散らない春のアルメリア~婚約破棄を決めた婚約者が物凄い誤解をしてました~

夢草 蝶

文字の大きさ
22 / 33
本編

第二十二話 取り返しのつかない一撃

しおりを挟む
「俺はホータラン侯爵家の嫡男だ! 侯爵になるために人生全部捧げてきた。その今までを──愛のために捨てられるわけがない!」

「本音が出たな」

 ライラックが吐息混じりに呟きます。
 それが、グジル様の心からの言葉なのでしょう。
 グジル様は何度もリマリーさんを愛していると仰っておりました。そして、それは偽りではないのでしょう。あれほど固執なさっている侯爵になるためにはリマリーさんとの縁を切らなくてはならないのに、その選択をできないのですから。
 お二人の内情など知りたいとも思いませんが、確かにグジル様とリマリーさんは愛を育んでいたのでしょう。それこそ、リマリーさんは全てを捨ててもいいと言えるくらいに。
 けれど、グジルは違いました。
 愛はあっても、愛が一番ではなかったのです。
 愛のために侯爵になる道を捨てられません。
 なのに愛も諦めたくなくて、どちらも掌中に納められていた時からやり直そうとされたのでしょう。
 ──全く、迷惑なお話です。

「なら、貴方は早々に愛を捨てられるべきでした。欲を掻いて、道徳に反するやり方で両方を手に入れようとされた時点で、貴方は間違われました。そんな方が侯爵にふさわしいはずがありません。貴方は、侯爵になるべき方ではありません」

 シアーガーデン公爵家にもかつて、愛のために生きた方々がおられました。倫理的に決して許される愛ではなかったお二人。
 その想い自体を否定はいたしません。ですが、時を越えて私とライラックを引き裂いたお二人のことが私は昔から大嫌いでした。
 そのお二人のことを引き合いに、私とライラックの仲を疑う方々も嫌いです。私とライラックにとって何よりの地雷でした。ですが今日、私は新たな地雷を見つけました。
 どうやら私は、愛のためと煎って迷惑をかけられることも地雷のようです。
 そのせいか、必要以上にきつい言い方になってしまいました。
 当然ながら、一番言いたくなかったであろう言葉を言った直後に、そうまでして選んだ侯爵にふさわしくないと言われたグジル様は激昂されました。

「違う! ホータラン侯爵は俺だ! 俺がなるんだ! 俺以外にふさわしい者などいるものか!」

「……グジル様……あ、あぁあ…………っ!」

 グジル様の本心を知ったリマリーさんが、グジル様が自分と同じ熱量で愛に懸けてなかった事実を突きつけられ、泣きながらその場に崩れ落ちました。
 顔を覆った指の隙間から、涙の雫が溺れ落ちます。
 溢れた雫が地面に丸い跡をつくるのと同時に、重たい雲に覆われた空も泣き出しました。
 ぽたぽたと降ってくる降り始めのまばらな雨を気にする人は、雨避けに上着を掛けてくれたライラックのみでした。
 すでにグジル様の中では何かが切れてしまったのか、泣き崩れるリマリーさんを放って譫言うわごとのように自分が侯爵なのだと呟いておられます。

「俺が侯爵になるんだ……ならねばならないんだ……だから、アルメリア、お前は俺の妻になるんだ……!」

「まだ言うか。お前如きがアルメリアを妻にするなぞ、一億年掛けても足りんわ」

「アルメリアを寄越せ! それは俺の物だ!」

「ふざけるなよ」

 私を物呼ばわりされて、ライラックの沸点が振り切れたのがわかりました。
 これは拳が繰り出されると直感でわかりましたが、グジル様の様相を見るに力ずくでもここで止めなくてはならないことはわかります。
 護身術程度しか身につけていない私と違い、ライラックは本格的に武術を納めております。それはグジル様も同じでしょうが、ライラックの強さを知る私としては平常心ではないグジル様にライラックが負ける姿は想像できませんでした。
 近く訪れるであろう殴打の音に構えて、目をぎゅっと瞑りましたが、ライラックが攻撃体勢に入るよりも早くアクシズ殿下がグジル様に向かって仰られました。

「アルメリアを手に入れたところで無駄だぞ。お前は侯爵にはなれない。何故なら、阻止するからだ。お前が侯爵になるなど認めない。あんだけ王宮でやらかしといて、あっさり手の平を返した上に、何ひとつ学習せずにまた騒ぎを起こすような奴にこの国の貴族は任せられない。そもそも何もかも中途半端なんだよ。人生掛けたっていう爵位に関しても愛との間でふらふらして、選びきれていない。覚悟がない。はっきり言って器じゃないよ、お前。そんな奴はいらないから、父上に進言しておくよ。グジル・ホータランに侯爵の適性なしってな」

 アクシズ殿下はやけに「俺が」と強調して、グジル様を侯爵不適性と判断された理由を挙げられました。
 何故、アクシズ殿下はこのようなことを? これは明らかな挑発です。今のグジル様にそんなことをしたら──
 どうなるかを想像するよりも早く、結果が現れました。
 信じられないことに、グジル様はアクシズ殿下を、この国の王太子の頬を殴りつけたのです!

「アクシズ!」

 ライラックがアクシズ殿下のお名前を叫びました。

「なんて、ことを──」

 私は有り得ない光景に、茫然とするしかありませんでした。

「黙れ! そんなことはさせない! 誰一人、俺の邪魔などさせるものか!!!」

 グジル様が自分が如何に愚かな真似をしたのかすら理解していないようで、アクシズ殿下へ向かって怒鳴りつけています。
 殴られたアクシズ殿下は、衝撃に体をふらつかせましたが、泥濘み出した地面に踵を沈めて体勢を整えられました。
 お顔を上げられると口内を切ってしまわれたのか、唇の端から赤い血が一筋流れております。
 頬の色がどんどん紫に変わり、痛々しい痣が広がってゆくのも気にされず、アクシズ殿下は血を親指で拭われると、口角を上げて笑われました。

「あーあ、殴っちゃったな? 御愁傷様」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。

しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。 相手は10歳年上の公爵ユーグンド。 昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。 しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。 それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。 実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。 国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。 無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。  

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

義兄のために私ができること

しゃーりん
恋愛
姉が亡くなった。出産時の失血が原因だった。 しかも、子供は義兄の子ではないと罪の告白をして。 入り婿である義兄はどこまで知っている? 姉の子を跡継ぎにすべきか、自分が跡継ぎになるべきか、義兄を解放すべきか。 伯爵家のために、義兄のために最善の道を考え悩む令嬢のお話です。

誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。

しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。 幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。 その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。 実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。 やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。 妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。 絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。 なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

婚約者を交換しましょう!

しゃーりん
恋愛
公爵令息ランディの婚約者ローズはまだ14歳。 友人たちにローズの幼さを語って貶すところを聞いてしまった。 ならば婚約解消しましょう? 一緒に話を聞いていた姉と姉の婚約者、そして父の協力で婚約解消するお話です。

夫に愛想が尽きたので離婚します

しゃーりん
恋愛
次期侯爵のエステルは、3年前に結婚した夫マークとの離婚を決意した。 マークは優しいがお人好しで、度々エステルを困らせたが我慢の限界となった。 このままマークがそばに居れば侯爵家が馬鹿にされる。 夫を捨ててスッキリしたお話です。

処理中です...