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本編
第二十二話 取り返しのつかない一撃
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「俺はホータラン侯爵家の嫡男だ! 侯爵になるために人生全部捧げてきた。その今までを──愛のために捨てられるわけがない!」
「本音が出たな」
ライラックが吐息混じりに呟きます。
それが、グジル様の心からの言葉なのでしょう。
グジル様は何度もリマリーさんを愛していると仰っておりました。そして、それは偽りではないのでしょう。あれほど固執なさっている侯爵になるためにはリマリーさんとの縁を切らなくてはならないのに、その選択をできないのですから。
お二人の内情など知りたいとも思いませんが、確かにグジル様とリマリーさんは愛を育んでいたのでしょう。それこそ、リマリーさんは全てを捨ててもいいと言えるくらいに。
けれど、グジルは違いました。
愛はあっても、愛が一番ではなかったのです。
愛のために侯爵になる道を捨てられません。
なのに愛も諦めたくなくて、どちらも掌中に納められていた時からやり直そうとされたのでしょう。
──全く、迷惑なお話です。
「なら、貴方は早々に愛を捨てられるべきでした。欲を掻いて、道徳に反するやり方で両方を手に入れようとされた時点で、貴方は間違われました。そんな方が侯爵にふさわしいはずがありません。貴方は、侯爵になるべき方ではありません」
シアーガーデン公爵家にもかつて、愛のために生きた方々がおられました。倫理的に決して許される愛ではなかったお二人。
その想い自体を否定はいたしません。ですが、時を越えて私とライラックを引き裂いたお二人のことが私は昔から大嫌いでした。
そのお二人のことを引き合いに、私とライラックの仲を疑う方々も嫌いです。私とライラックにとって何よりの地雷でした。ですが今日、私は新たな地雷を見つけました。
どうやら私は、愛のためと煎って迷惑をかけられることも地雷のようです。
そのせいか、必要以上に緊い言い方になってしまいました。
当然ながら、一番言いたくなかったであろう言葉を言った直後に、そうまでして選んだ侯爵にふさわしくないと言われたグジル様は激昂されました。
「違う! ホータラン侯爵は俺だ! 俺がなるんだ! 俺以外にふさわしい者などいるものか!」
「……グジル様……あ、あぁあ…………っ!」
グジル様の本心を知ったリマリーさんが、グジル様が自分と同じ熱量で愛に懸けてなかった事実を突きつけられ、泣きながらその場に崩れ落ちました。
顔を覆った指の隙間から、涙の雫が溺れ落ちます。
溢れた雫が地面に丸い跡をつくるのと同時に、重たい雲に覆われた空も泣き出しました。
ぽたぽたと降ってくる降り始めのまばらな雨を気にする人は、雨避けに上着を掛けてくれたライラックのみでした。
すでにグジル様の中では何かが切れてしまったのか、泣き崩れるリマリーさんを放って譫言のように自分が侯爵なのだと呟いておられます。
「俺が侯爵になるんだ……ならねばならないんだ……だから、アルメリア、お前は俺の妻になるんだ……!」
「まだ言うか。お前如きがアルメリアを妻にするなぞ、一億年掛けても足りんわ」
「アルメリアを寄越せ! それは俺の物だ!」
「ふざけるなよ」
私を物呼ばわりされて、ライラックの沸点が振り切れたのがわかりました。
これは拳が繰り出されると直感でわかりましたが、グジル様の様相を見るに力ずくでもここで止めなくてはならないことはわかります。
護身術程度しか身につけていない私と違い、ライラックは本格的に武術を納めております。それはグジル様も同じでしょうが、ライラックの強さを知る私としては平常心ではないグジル様にライラックが負ける姿は想像できませんでした。
近く訪れるであろう殴打の音に構えて、目をぎゅっと瞑りましたが、ライラックが攻撃体勢に入るよりも早くアクシズ殿下がグジル様に向かって仰られました。
「アルメリアを手に入れたところで無駄だぞ。お前は侯爵にはなれない。何故なら、俺が阻止するからだ。お前が侯爵になるなど俺が認めない。あんだけ王宮でやらかしといて、あっさり手の平を返した上に、何ひとつ学習せずにまた騒ぎを起こすような奴にこの国の貴族は任せられない。そもそも何もかも中途半端なんだよ。人生掛けたっていう爵位に関しても愛との間でふらふらして、選びきれていない。覚悟がない。はっきり言って器じゃないよ、お前。そんな奴はいらないから、俺が父上に進言しておくよ。グジル・ホータランに侯爵の適性なしってな」
アクシズ殿下はやけに「俺が」と強調して、グジル様を侯爵不適性と判断された理由を挙げられました。
何故、アクシズ殿下はこのようなことを? これは明らかな挑発です。今のグジル様にそんなことをしたら──
どうなるかを想像するよりも早く、結果が現れました。
信じられないことに、グジル様はアクシズ殿下を、この国の王太子の頬を殴りつけたのです!
「アクシズ!」
ライラックがアクシズ殿下のお名前を叫びました。
「なんて、ことを──」
私は有り得ない光景に、茫然とするしかありませんでした。
「黙れ! そんなことはさせない! 誰一人、俺の邪魔などさせるものか!!!」
グジル様が自分が如何に愚かな真似をしたのかすら理解していないようで、アクシズ殿下へ向かって怒鳴りつけています。
殴られたアクシズ殿下は、衝撃に体をふらつかせましたが、泥濘み出した地面に踵を沈めて体勢を整えられました。
お顔を上げられると口内を切ってしまわれたのか、唇の端から赤い血が一筋流れております。
頬の色がどんどん紫に変わり、痛々しい痣が広がってゆくのも気にされず、アクシズ殿下は血を親指で拭われると、口角を上げて笑われました。
「あーあ、殴っちゃったな? 御愁傷様」
「本音が出たな」
ライラックが吐息混じりに呟きます。
それが、グジル様の心からの言葉なのでしょう。
グジル様は何度もリマリーさんを愛していると仰っておりました。そして、それは偽りではないのでしょう。あれほど固執なさっている侯爵になるためにはリマリーさんとの縁を切らなくてはならないのに、その選択をできないのですから。
お二人の内情など知りたいとも思いませんが、確かにグジル様とリマリーさんは愛を育んでいたのでしょう。それこそ、リマリーさんは全てを捨ててもいいと言えるくらいに。
けれど、グジルは違いました。
愛はあっても、愛が一番ではなかったのです。
愛のために侯爵になる道を捨てられません。
なのに愛も諦めたくなくて、どちらも掌中に納められていた時からやり直そうとされたのでしょう。
──全く、迷惑なお話です。
「なら、貴方は早々に愛を捨てられるべきでした。欲を掻いて、道徳に反するやり方で両方を手に入れようとされた時点で、貴方は間違われました。そんな方が侯爵にふさわしいはずがありません。貴方は、侯爵になるべき方ではありません」
シアーガーデン公爵家にもかつて、愛のために生きた方々がおられました。倫理的に決して許される愛ではなかったお二人。
その想い自体を否定はいたしません。ですが、時を越えて私とライラックを引き裂いたお二人のことが私は昔から大嫌いでした。
そのお二人のことを引き合いに、私とライラックの仲を疑う方々も嫌いです。私とライラックにとって何よりの地雷でした。ですが今日、私は新たな地雷を見つけました。
どうやら私は、愛のためと煎って迷惑をかけられることも地雷のようです。
そのせいか、必要以上に緊い言い方になってしまいました。
当然ながら、一番言いたくなかったであろう言葉を言った直後に、そうまでして選んだ侯爵にふさわしくないと言われたグジル様は激昂されました。
「違う! ホータラン侯爵は俺だ! 俺がなるんだ! 俺以外にふさわしい者などいるものか!」
「……グジル様……あ、あぁあ…………っ!」
グジル様の本心を知ったリマリーさんが、グジル様が自分と同じ熱量で愛に懸けてなかった事実を突きつけられ、泣きながらその場に崩れ落ちました。
顔を覆った指の隙間から、涙の雫が溺れ落ちます。
溢れた雫が地面に丸い跡をつくるのと同時に、重たい雲に覆われた空も泣き出しました。
ぽたぽたと降ってくる降り始めのまばらな雨を気にする人は、雨避けに上着を掛けてくれたライラックのみでした。
すでにグジル様の中では何かが切れてしまったのか、泣き崩れるリマリーさんを放って譫言のように自分が侯爵なのだと呟いておられます。
「俺が侯爵になるんだ……ならねばならないんだ……だから、アルメリア、お前は俺の妻になるんだ……!」
「まだ言うか。お前如きがアルメリアを妻にするなぞ、一億年掛けても足りんわ」
「アルメリアを寄越せ! それは俺の物だ!」
「ふざけるなよ」
私を物呼ばわりされて、ライラックの沸点が振り切れたのがわかりました。
これは拳が繰り出されると直感でわかりましたが、グジル様の様相を見るに力ずくでもここで止めなくてはならないことはわかります。
護身術程度しか身につけていない私と違い、ライラックは本格的に武術を納めております。それはグジル様も同じでしょうが、ライラックの強さを知る私としては平常心ではないグジル様にライラックが負ける姿は想像できませんでした。
近く訪れるであろう殴打の音に構えて、目をぎゅっと瞑りましたが、ライラックが攻撃体勢に入るよりも早くアクシズ殿下がグジル様に向かって仰られました。
「アルメリアを手に入れたところで無駄だぞ。お前は侯爵にはなれない。何故なら、俺が阻止するからだ。お前が侯爵になるなど俺が認めない。あんだけ王宮でやらかしといて、あっさり手の平を返した上に、何ひとつ学習せずにまた騒ぎを起こすような奴にこの国の貴族は任せられない。そもそも何もかも中途半端なんだよ。人生掛けたっていう爵位に関しても愛との間でふらふらして、選びきれていない。覚悟がない。はっきり言って器じゃないよ、お前。そんな奴はいらないから、俺が父上に進言しておくよ。グジル・ホータランに侯爵の適性なしってな」
アクシズ殿下はやけに「俺が」と強調して、グジル様を侯爵不適性と判断された理由を挙げられました。
何故、アクシズ殿下はこのようなことを? これは明らかな挑発です。今のグジル様にそんなことをしたら──
どうなるかを想像するよりも早く、結果が現れました。
信じられないことに、グジル様はアクシズ殿下を、この国の王太子の頬を殴りつけたのです!
「アクシズ!」
ライラックがアクシズ殿下のお名前を叫びました。
「なんて、ことを──」
私は有り得ない光景に、茫然とするしかありませんでした。
「黙れ! そんなことはさせない! 誰一人、俺の邪魔などさせるものか!!!」
グジル様が自分が如何に愚かな真似をしたのかすら理解していないようで、アクシズ殿下へ向かって怒鳴りつけています。
殴られたアクシズ殿下は、衝撃に体をふらつかせましたが、泥濘み出した地面に踵を沈めて体勢を整えられました。
お顔を上げられると口内を切ってしまわれたのか、唇の端から赤い血が一筋流れております。
頬の色がどんどん紫に変わり、痛々しい痣が広がってゆくのも気にされず、アクシズ殿下は血を親指で拭われると、口角を上げて笑われました。
「あーあ、殴っちゃったな? 御愁傷様」
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