッシーとキャサリンのように魔力の相性の悪い者同士で浮気に走ったりするのは極稀だ。
一方で、レティシアとアレックスは王命に忠実な貴族らしい貴族の子女であった。
レティシアはわざわざ王命に逆らう真似をしても利にならず面倒だから。アレックスは国王に対する忠誠心が篤く、従うのが当たり前だから。とは言え、根っこの考え方は違えど、一番の理由は「する必要がないから」に帰結する。
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「厄介事に巻き込まれないといいんですけれどねぇ、ヘンゼル様」
「渦中の人物になることは間違いないだろうから、それは無理だと思うが──親しいのか?」
「え?」
「ランジュバル伯爵と」
アレックスはロッシーの婚約者であること以外、レティシアの交友関係など知らないため、しょっちゅう王立学園に足を運んでいるヘンゼルと面識があること自体は不思議ではないが、ヘンゼルと恋愛についてアドバイスを貰う程の仲とは思っていなかった。
「ええ、まぁ。ランジュバル伯爵家とは色々ありまして。入学以前からヘンゼル様とは知り合いでした。とは言え、世間話するような間柄になったのは入学してから学園にいらっしゃったヘンゼル様に声を掛けるようになってからですが」
「色々」の部分が気になったが、ニュアンスからしてレティシア個人とではなく、ソルシェ侯爵家と何かあったことが察せられたため、他家のことに踏み入るのは良くないとアレックスは何も聞かなかった。
「そうか」
「アレックス様はヘンゼル様とは交友ありませんでしたっけ?」
「社交の場で会ったら一言か二言話す程度だな。よく学園に来ているから、一度挨拶しようとしたことはあったが──威嚇された」
「威嚇?」
ヘンゼル様が? とレティシアが驚いた顔を浮かべる。
「無意識だったんだろうがな。あの大樹に近寄ったら、俺を近づけさせないように地面から土の柵が生えてきた。本人も驚いていたが──あれは恐らく、俺の魔力のせいだな」
「それはあり得ないのでは? だったら、私の方が警戒される筈ですし」
社交場では普通に挨拶を交わすのであれば、アレックスが威嚇された理由はエルツィアの大樹に近づいたことが原因だろう。しかし、アレックスの魔力属性は『水』だ。大地の乾きを癒し、樹木や草花の成長に必要不可欠な『水』の魔力はヘンゼルの『地』の魔力とも、エルツィアの『植物』の魔力とも相性が良い筈。逆に大地を焦がし、あらゆる植物を根から焼き尽くす『火』の魔力持ちであるレティシアは相性が悪い。
けれど、レティシアはヘンゼルに威嚇された覚えはない。ならば魔力とは別のところに問題があると考えるべきだ。
「属性というよりは、性質の問題だと思う。俺の魔力は攻撃に特化しているから、それを警戒されたん だろう。魔力の形は性格に由来しやすいらしいからな。入学以前から面識があったなら、貴様は問題ないと判断されたんじゃないか?」
「そうなんでしょうか・・・・・・」
確かに、アレックスの魔力は攻撃に向いている。昨日の『水鞭』も威力を調整すれば、一振りでエルツィアの大樹を叩き折ることも出来る。
アレックスは清水の洪水のような性格だ。清廉だが、激情家。故に、アレックスの水魔法は澄んでいるが、勢いの激しい形を取りやすい。
性格が魔力の形に影響するため、アレックスの人となりを知っていれば、その魔力の形も容易く予想出来るだろう。
「恐らくな。まぁ、そんなことがあってから学園ではランジュバル伯爵に話しかけたことはない。それに──」
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